マイケル・ブルース・ドンリー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
マイケル・ブルース・ドンリー(2009年3月13日)

マイケル・ブルース・ドンリー(Michael Bruce Donley, 1952年10月4日 - )は、アメリカ合衆国軍人政治家小ブッシュ政権とオバマ政権で空軍長官を務めた。30年以上にわたって国家安全保障に携わった経歴を持つ。連邦上院職員、ホワイトハウス職員、ペンタゴン職員としての勤務経験を有し、国防長官府では総務管理本部長を務めた[1]カリフォルニア州ナヴァト英語版生まれ。

経歴[編集]

1972年から1975年までアメリカ合衆国陸軍で活動した。1972年に陸軍諜報学校英語版、1973年に国防言語研究所英語版、1974年に陸軍空挺学校英語版に所属した。彼は第18空挺軍団第5特殊部隊群英語版で勤務した[1][2][3]

陸軍を離れた後、南カリフォルニア大学国際関係論を学び、1977年に学士号を、1978年に修士号を取得した。また、ハーバード大学で国家安全保障の上級管理者プログラムに参加した.[1][2]

公職[編集]

1978年から1979年途中までヘリテージ財団の月刊誌『ナショナル・セキュリティ・レコード』編集長を務めた。1979年から1981年にかけては連邦上院議会補佐官、1981年から1984年にかけて上院軍事委員会専門職員を務めた[1][2]

1984年から1989年にかけて国家安全保障会議で防衛プログラム部長および事務次長を務めた。彼は事務次長としてホワイトハウス危機管理室英語版を監督し、危機管理の手順と政府の連続性に関する省庁間委員会を司った。また防衛プログラム部長としては、国家安全保障会議の代表として防衛資源委員会に出席した。またアメリカ統合参謀本部の大統領主宰四半期会議にも調整役として参加した。彼はパッカード委員会英語版の立案構築に関与し、ゴールドウォーター=ニコルズ法についての政策をホワイトハウス内部で調整した。第二次レーガン政権では国家安全保障戦略の起草を行った[1][2]

1989年、大ブッシュ政権において、財務会計担当の空軍次官補に任命された。ドンリーは空軍予算の作成について責任を負い、兵器システムに対する費用の見積もり、経済分析、空軍職員に対する金融サービスの提供などを行った。彼は1993年1月まで空軍次官補を務めた。彼は1993年1月から7月までの7ヶ月間、空軍長官代行を務めた[1][2]

空軍を離れた後は国防分析研究所英語版に上級研究員として加わった。彼は1996年まで国防分析研究所に所属し、続いてサイエンス・アプリケーションズ・インターナショナル英語版社の子会社ヒックス・アンド・アソシエイツ英語版に上級副社長として参加した。この間、国務省ボスニア・ヘルツェゴビナ担当の特別顧問も務めた[1][2]

2005年5月9日、国防長官ドナルド・ラムズフェルドより総務管理本部長に任命された。彼は国防総省本部庁舎ペンタゴンに勤務する職員1,300人に対する管理業務や支援業務を監督した他、ペンタゴン改築計画の予算55億ドルに対する責任も持った[2]

空軍長官[編集]

連邦上院の指名承認公聴会で質疑に応じるドンリー(中央)

2008年6月9日、国防長官ロバート・ゲイツ小ブッシュ大統領に対してドンリーを空軍長官に推薦した。ゲイツ国防長官は2008年6月9日、ドンリーが空軍長官代行に任命されたことを発表した[4]。その後、連邦上院は2008年10月2日にドンリーを第22代空軍長官として承認した[1]

ドンリーは空軍長官として、空軍省の人員の組織・訓練、福利厚生の準備・提供について責任を持った。その対象は現役空軍軍人30万人超、空軍州兵および空軍予備役軍団18万人、文官16万人、および空軍関係者すべての家族であり、空軍の年間予算1100億ドルについても監督した[1]

2009年4月13日、ドンリーは空軍参謀総長ノートン・シュワルツ英語版とともにワシントン・ポスト紙に意見記事を掲載した。この記事において2人は、戦闘機F-22の生産中止を決定したゲイツ国防長官への支持を表明した。ドンリーは「戦闘機の在庫需要は減少し、F-22の運用費用は増大している」と明言した[5]

注釈[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i Biographies: Michael B. Donley” (英語). ワシントンD.C.: U.S. Air Force Public Affairs Office (2008年7月). 2008年8月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年11月12日閲覧。 - アメリカ合衆国空軍
  2. ^ a b c d e f g DefenseLink Biography”. United States Department of Defense. 2008年6月6日閲覧。
  3. ^ Tyson, Ann Scott (2008年6月7日). “Pentagon Official May Head Air Force”. Washingtonpost.com (Washington, D.C.). http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/06/06/AR2008060601742.html?hpid=moreheadlines 2009年11月12日閲覧。 
  4. ^ “Defense Secretary Gates Announces Recommendations to the President on Senior Air Force Leadership Positions” (英語) (プレスリリース), United States Department of Defense, (2008年6月9日), http://www.defenselink.mil/releases/release.aspx?releaseid=11975 2010年5月15日閲覧。 
  5. ^ Donley, Michael; Norton Schwartz (2009年4月13日). “Moving Beyond the F-22”. Washington Post (Washington, D.C.). http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/04/12/AR2009041202268.html?hpid=opinionsbox1 2009年11月12日閲覧。 

外部リンク[編集]