マサイ語

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マサイ語
[ɔl Maa]
話される国 ケニアの旗 ケニア
タンザニアの旗 タンザニア
地域 ケニア南部、タンザニア北部
話者数 900,000人
言語系統
ナイル・サハラ語族
表記体系 ラテン文字
言語コード
ISO 639-1 なし
ISO 639-2 mas
ISO 639-3 mas
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マサイ語(Maasai)は東部ナイル諸語に属する言語である。話者はケニア南部やタンザニア北部に居住するマサイ族の人々である。話者数は約80万人である。マー語とも呼ばれる。

分類[編集]

下位区分としてKeekonyokie方言、Purko方言、Wuasinkishu (Moitanik)方言などが存在する。また、系統の近い言語にはサンブル語が存在する。

音韻論[編集]

子音[編集]

唇音 歯茎音 歯茎硬口蓋音
/ 硬口蓋音
軟口蓋音 声門音
鼻音 /m/ /n/ /ɲ/ (ny) /ŋ/ (ŋ or ng')  
破裂音 無声音 /p/ /t/   /k/ / ʔ / (')
入破音声門化 /ɓ/ (b) /ɗ/ (d) /ʄ/ or [dʒ] (j) /ɠ/ (g)  
摩擦音   /s/ /ʃ/ (sh);子音後[tʃ] (ch)   /h/
流音 側面音   /l/      
はじき音   /ɾ/ (r)      
ふるえ音   / r̃/ (rr)      
半母音 軟音 /w/   /j/ (y)    
硬音 /ww/ (wu)   /jj/ (yi)    

母音[編集]

母音調和が存在する。前方舌根性([+ATR])の素性を持つ緊喉母音/i/, /e/, (/ɑ/), /o/, /u/と[-ATR]の素性を有する非緊喉母音/ɪ/, /ɛ/, /a/, /ɔ/, /ʊ/の組み合わせが対立する。但し、表記によっては両者の違いが区別されない場合がある。

声調[編集]

高・中・低と下降声調が存在する[1]。声調は名詞の主格対格絶対格)とを弁別する上で重要な役割を果たしている。

表記法[編集]

マサイ語に統一された正書法は存在しない[2][3][4]が、複数の表記が試みられている。そのいずれにも共通する要素は、ラテン文字を基礎としている点である。Frans Molによると、マサイ語が最初に活字で表されたのは1854年宣教師ヨハン・ルートヴィヒ・クラプフ英語版が著したVocabulary of the Engutuk Eloikobによってである[5]。その後Hollis (1905)やTucker & Mpaayei (1955)にも同様の形式が継承され、オレゴン大学のDoris L. Payneらによる声調を反映した表記[6]も現れた。

アルファベット[編集]

Payne & Ole-Kotikash (2008) 音価 備考
a a /a/ /ɑ//a/異音[1]
b b /ɓ/
ch c /tʃ/ shの異音
d d /ɗ/
e e /e/ [+ATR] (en
ɛ /ɛ/ [-ATR] (en
g g /ɠ/
不明 h /h/
i i /i/ [+ATR]
ɨ /ɪ/ [-ATR]
j j /ɗʒ/
k k /k/ 母音と母音の間では有声化して/ɡ/となる傾向がある[6]
l l /l/
m m /m/
n n /n/ 硬口蓋音歯茎硬口蓋音などの前では/ɲ/軟口蓋音の前では/ŋ/となる[6]
ny ny /ɳ/
ng' ŋ /ŋ/ ng'の綴りはスワヒリ語での表し方[6]。Allan (1990), p. 179も参照。
o o /o/ [+ATR]
ɔ /ɔ/ [-ATR]
p p /p/ 母音と母音の間では有声化して/b/となり得る[6]
r r /ɾ/
rr rr /r/
s s /s/
sh sh /ʃ/ ch/cに変形しうる
t t /t/
u u /u/ [+ATR]
ʉ /ʊ/ [-ATR]
w w /w/
wu wu /w*/
y y /j/
yi yi /j*/
' /ʔ/

文法[編集]

名詞[編集]

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名詞には男性と女性の区別があり、それらは接頭辞で表される。男性名詞にはɔl-, ol-, ɔ-, o-、女性名詞にはɛn-, en-, ɛ-, e-, ɛm-, em-, ɛnk-, enk-といった接頭辞がそれぞれ語根に付加される。

