マウアーシュテッテン

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紋章 地図
(郡の位置)
DEU Mauerstetten COA.svg Locator map OAL in Germany.svg
基本情報
連邦州: バイエルン州
行政管区: シュヴァーベン行政管区
郡: オストアルゴイ郡
緯度経度: 北緯47度53分
東経10度40分
標高: 海抜 716 m
面積: 16.55 km²
人口:

3,109人(2016年12月31日現在) [1]

人口密度: 188 人/km²
郵便番号: 87665
市外局番: 08341
ナンバープレート: OAL
自治体コード: 09 7 77 152
行政庁舎の住所: Hausener Str. 15
87665 Mauerstetten
ウェブサイト: www.mauerstetten.de
首長: アーミン・ホルダーリート (Armin Holderried)
郡内の位置
Mauerstetten in OAL.svg

マウアーシュテッテン:Mauerstetten)は、ドイツ連邦共和国バイエルン州シュヴァーベン行政管区オストアルゴイ郡に属す町村(以下、本項では便宜上「町」と記述する)である。

地理[編集]

マウアーシュテッテンはアルゴイ地方に位置する。

自治体の構成[編集]

この町は、公式には4つの地区 (Ort) からなる[2]

  • フランケンリート
  • ハウゼン
  • マウアーシュテッテン
  • シュタインホルツ

歴史[編集]

マウアーシュテッテンはイルゼー帝国修道院に属した。1803年帝国代表者会議主要決議以降はバイエルンに属した。

ナチス独裁時代には、マウアーシュテッテン(シュタインホルツ)はダッハウ強制収容所の外部施設である「リーダーロー II」強制収容所の所在地であった。リーダーロー外部収容所の収容者は、カウフボイレンの弾薬工場で強制労働に使役されていた。

1944年9月4日に922人のユダヤ人収容者が到着した。その後さらに約100人が着いた。このうち472人が劣悪な労働環境と伝染病の蔓延により、収容所が存続していた4ヶ月の間に死亡した。その遺体は森に埋められた。現在そこは記念碑が建てられ犠牲者を偲ぶ強制収容所墓地になっている[3]

人口推移[編集]

  • 1970年 1,700人
  • 1987年 2,355人
  • 2000年 2,751人

行政[編集]

町長は2008年3月2日からアーミン・ホルダーリートが務めている。

紋章[編集]

図柄: 赤い三峰の山、その上は3つの鋸壁がある銀の壁、さらにその上は青地である。これらに被せて、幹が金の剣となった黒いモミの木。剣の束は三峰に被っている。

経済と社会資本[編集]

教育[編集]

  • 国民学校 1校

文化と見所[編集]

マリエングロッテ

マウアーシュテッテンのマリエングロッテ(マリアのグロッテ)はこの地域で最も古いグロッテである。これは1890年に聖ファイト教会の東側に造られていた。1927年には墓地の西側にある旧司祭館の場所に移された。このグロッテはイルゼーの凝灰岩で造られている。2007年に改修された。

引用[編集]

  1. ^ バイエルン州統計・データ管理局 — 人口状況
  2. ^ Bayerische Landesbibliothek Online
  3. ^ Gedenkstätten für die Opfer des Nationalsozialismus. Eine Dokumentation, Band 1. Bundeszentrale für politische Bildung, Bonn 1995, ISBN 3-89331-208-0, p. 163f.