マイネルエクソン

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マイネルエクソン
Meinelexon.jpg
2003年7月9日園田競馬場にて、菊水賞
品種 サラブレッド
性別
毛色 栗毛
生誕 2000年2月25日
Skip Away
Degenerate Gal
生国 アメリカ合衆国
生産 Ronald W.McDnald
馬主 (株)サラブレッドクラブ・ラフィアン
→(組)ジェントルマンホースクラブ
調教師 田村康仁(JRA・美浦)→寺嶋正勝兵庫
競走成績
生涯成績 46戦4勝
獲得賞金 2512,7万円
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マイネルエクソン日本競走馬

マイネル軍団で知られる岡田繁幸の相馬眼に適い、2001年キーンランド社ジュライセールにて55万ドルで落札[1][2]ラフィアンターフマンクラブでの募集時に岡田は「朝日杯を楽勝したら欧州へ持っていく」「国内で賞金を獲得したほうが良いとお考えなら出資を見送っていただきたい」「将来もめたくない」と自信あふれるコメントを残していた[3]。募集金額も1口35万円(400口)[3]と、比較的良心的な価格で提供しているラフィアンにしてはかなりの高額だった。

しかし、中央競馬でのデビュー戦となった札幌の新馬戦単勝5番人気で11着。折り返しの未勝利戦も7着。1番人気に推された福島の未勝利でも惨敗するなど、8戦未勝利のまま日本中央競馬会 (JRA) の登録が抹消され、地方競馬に移籍した。

兵庫・寺嶋正勝厩舎への移籍緒戦の条件戦で初勝利を挙げるとJRA未勝利との指定交流競走でも勝利を挙げ、3冠最後の菊水賞は圧倒的人気のシンドバッドを差し切って重賞初制覇。暮れの園田金盃永島太郎の好リードに導かれ、インターレジェンダロードバクシンの2強を封じた。

2004年の新春賞では58キログラムの負担重量を背負いながらホクザンフィールドの2着に食い込んだものの、それ以降は凡庸なレースが続き、2007年8月2日の3着を最後にレースに出走せず、2009年4月1日付で地方競馬登録が抹消された。

血統表[編集]

マイネルエクソン血統ダマスカス系 / Double Jay5×5×5=9.38%) (血統表の出典)

Skip Away
1993 芦毛
父の父
Skip Trial
1982 鹿毛
Bailjumper Damascus
Court Circuit
Looks Promising Promised Land
Fouorsse
父の母
Ingot Way
1981 芦毛
Diplomat Way Nashua
Jandy
Ingot Iron Ruler
Glorious Night

Degenerate Gal
1985 鹿毛
Degenerate Jon
1977 芦毛
Iron Warrior Native Dancer
Home Port
Geala Bupers
Grey Taffety
母の母
Secret Voice
1978 黒鹿毛
Mr. Clinch Neptune
Klinchit
Secret Speed Clandestine
Jubling F-No.23-b


脚注[編集]

  1. ^ ビッグレッドファーム関連マル外・セール情報まとめ - よしなしことをそこはかとなく
  2. ^ 2001年、キーンランドジュライセール - OTEF WORLD
  3. ^ a b 87 ディジェナレイトギャルの00” (日本語). ラフィアンターフマンクラブ. 2002年2月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年8月21日閲覧。

外部リンク[編集]