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基本的には単数形に接尾辞をつけて複数形を作るが、語によっては複数形に接尾辞をつけて単数形を表す場合もある[7]。なお、接尾辞の形は語によって様々で一定しない[7]。また、一部の語彙は単数形と複数形とで大きく形が異なる(例: olchani : ilkeek 〈木〉; enkiteng' : inkishu 〈牝牛〉)。

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対格主格は同じ形だが、声調の違いにより弁別がなされる場合が多い。

形容詞[編集]

名詞同様に形態的な単数・複数の区別や声調による主格と対格の区別がある。形容詞が名詞を修飾する場合は名詞の後ろに置かれる。

語順[編集]

基本的にはVSO型であるが、SとOの位置を交換する事は可能である[8]

語彙[編集]

以下に示される名詞は、いずれも対格形である。

以下は会話において用いられる表現である。

  • ashê olêŋ[9] (アシ・オレン): ありがとう
  • (スパ・オレン): 元気ですか?
  • (イラ・スパ): 元気ですか?
  • (カジ・イングア): どこから来たのですか?
  • (カジ・イロ?): どこへ行くのですか?
  • (マヨ): いりません
  • éro[9] (エロ): 〔同い年の男性同士の呼びかけの言葉〕 友よ

脚注[編集]

  1. ^ a b 稗田 (1992)、60頁。
  2. ^ Allan (1990), p. 179.
  3. ^ Mol (1996), p. iv.
  4. ^ Hodgson (2001), p. 279.
  5. ^ Mol, op. cit., p. iv. 但し、マサイ語の存在自体はそれ以前の1847年にRobert Gordon Latham (enによって既に他のアフリカの言語群と一まとめの形で西洋に紹介されている。詳細は#外部リンクGlottologを参照。
  6. ^ a b c d e Payne & Ole-Kotikash (2008).
  7. ^ a b 稗田 (1995)、53頁。
  8. ^ 稗田 (1992)、61頁。
  9. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah Payne & Ole-Kotikash (2008)
  10. ^ ジョゼフ・レマソライ・レクトン『ぼくはマサイ ライオンの大地で育つ』さえら書房、2006年、161頁。ISBN 4378034042
  11. ^ 杜 (2015)、118頁。
  12. ^ a b 杜 (2015)、119頁。
  13. ^ 杜 (2015)、124頁。
  14. ^ a b 杜 (2015)、128頁。
  15. ^ 杜 (2015)、42頁。
  16. ^ 杜 (2015)、39頁。
  17. ^ 杜 (2015)、46頁。
  18. ^ 杜 (2015)、33頁。
  19. ^ 杜 (2015)、54頁。
  20. ^ 杜 (2015)、53頁。
  21. ^ 杜 (2015)、67頁。
  22. ^ a b 杜 (2015)、70頁。

参考文献[編集]

和書:

洋書:

  • Allan, Keith (1990) Discourse stratagems in a Maasai story. Current Approaches to African Linguistics ed. by J. Hutchison and V. Manfredi, 7:179-91. Dordrecht: Foris Publications. ISBN 90 6765 498 1
  • Mol, Frans (1996) Maasai dictionary: language & culture (Maasai Centre Lemek). Narok: Mill Hill Missionary.
  • Hodgson, Dorothy L. (2001) Once Intrepid Warriors: Gender, Ethnicity, and the Cultural Politics of Maasai Development. Indiana University Press. ISBN 9780253214515

ウェブ:

  • (英語) Payne, Doris L. & Ole-Kotikash, Leonard (2008) Maa Dictionary 2016年1月6日閲覧。

関連書籍[編集]

  • Hollis, A. C. (1905) The Masai: their language and folklore. Oxford: Clarendon Press.
  • Krapf, Johann Ludwig (1854) Vocabulary of the Engutuk Eloikob, or of the language of the Wakuafi-nation in the interior of equatorial Africa.
  • Mol, Frans (1995) Lessons in Maa: a grammar of Maasai language. Lemek: Maasai Center.
  • Tucker, Archibald N. & Mpaayei, J. Tompo Ole (1955) A Maasai grammar with vocabulary. London/New York/Toronto: Longmans, Green & Co.
  • Vossen, Rainer (1982) The Eastern Nilotes. Linguistic and historical reconstructions (Kölner Beiträge zur Afrikanistik 9). Berlin: Dietrich Reimer.

外部リンク[編集]