マイク・ディ・メッリオ

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マイク・ディ・メッリオ
Mike Di Meglio Donington 2009.jpg
2009年 イギリスGP
国籍 フランスの旗 フランス
生年月日 (1988-01-17) 1988年1月17日(29歳)[1]
出身地 トゥールーズ
ロードレース世界選手権での記録
- Moto2クラスに参戦 -
現在のチーム テック3
ゼッケン 63
チャンピオン 125cc - 2008年
レース数 123
優勝回数 5
表彰台回数 13
PP回数 3
FL回数 4
通算獲得ポイント 605
2010年の成績 20位 (34ポイント)

マイク・ディ・メッリオMike Di Meglio, 1988年1月17日 - )は、フランストゥールーズ出身のオートバイレーサー2008年ロードレース世界選手権125ccクラスチャンピオン[2]イタリアに家系起源を持ち、彼の父方の祖父はシラクーザ県レンティーニの出身である。

経歴[編集]

キャリア初期[編集]

2002年、フランスの国内選手権125ccクラスに参戦する。また、スペイン国内選手権にも1レースだけ出場、そこで3位に入る活躍を見せ、世界選手権デビューへの足がかりを築いた。

2003年[編集]

2003年、15歳になったディ・メッリオはイタリアの Freesoul Racing Team からアプリリアを駆ってロードレース世界選手権125ccクラスにデビューを果たす。しかしクラッシュを繰り返し、第6戦カタルニアGPで13位に入ったのが最高位となり満足な結果は残せなかった。シーズン途中にはベテランのアンドレア・バレリーニの後釜として MetaSystem Rg Service チームに移籍し、新たにホンダのマシンを駆ることになったが、ノーポイントに終わる。

2004年[編集]

散々だったデビューシーズンの巻き返しを誓い、2004年ジノ・ボルソイのチームメイトとして Globet.com Racing チームでアプリリアを駆ることになった。開幕戦南アフリカGPではフロントローからスタートし5位に入る上々の滑り出しを見せたが、その後はクラッシュを繰り返し不調に陥る。

2005年[編集]

2005年シーズンに向けては移籍を行わなかったが、Globet.com Racing チームは前年度チャンピオンのアンドレア・ドヴィツィオーゾを輩出したチーム・スコットと共同でチームを運営することとなり、ディ・メッリオは Kopron Racing World という新チーム名で、ファブリツィオ・ライのチームメイトとしてホンダ・RS125Rを駆ることになった。ディ・メッリオのパフォーマンスは大きく向上し、コンスタントにポイントを獲得、第4戦フランスGPでは表彰台を巡ってバトルを展開し、4位となる。ウェットレースとなった第9戦イギリスGPでは自身初の表彰台(2位)を獲得し、「レイン・マスター」としての名声を高めることになった。そして第16戦トルコGPではトーマス・ルティからトップを奪って自身初優勝を果たす。

2006年[編集]

2006年は、アラン・ブロネクが運営するフランスモーターサイクル連盟 (Fédération Française de Motocyclisme) のチーム、FFM Honda GP 125 に移籍する。去年と同様にホンダ・RS125Rに乗ることになったが、チームのパフォーマンスに大きな問題があり、年間わずか8ポイントの獲得に終わる散々なシーズンになった。

2007年[編集]

2007年、ディ・メッリオはチーム・スコット (Kopron Team Scot) に復帰し、ステファノ・ムスコのチームメイト[3]となった。初戦カタールGPは辛くもポイントを獲得したが、第2戦スペインGPの予選中に激しく転倒し鎖骨を骨折。次戦トルコGPを欠場することになった。第4戦中国GPから復帰後もほとんど下位集団での争いを繰り返すことになり、シリーズランキングは17位に終わった。ただしこのシーズンも「レイン・マスター」の才能を発揮し、ウェットレースになった第8戦イギリスGP第15戦日本GPではそれぞれ6位、4位に入り、これがこの年のベスト2リザルトとなった。予選でのベストリザルトも、雨のセッションとなった第6戦イタリアGPでの2番グリッドだった。

2008年[編集]

