マナセ・ソガバレ

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マナセ・ソガバレ
09.26 Manasseh Sogavare 20170926 (cropped).jpg
ソロモン諸島の旗 ソロモン諸島首相
就任
2014年12月9日
君主エリザベス2世
総督フランク・カブイ
前任者ゴードン・ダルシー・リロ
任期
2006年5月4日 – 2007年12月20日
君主エリザベス2世
総督ナサニエル・ワイナ
前任者スナイダー・リニ
後任者デリック・シクア
任期
2000年6月30日 – 2001年12月17日
君主エリザベス2世
総督ジョン・ラプリ
前任者バーソロミュー・ウルファアル
後任者アラン・ケマケザ
東チョイスル選挙区選出国会議員
就任
1997年
個人情報
生誕 (1955-01-17) 1955年1月17日(66歳)
Flag of the Solomon Islands (1947–1956).svg 英領ソロモン諸島、タギバンガラ
政党ソロモン諸島社会信用党
配偶者エミー・ソガバレ
宗教セブンスデー・アドベンチスト教会

マナセ・ダムカナ・ソガバレ: Manasseh Damukana Sogavare1955年1月17日 - )は、ソロモン諸島の政治家。

2000年から2001年、2006年から2007年、2014年から2017年に同国首相を務め、2019年から4度目の首相職にある。1997年以来、東チョイスル選挙区選出の国会議員を務める[1]

経歴[編集]

1997年8月6日の総選挙で、東チョイスル選挙区から国会議員に当選した。それ以前には財務事務次官や内国歳入庁長官、ソロモン諸島中央銀行総裁、ソロモン諸島国営積立基金理事長などを務めていた。

バーソロミュー・ウルファアル首相のもと、1997年に財務相に就任したが[1]、1998年7月半ばに解任された。ソガバレにはその理由が思い当たらず、また何の理由も示されなかったので、解任に衝撃を受けていると述べ、説明を要求した[2]。8月初めには、ウルファアルと同政権に対する支持を撤回した上で、ウルファアルを独裁的かつ偽善的な指導者であり、もっぱら保身のために安定を強調しているとして非難した[3]

同年9月の終わりに、ソガバレは野党の副院内総務に選任された(院内総務はソロモン・ママロニ)[4]。2000年1月にママロニが亡くなると、同月に野党院内総務に昇格した。この選挙では、参加した10名の野党国会議員全員がソガバレに投票した[5]

首相1期目 (2000-2001)[編集]

2000年6月30日、ソガバレは国会で賛成23票、反対21票で首相に選出された。これに先立つ時期、ウルファアルは反乱軍に拘束され、辞任を余儀なくされていた[6][7]。ソガバレは2001年12月17日まで首相を務めた。

無役 (2001-2006)[編集]

2001年の総選挙で、ソガバレの所属政党は3議席しか得られなかったものの、ソガバレは再選を果たした[1]

国会では、2002年と2005年から2006年に法案・法律委員を務めた[1]

首相2期目 (2006-2007)[編集]

2006年の総選挙後は、アラン・ケマケザ首相の後任のスナイダー・リニを引きずり下ろすべく政党連合を模索したが、首相候補をめぐって争いが生じた。2006年4月18日の首相選出投票では、ソガバレは50票のうち11票を得るにとどまり、3位に終わった。その後はリニ支持に切り替え、リニの首相就任に貢献した。ソガバレも連立与党に入り、商工雇用相に指名された[1]

2006年4月26日にリニが辞任すると、ソガバレは再び首相職をねらうことに決めた。5月4日の国会における投票で、ソガバレは28票を得て、政権与党のフレッド・フォノ候補(22票)に勝利した。宣誓はその後ただちに行われた[8]。首相としての主な課題には、リニの首相在任中に発生した反乱からの正常化などがあった。

同年10月11日にはフォノが提出した不信任決議案が国会で採決されたが、賛成17票、反対28票で否決された[9]オーストラリアとの関係悪化が、不信任決議案の提出を早めた。ソガバレは9月にオーストラリアのパトリック・コール高等弁務官を国外退去処分にし、未成年者とみだらな行為をした疑いでオーストラリアが引き渡しを求めていたジュリアン・モティ(元ソロモン諸島法務長官)を弁護した。10月13日には、ソロモン諸島で活動する支援部隊からオーストラリア人を追放すると述べて脅迫した[10]。その1週間後には、ソロモン諸島地域支援部隊のオーストラリア人平和維持要員らが、モティの事件に関する証拠を求めてソガバレの執務室を襲撃した(ソガバレは不在だった)[11]

野党院内総務 (2007-2014)[編集]

2007年12月13日には再び国会で不信任決議案の採決が行われ、賛成25票、反対22票で可決された。新首相が選出されるまで、ソガバレは首相職に留まったが[12]、12月20日に野党のデリック・シクア候補が、ソガバレのもとで外相を務めていたパッテソン・オチを破って当選した[13]。同日、ソガバレは野党院内総務となった[1]

