マノエル・ド・オリヴェイラ

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この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の)はピント第二姓(父方の)はド・オリヴェイラです。
マノエル・ド・オリヴェイラ
Manoel de Oliveira
Manoel de Oliveira
本名 Manoel Cândido Pinto de Oliveira
生年月日 (1908-12-11) 1908年12月11日
没年月日 (2015-04-02) 2015年4月2日(満106歳没)
出生地 ポルトガルの旗 ポルトガル ポルト県ポルト
国籍 ポルトガルの旗 ポルトガル
職業 映画監督
ジャンル 映画
活動期間 1931年 - 2015年
主な作品
アブラハム渓谷
『世界の始まりへの旅』
『家路』

マノエル・ド・オリヴェイラManoel de Oliveira [mɐnuˈɛɫ doliˈvɐjɾɐ], 1908年12月11日 - 2015年4月2日)は、ポルトガル映画監督ポルト県ポルト出身。現役最高齢の劇映画監督であった[1]

日本ではかつて「マノエル・・オリヴェイラ」と表記されていたが、ポルトガル語ではアクセントがない語尾の“e”は弱い「ウ」と発音されるため、『クレーヴの奥方』(日本では2001年公開)以後は「」に変更されて紹介されている。また、「マヌエル」の表記も用いられてきたが、本人の希望は「マノエル」である[2]

略歴[ソースを編集]

若い頃は俳優を志し、スペインイタリアで学んだ。

監督デビューは23歳と早かったが、本格的かつ定期的に作品を創り上げるようになったのは、幾度かの監督業休眠期間を経た60歳を過ぎてからである。63歳の時に撮った『過去と現在 昔の恋、今の恋』(1971年)以降世界的に注目を集め、1980年代に入り70歳を過ぎてからは1年に1作に近いペースで新作を撮り続けた。

2006年、97歳の時にルイス・ブニュエル監督の『昼顔』(1967年)のオリジナル続篇『夜顔』を撮り上げた。2007年第60回カンヌ国際映画祭オムニバス映画『それぞれのシネマ』に参加、3分の短篇を撮る。さらに同年『コロンブス 永遠の海』を、2009年『ブロンド少女は過激に美しく』を監督。『ブロンド少女は過激に美しく』の撮影中に100歳の誕生日を迎えた。その後2010年には新作『O Estranho Caso de Angélica』を撮り上げた。2014年の秋には、105歳で『レステルの老人』をベネチア映画祭に出品した。2015年4月2日、死去[3]

主な監督作品[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

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外部リンク[ソースを編集]