マックス・ヴィーン

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マックス・カール・ヴェルナー・ヴィーン(Max Karl Werner Wien, 1866年12月25日 - 1938年2月24日)は、ドイツ物理学者。初期の無線通信技術の発展に貢献した。基本的な発振回路である「ウィーンブリッジ回路」にその名前が残っている。従兄弟は同じく物理学者のヴィルヘルム・ヴィーン

ケーニヒスベルク(現カリーニングラード)に生まれた。イェーナ大学の物理学部長を務めた。1891年にウィーンブリッジ回路を発明したが、発振回路として実用化されるのは、1930年代後半にウィリアム・ヒューレットによってであった。1900年代の始め、電極間隔を小さくした時の瞬間火花効果を発見し、無線通信に使われた火花送信機の発明を行った。たとえばタイタニック号の無線などに使用された。

ドイツ物理学会の会長を2度務めた。エルヴィン・シュレーディンガーの自伝によれば、反ユダヤ主義の傾向があったとされる。