2010年、ソガバレは8名の国会議員とともに所有統一責任党を結成した[14]。同党は同年の総選挙で、3議席を獲得した。

首相3期目 (2014-2017)[編集]

2014年の総選挙後、ソガバレは三度首相に就任した。2017年10月末に連立政権の一部が離脱し、同年11月6日に内閣不信任案が議会で賛成27、反対23で可決された[15]

首相4期目(2019-)[編集]

2019年4月3日、同選挙が行われて50人の国会議員が当選。同月24日、議員の投票によりソガバレが再び首相に就任した[16]。ソガバレは、就任直後より対外関係の見直しを表明。アメリカのマイク・ペンス副大統領と電話会談を行うとともに書簡を送り、国内の重要課題であるインフラ開発に向け、アメリカやオーストラリア、ニュージーランド、日本、台湾の支援が必要だと訴えた[17]。同年9月上旬には外相を台湾に派遣したが、外相が帰国する以前の段階から「台湾は役に立たない」との見方を示し態度を硬直化させた[18]。同年9月16日、いままで中国として承認していた台湾中華民国)と断交し、中華人民共和国との国交を回復することを発表した[19]。断交発表後、ペンス副大統領側はソガバレとの会談予定をキャンセルしている。

2021年11月24日、中国との関係強化や公約を果たしていないソガバレに不満を持つ住民によるデモが発生。首相退陣を求めて国会に侵入しようとしたため、政府は首都ホニアラに外出禁止令を発出した。デモは翌25日にも発生して暴動に発展した。暴動に対し中国政府は懸念を表明し、オーストラリア政府は警官と軍人の派遣を行った[20][21]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f Page on Sogavare at Solomon Islands Parliament website.
  2. ^ "Solomon Islands finance minister "shocked" by dismissal", Radio New Zealand International (nl.newsbank.com), 16 July 1998.
  3. ^ "Solomon Islands: Sacked finance minister withdraws support for premier", Radio New Zealand International (nl.newsbank.com), 4 August 1998.
  4. ^ "Solomon Islands: Former premier back as opposition leader", Radio New Zealand International (nl.newsbank.com), 30 September 1998.
  5. ^ "Solomon Islands opposition gets new leader, renames party", Solomon Islands Broadcasting Corporation radio (nl.newsbank.com), 28 January 2000.
  6. ^ "Solomon Islands lawmakers elect new prime minister", Associated Press (nl.newsbank.com), 30 June 2000.
  7. ^ "Lawmakers elect opposition leader Solomon Islands prime minister", Associated Press, 30 June 2000.
  8. ^ "Solomon Islands prime minister sworn in", Radio Australia (nl.newsbank.com), 5 May 2006.
  9. ^ "Solomons Prime Minister Wins No-Confidence Vote", VOA News, 11 October 2006.
  10. ^ "Australia-Solomons diplomatic row escalates", Gulfnews.com, 15 October 2006.
  11. ^ Phil Mercer, "Solomon Islands PM offices raided", BBC News, 20 October 2006.
  12. ^ Tom Allard, "Solomon Islands Prime Minister ousted", smh.com.au, 14 December 2007.
  13. ^ "Solomon Islands MPs elect new PM" Archived 2012年10月12日, at the Wayback Machine., Xinhua, 20 December 2007.
  14. ^ New political party launched in Solomon Islands”. Radio New Zealand International (2010年1月17日). 2010年1月18日閲覧。
  15. ^ “Solomons' PM ousted in no-confidence vote”. Radio New Zealand. (2017年11月6日). http://www.radionz.co.nz/international/pacific-news/343231/solomons-pm-ousted-in-no-confidence-vote 2017年11月6日閲覧。 
  16. ^ 新首相選出(ソロモン諸島)”. 太平洋諸島センター (2019年4月26日). 2019年9月17日閲覧。
  17. ^ 米副大統領、ソロモン諸島首相と会談拒否 台湾断交で=政府高官”. ロイター (2019年9月18日). 2019年9月20日閲覧。
  18. ^ 断交のシグナル?ソロモン諸島首相が「台湾は役に立たない」”. レコードチャイナ (2019年9月13日). 2019年9月20日閲覧。
  19. ^ ソロモン諸島が台湾と「断交」”. 産経新聞 (2019年9月16日). 2019年9月17日閲覧。
  20. ^ ソロモン諸島首都で反政府デモ、暴徒がチャイナタウン襲撃・放火”. AFP (2021年11月25日). 2021年11月25日閲覧。
  21. ^ ソロモンで暴動、豪軍派遣 首相辞任要求も”. 産経新聞 (2021年11月25日). 2021年11月25日閲覧。
公職
先代:
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