コンテンツにスキップ

マット・ホワイトサイド

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
マット・ホワイトサイド
Matt Whiteside
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミズーリ州チャールストン
生年月日 (1967-08-08) 1967年8月8日(58歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1990年 MLBドラフト25巡目
初出場 MLB / 1992年8月5日
NPB / 2003年3月28日
最終出場 MLB / 2005年5月7日
NPB / 2003年6月19日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

マシュー・クリストファー・ホワイトサイドMatthew Christopher "Matt" Whiteside , 1967年8月8日 - )は、アメリカ合衆国ミズーリ州チャールストン出身の元プロ野球選手投手)。

経歴

[編集]

1990年MLBドラフト25巡目でテキサス・レンジャーズから指名され、入団。

1992年8月5日、メジャーデビューを果たす。

2003年、新監督に山下大輔を迎えた横浜ベイスターズに入団。先発に再転向した斎藤隆に代わるクローザーの役割を期待され、3月28日の阪神タイガースとの開幕戦でNPB初セーブを挙げた。しかし以後は救援失敗が続き、4月16日の対中日ドラゴンズ戦(鹿児島県立鴨池野球場)では1点リードで迎えた9回表から登板するも8番打者の荒木雅博に逆転満塁本塁打を浴びるなど結果を残せず、シーズン途中の7月9日に自由契約公示された。なお球団は代替選手として、同時期に起用法を巡って首脳陣と対立し中日からウェイバー公示されていたエディ・ギャラードを獲得することになった。

2005年には、トロント・ブルージェイズでメジャー復帰を果たした。7月15日にアナボリックステロイドで陽性反応を示し、15試合の出場停止処分を受けた[1]

プレースタイル・人物

[編集]

150km/h台の豪速球が武器。変化球は、落差の大きいチェンジアップカットボールを投げる。

詳細情報

[編集]

年度別投手成績

[編集]




















































W
H
I
P
1992 TEX 200000114--.50011828.026111201320861.931.32
1993 600000211--.66730573.07872361390237354.321.38
1994 470000221--.50027261.06862831371040345.021.57
1995 400000543--.55622353.04851921464024244.081.26
1996 140000010--.00014832.14381110151024246.681.67
1997 421000410--.80032372.28542633443245415.081.53
1998 PHI 100000110--.5008518.0276500140118178.501.78
1999 SD 10000010001.0005511.0191500910171713.912.18
2000 2800002306.40015937.03261731272121174.141.32
2001 ATL 1300000101.0008116.1235711102014137.161.84
2003 横浜 130000022--.0006512.1203610110113107.302.11
2005 TOR 200000000----233.2635015008819.643.00
MLB:11年 2861000181597.5451792406.0455521572192591662562365.231.51
NPB:1年 130000022--.0006512.1203610110113107.302.11
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録

[編集]
NPB

背番号

[編集]
  • 46 (1992年)
  • 27 (1993年 - 1997年)
  • 37 (1998年)
  • 49 (1999年 - 2000年)
  • 48 (2001年)
  • 32 (2003年)
  • 48 (2005年)

脚注

[編集]
  1. Players suspended under baseball's steroids policy”. espn.com. 2013年6月21日閲覧。

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]