マシン・ヘッド

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マシン・ヘッド
ディープ・パープルスタジオ・アルバム
リリース
録音 1971年12月6日 - 21日
スイス, モントルー
ジャンル ハードロック
時間
レーベル イギリスの旗パープル・レコーズ(オリジナル盤)
EMI(リイシュー盤)
アメリカ合衆国の旗日本の旗ワーナー・ブラザース・レコード
プロデュース ディープ・パープル
サイモン・ロビンソン
専門評論家によるレビュー
チャート最高順位
  • 1位(イギリス[1]
  • 6位(日本[2]
  • 7位(アメリカ[3]
ディープ・パープル 年表
ファイアボール
(1971年)
マシン・ヘッド
(1972年)
ライヴ・イン・ジャパン
(1972年)
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マシン・ヘッド (Machine Head) は、イギリスロックバンドディープ・パープル1972年に発表したアルバム

背景[編集]

前作『ファイアボール』は初の全英1位となり、全米でも32位と健闘した。そこで次のアルバムのさらなる成功はレコード会社としても、無論メンバー自身としても強く望むものであった。また、ハードロック色の強い『ディープ・パープル・イン・ロック』に比べ、『ファイアボール』は若干パンチ力に欠ける出来であったことは自他ともに感じられていたため、次作ではよりハードロックかつインパクトの強い作品の完成が望まれた。

前作『ファイアボール』では、ドラマーのイアン・ペイスがドラム・セットをスタジオの外に持ち出して録音したところ、面白い音響効果が得られたため、今回のレコーディングでもスタジオを飛び出して録音を行う計画を決めていた。

アクシデント[編集]

当初のプランは、スイスのモントルーにあったカジノのステージを借り、ライヴ形式に近い形で録音を行うというものであった。しかし、カジノの前にローリング・ストーンズから借りていたモービル・ユニット(移動録音スタジオ)を停めて待機していたとき、フランク・ザッパ&ザ・マザーズ・オブ・インヴェンションのコンサート中、何者かが天井に向けて照明弾を打ち込み、建物そのものが炎上してしまう。これによりレコーディングは頓挫してしまった。次に見つけたパビリオンで、「スモーク・オン・ザ・ウォーター」となる曲のレコーディングを行うが、あまりの大音響に住民が通報をし、駆けつけた警察官が介入する事態となり、またしてもレコーディング場所を失ってしまう。しかし地元市民などの協力により、空きホテルを使用することが可能となり、その廊下で収録を行うことになった。モービル・ユニットをホテルの入り口に停め、電源コードを窓から垂らし、レコーディングが開始された。凍えるような真冬の寒さの中、暗い気分が少しでも明るくなるよう室内灯を赤く塗ったという。

スモーク・オン・ザ・ウォーター[編集]

火事は厄介なアクシデントであったが、この状況からヒントを得た彼らは歴史に残る曲を作り上げた。それが「スモーク・オン・ザ・ウォーター」である。シンプル且つ力強いギター・リフではじまるこの曲は、不滅のロック・アンセムとなり、その後プロ・アマを問わず多くのアーティストにカバーされている。この曲のレコーディングは、彼らの作り出す大音響に近隣からの苦情が殺到して出動した警察が戸口まで押し寄せる、慌しい状況で行われたという。

その後[編集]

このアルバムは、彼らの代表作となった。その後のコンサートでも、このアルバムの曲が必ず演奏され続けている。チャート・アクションとしてはヨーロッパ各国で1位を獲得し、全米でも最高7位まで上昇した。中でもアメリカでは、Top200位以内に118週もランクインされるロングセラーとなった。 なお、アルバムのジャケット・デザインは、ロジャー・グローヴァーとジョン・コレッタである。 2004年には、当時の最新アルバムのバナナズのツアーとは別に、「ブラインド・マン」を含む全8曲を演奏するツアーが行われた。

収録曲[編集]

  1. ハイウェイ・スター - Highway Star (6:05)
    当該項目参照。
  2. メイビー・アイム・ア・レオ - Maybe I'm a Leo (4:51)
    タイトルの"Leo"はしし座生まれのことであり、当時のメンバーではイアン・ギランがしし座生まれ(8月19日)であった。ライブでは演奏されることが少なく、公式にリリースされたライブアルバムではDeep Purple in Concert(1972年収録)、Live at the Olympia '96Live at Montreux 2011の3枚のみに収録されている。
  3. ピクチャーズ・オブ・ホーム - Pictures of Home (5:03)
    歌詞はパラノイアホームシックについて歌ったものとなっている。リッチー・ブラックモアはこの曲をライブでは演奏したがらず、当時のアルバムツアーでも唯一演奏されなかった。1993年にブラックモアが脱退し、ジョー・サトリアーニが代役を務めた時や、スティーヴ・モーズ加入後はライブで頻回に演奏されるようになり、特に2005年〜2008年頃はオープニングで演奏された[4]
  4. ネヴァー・ビフォア - Never Before (3:56)
    シングルカット曲。ライブでは滅多に演奏されず、公式にリリースされたライブアルバムではDeep Purple in Concertにしか収録されていない。
  5. スモーク・オン・ザ・ウォーター - Smoke on the Water (5:40)
    当該項目参照。
  6. レイジー - Lazy (7:19)
    前半はキーボードソロとギターソロから成るインストゥルメンタルとなっており、後半からボーカルとハーモニカが加わる。本作では最長の曲である。ライヴ・イン・ジャパン収録盤では、デューク・エリントンCジャム・ブルース(イントロのキーボードソロ)、ヒューゴ・アルヴェーンスウェーデン狂詩曲第1番(後半のギターソロ)のフレーズが現れる。ブラックモアは、リフはエリック・クラプトンのプレイした曲「ステッピン・アウト」を基礎に作られたと述べている[5]
  7. スペース・トラッキン - Space Truckin' (4:31)
    宇宙旅行について歌ったものであり、国内では王様が『宇宙のトラック野郎』の題名でカバーしている。当時のアルバムツアーでは曲の後に「マンドレイク・ルート」のパートを演奏し、ギターソロとキーボードソロへと発展していった。全体で20分を超える演奏となることが多く、ライブの最後に演奏されていた。また、演奏中にブラックモアがギターを叩き壊すのが恒例となっていた。特に有名なのはカリフォルニア・ジャムにおけるテレビカメラの破壊と、アンプへの放火、爆発であろう。
  8. ブラインド・マン - When a Blind Man Cries (3:32)(アルバム未収録曲)
    シングルカット曲「ネヴァー・ビフォア」のB面に収録された曲である。「ピクチャーズ・オブ・ホーム」同様、1993年にブラックモアが脱退するまでは演奏されることはなかったが、サトリアーニ代役時、モーズ加入後から頻回に演奏されるようになった。

メンバー[編集]

脚注[編集]

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出典[編集]

  1. ^ ChartArchive - Deep Purple
  2. ^ 『オリコンチャート・ブックLP編(昭和45年‐平成1年)』(オリジナルコンフィデンス/1990年/ISBN 4-87131-025-6)p.205
  3. ^ Deep Purple - Awards : AllMusic
  4. ^ http://www.purple.de/dirk/purple/mark10.php
  5. ^ “LEGEND OF THE PURPLE”. WOWOW. (1997年4月26日) 

関連項目[編集]