マッチ売りの少女

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A. J. Bayes (1889) による挿絵

マッチ売りの少女(マッチうりのしょうじょ : Den lille Pige med Svovlstikkerne)は、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの創作童話の一つ。彼の5番目の作品として1848年に発表された。アンデルセンは、経済的に全く恵まれない少女時代を送った母親をモデルにして、この作品を作ったといわれている[要出典]

ストーリー[編集]

年の瀬も押し迫った大晦日の夜、小さな少女が一人、寒空の下でマッチを売っていた。マッチが売れなければ父親に叱られるので、すべてを売り切るまでは家には帰れない。しかし、街ゆく人々は、年の瀬の慌ただしさから少女には目もくれず、目の前を通り過ぎていくばかりだった。

夜も更け、少女は少しでも自分を暖めようとマッチに火を付けた。マッチの炎と共に、暖かいストーブ七面鳥などのごちそう、飾られたクリスマスツリーなどの幻影が一つ一つと現れ、炎が消えると同時に幻影も消えるという不思議な体験をした。

天を向くと流れ星が流れ、少女は可愛がってくれた祖母が「流れ星は誰かの命が消えようとしている象徴なのだ」と言ったことを思いだした。次のマッチをすると、その祖母の幻影が現れた。マッチの炎が消えると、祖母も消えてしまうことを恐れた少女は慌てて持っていたマッチ全てに火を付けた。祖母の姿は明るい光に包まれ、少女を優しく抱きしめながら天国へと昇っていった。

新しい年の朝、少女はマッチの燃えかすを抱えて幸せそうに微笑みながら死んでいた。しかし、人々は、この少女がマッチの火で祖母に会い、天国へのぼったことなどは誰一人も知る由はなかった。

小説以外のメディア[編集]

現代音楽・オペラ[編集]

1997年に初演された。台本には、本作のほかにレオナルド・ダ・ヴィンチと、ドイツ赤軍の創設者の一人グドルン・エンスリンのテキストが用いられている。楽器にを用いる。
2007年に作曲された。バッハの『マタイ受難曲』『ヨハネ受難曲』を下敷きとしながら、ラング独特のポストミニマル・ミュージック的かつ強烈な音響で作曲されている。2008年ピュリッツァー賞を受賞した。

映画[編集]

アニメ[編集]

日本において少なくとも5回アニメ化されている。

  • 東宝チャンピオンまつり版:1971年12月12日公開
  • アンデルセン物語版:1971年12月26日放送(第52話(最終回))アンナと名義。アンナに友達がいたり、人々がアンナを探したり、父親がアンナの死に号泣するなどの設定が加えている。
  • 東映まんがまつり版:1975年12月20日公開
  • まんが世界昔ばなし版:1976年12月23日放送(第24話)
  • 雪の女王 (NHKアニメ)版:2005年10月2日放送(第19話)マリアと名義。両親はすでに亡くなっており、親代わりの親方もいない。また、マリアが愛用している熊のぬいぐるみを持っている(しかし、19話終盤で失う)。
  • サンリオの世界名作劇場では「ハローキティのマッチ売りの少女」としても作られている。こちらも両親はすでに亡くなっており、変わりに親方が親代わりになっている。また、人々が少女(キティ)の死に気付いていない。
  • 2006年ディズニーによって短編映画作品として製作されており、同年に発売された『リトル・マーメイド』のDVDに特典映像として収録されている。この作品は第79回アカデミー賞で短編アニメ映画賞の候補になった。
  • 他にも様々なアニメ作品において本作をモチーフにした話が作られており、特にギャグアニメにおいては炎の中に見える幻覚を独自のものに変更するだけで容易に各作品らしいギャグを演出できることから広く使用されている。

外部リンク[編集]