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マケドニア王の一覧

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
マケドニア王
過去の君主
ヴェルギナの太陽
アレクサンドロス3世
初代 カラノスまたはペルディッカス1世
最終代 ペルセウス
始まり 紀元前808年/紀元前7世紀
終わり 紀元前168年

マケドニア王の一覧(マケドニアおうのいちらん)では、マケドニア王国の歴代王(バシレウス)を列挙する[1][2]

ヘーラクレイダイの一人アルゴステーメノスヘーラクレースの玄孫)を祖とするアルゲアス朝カラノスまたはペルディッカス1世によって建国されたマケドニア王国は、ピリッポス2世の時代にギリシアの覇権を握った。その息子アレクサンドロス3世ペルシア帝国を滅ぼして帝国を築き上げたが、その死後の内乱によってアルゲアス朝は断絶し、帝国はディアドコイによって分割された。マケドニアはアンティパトロス朝を経て最終的にアンティゴノス朝が支配した。その後マケドニア王国はローマによって滅ぼされた。

一覧について

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特にピリッポス2世以前の王のうち何人かは資料によっては王に含まれていないことがあるが、ここではそれらの人物なども細字で記載した。非王朝の王はその前の王朝の欄に記載している。

アルゲアス朝(アルゲアダイ)

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名前 在位期間 継承 備考
カラノス 前808年 - 前778年 初代 伝説的な王、アルゴステーメノスの息子
コイノス 前678年 - 前650年 息子 伝説的な王
トゥリマス 前650年 - 前700年 息子 伝説的な王
ペルディッカス1世 前700年 - 前678年 息子またはカラノスの息子 ヘロドトスによれば初代王(アルゴス王テーメノスの子孫)
アルガイオス1世 前678年 - 前640年 息子
ピリッポス1世 前640年 - 前602年 息子
アエロポス1世 前602年 - 前576年 息子
アルケタス1世 前576年 - 前547年 息子
アミュンタス1世 前547年 - 前498年 息子 はっきりした記録のある最初の王。この時代にペルシア帝国の属国になった。
アレクサンドロス1世“ピレッレーン(ギリシア愛好者)” 前498年 - 前454年 息子 オリュンピア祭典競技に参加した。ペルシア戦争後にペルシア帝国から独立した。
アルケタス2世 前454年 - 前448年 息子
ペルディッカス2世 前448年 - 前413年 弟、アレクサンドロス1世の息子
アルケラオス1世 前413年 - 前399年 息子 クラテロスに殺害された。
中断
クラテロス 前399年
復活
オレステス 前399年 - 前396年 アルケラオス1世の息子
アエロポス2世 前399年- 前393年 おじ、ペルディッカス2世の息子 アルケラオス2世を名乗った可能性がある。
“小”アミュンタス2世 前393年 いとこ、アレクサンドロス1世の孫
パウサニアス 前393年 従甥、アエロポス2世の息子
アミュンタス3世 前393年 はとこ、アレクサンドロス1世の曽孫
アルガイオス2世 前393年 - 前392年 はとこ、アルケラオス1世の息子
アミュンタス3世 前393年 - 前370年 はとこ、復位
アレクサンドロス2世 前370年 - 前368年 息子 アロロスのプトレマイオス英語版に暗殺され、その後プトレマイオスは摂政として実権を掌握した。
ペルディッカス3世 前368年 - 前359年 弟、アミュンタス3世の息子 プトレマイオスを倒した。
アミュンタス4世 前359年 息子
ピリッポス2世 前359年 - 前336年 叔父、アミュンタス3世の息子 コリントス同盟を結成し、その盟主・最高司令官となった。
アレクサンドロス3世“大王” 前336年 - 前323年 息子 コリントス同盟の盟主・最高司令官、古代エジプトアジア王でもあった。ペルシア帝国を滅ぼして帝国を築き上げた。
ピリッポス3世 前323年 - 前317年 兄、ピリッポス2世の息子 名目上の王で、本名はアリダイオスである。古代エジプト王、アジア王でもあった。
アレクサンドロス4世 前323年 - 前309年 甥、アレクサンドロス3世の息子 名目上の王。古代エジプト王、アジア王でもあった。

アンティパトロス朝

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名前 在位期間 継承 備考
カッサンドロス 前305年 - 前297年 初代、ピリッポス2世の娘婿 ディアドコイの一人、摂政アンティパトロスの息子
ピリッポス4世 前297年 息子
アンティパトロス2世 前297年 - 前294年 弟、カッサンドロスの息子
アレクサンドロス5世 前297年 - 前294年 弟、カッサンドロスの息子

アンティゴノス朝

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名前 在位期間 継承 備考
デメトリオス1世“ポリオルケテス(攻城者)” 前294年 - 前288年 初代 ディアドコイの一人である王アンティゴノス1世の息子にして共同王
中断
ピュロス 前288年 - 前284年 エペイロス王を兼ねた。
リュシマコス 前288年 - 前281年 ディアドコイの一人である王でもあった。
プトレマイオス“ケラウノス(落雷)” 前281年 - 前279年 プトレマイオス家出身の王(プトレマイオス1世の息子)
メレアグロス 前279年 プトレマイオス家出身の王(プトレマイオス・ケラウノスの弟)
アンティパトロス“エテシアス” 前279年 アンティパトロス家出身の王(カッサンドロスの甥)
ソステネス 前279年 - 前277年 マケドニアの将軍。王であったかは疑わしい。アンティパトロス家出身の可能性もある。
復活
アンティゴノス2世“ゴナタス” 前277年 - 前274年 デメトリオス1世の息子 アンティゴノス朝の基礎を固めた。
中断
ピュロス 前274年 - 前272年 復位 エペイロス王を兼ねた。
復活
アンティゴノス2世“ゴナタス” 前272年 - 前239年 復位 ピュロス戦死後に復位した。
デメトリオス2世 前239年 - 前229年 息子
アンティゴノス3世“ドソン(与えるつもり)” 前229年 - 前221年 いとこ、デメトリオス1世の孫
ピリッポス5世 前221年 - 前179年 従甥、デメトリオス2世の息子 第1次マケドニア戦争第2次マケドニア戦争ローマと戦った。
ペルセウス 前179年 - 前168年 息子 最後の王。第3次マケドニア戦争によってローマに廃位され、マケドニア王国は滅亡した。
マケドニア王国滅亡
アンドリスコス

(ピリッポス6世、僭称者)

前149年 - 前148年 息子(詐称) ローマへの反逆者。第4次マケドニア戦争によってローマに捕らえられた。
  1. ^ Kings of Macedonia”. www.historyofmacedonia.org. 2025年12月29日閲覧。
  2. ^ List of kings of Macedon” (英語). Academic Dictionaries and Encyclopedias. 2025年12月29日閲覧。