マウリシオ・ポチェッティーノ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
この人名にはスペイン人名慣習英語版が使われており、最初もしくは父方のファミリーネームはポチェッテイーノ、二番目もしくは母方のファミリーネームはトロッセロである。
マウリシオ・ポチェッティーノ Football pictogram.svg
Pochettino 2012.jpg
RCDエスパニョール監督時のポチェッティーノ (2012年)
名前
ラテン文字 Mauricio Roberto Pochettino Trossero
基本情報
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
スペインの旗 スペイン
イタリアの旗 イタリア
生年月日 1972年3月2日(44歳)
出身地 サンタフェ州の旗 サンタフェ州ムルフィー
身長 182cm
選手情報
ポジション DF
代表歴
1998-2002 アルゼンチンの旗 アルゼンチン 20 (2)
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

マウリシオ・ロベルト・ポチェッティーノ・トロッセロMauricio Roberto Pochettino Trossero, 1972年3月2日 - )は、アルゼンチンサンタフェ州出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー(センターバック)であり、アルゼンチン代表としても活躍した。

経歴[編集]

選手[編集]

ニューウェルズ・オールドボーイズからデビューし、1994年にはスペイン・プリメーラ・ディビシオン(1部)に昇格したばかりのRCDエスパニョールに移籍した。6シーズン半の間クラブに不可欠な選手であり、1999-2000シーズンにはコパ・デル・レイ優勝を果たした。2001年1月、フランス・リーグ・アンパリ・サンジェルマンFCに移籍し、ここでもレギュラーポジションを獲得した。2003年夏にはFCジロンダン・ボルドーに移籍したが、半年後には降格の危機に瀕していた古巣RCDエスパニョールにレンタル移籍で復帰した[1]。2003-04シーズンは最終節でプリメーラ・ディビシオン残留を決めると、2004年6月にはフリートランスファーでRCDエスパニョールに完全移籍し[2]、最終シーズンとなった2005-06シーズン以外はレギュラーとしてプレーした。同シーズンにはコパ・デル・レイで自身2度目の優勝を果たし、34歳で現役引退した[3]。RCDエスパニョールでは2度の在籍期間にクラブの外国人最多出場記録となるリーグ戦275試合に出場した。

指導者[編集]

2009年1月、18位と低迷していた古巣RCDエスパニョールの監督に就任した[4]。4月の半ばには最下位が定位置であったが、ラスト10試合で8勝1分1敗という奇跡的な巻き返しを見せ、最終的には10位でシーズンを終えた[5]。6月上旬にはクラブとの契約を延長した。2009-10シーズンはクラブの象徴的な選手であるラウル・タムードを戦力外とするなど独自色を出し、再びリーグ中位でシーズンを終えた。2010年9月28日、RCDエスパニョールとの契約を1年延長して2012年6月30日までとした[6]

2012年11月26日、成績不振のためエスパニョールの監督を解任された[7]

2013年1月18日にナイジェル・アドキンスの跡を継いで、サウサンプトンFCの監督に就任した[8]。2013-14シーズンにはサウサンプトンをプレミアリーグ初の8位に導く。

2014年5月27日、サウサンプトンの成績が認められトッテナム・ホットスパーの監督に就任。契約期間は5年。

所属クラブ[編集]

指導者経歴[編集]

タイトル[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]