2008年シーズンはフィンランドアジョ・モータースポーツチームからのオファーを受け、ドミニク・エガーターをチームメイトにデルビのワークス仕様マシンのRSA125(同じピアジオ傘下のアプリリアと実質は同じマシン)を駆ることになった。ディ・メッリオにとってはフランス、イタリア以外のチームへの所属はこの年が初めてとなった。

シーズン序盤は好調な滑り出しを見せ、地元の第5戦フランスGPで移籍後初優勝を遂げてチャンピオンシップ争いのトップに立った。次戦イタリアGPでは4位に終わったが、125ccクラスのコースレコード:1分58秒570を記録する。また第8戦イギリスGPでは21番グリッドから2位に入る活躍を見せる。第10戦ドイツGPではブラッドリー・スミスとのバトルを制してシーズン3勝目を挙げ、チャンピオンシップのリードを広げた。第14戦日本GPでは自身初のポールポジションを獲得した[4]。そして迎えた第15戦オーストラリアGPでシーズン4勝目を挙げ、アルノー・ヴァンサンに次ぐフランス人2人目の125ccクラスワールドチャンピオンに輝いた。

2009年[編集]

2009年アルバロ・バウティスタガボール・タルマクシのチームメイトとしてアスパー・チームから250ccクラスにステップアップを果たした。デビュー戦の開幕戦カタールGPではいきなり3位表彰台を獲得する活躍を見せた。第12戦インディアナポリスGPではクラス初のポールポジションを獲得。第14戦ポルトガルGPでは2位表彰台というリザルトを得たが、これはエクトル・バルベラとのバトルの結果2位同着と判定され、選手権のルール上「同着の場合はレース中の自己ベストタイムがより速い者が上位リザルトを得る」と規定されているため、ディ・メッリオが2位、バルベラが3位と記録されたものである。結局この年ディ・メッリオは107ポイントを獲得し、シリーズランキング8位を記録した。

2010年[編集]

2010年、ディ・メッリオはアスパー・チームに残留し、250ccクラスの後継となるMoto2クラスに参戦した。チームメイトは125ccクラスからフリアン・シモンが昇格し、2008年・2009年の125ccクラスワールドチャンピオンがペアを組むことになった[5]。シモンが表彰台の常連となり、シリーズランキング2位に入る活躍を見せた一方、新しいマシンへの順応が遅れたディ・メッリオの最高位は第16戦オーストラリアGPでの6位に留まり、シリーズ20位に終わった。

2011年[編集]

2011年シーズン、ディ・メッリオはフランスのテック3チームに移籍し、ブラッドリー・スミスをチームメイトにMoto2クラスに継続参戦する[6]

ロードレース世界選手権 戦績[編集]

  • 凡例
  • ボールド体のレースはポールポジション、イタリック体のレースはファステストラップを記録。
シーズン クラス バイク 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 順位 ポイント
2003年 125cc アプリリア JPN
22
RSA
22
SPA
28
FRA
17
ITA
Ret
CAT
13
NED
19
GBR
15
GER
Ret
CZE
15
POR 28位 5
ホンダ BRA
Ret
PAC
Ret
MAL
22
AUS
Ret
VAL
Ret
2004年 125cc アプリリア RSA
5
SPA
Ret
FRA
Ret
ITA
Ret
CAT
8
NED
12
BRA
12
GER
Ret
GBR
15
CZE
24
POR
11
JPN
Ret
QAT MAL
17
AUS
8
VAL 18位 41
2005年 125cc ホンダ SPA
11
POR
11
CHN
20
FRA
4
ITA
Ret
CAT
16
NED
14
GBR
2
GER
Ret
CZE
7
JPN
11
MAL
11
QAT
4
AUS
14
TUR
1
VAL
Ret
11位 104
2006年 125cc ホンダ SPA
21
QAT
Ret
TUR
Ret
CHN
15
FRA
27
ITA
Ret
CAT
18
NED
13
GBR
16
GER CZE
13
MAL
Ret
AUS
15
JPN
Ret
POR
Ret
VAL 25位 8
2007年 125cc ホンダ QAT
14
SPA TUR CHN
14
FRA
9
ITA
Ret
CAT
19
GBR
6
NED
Ret
GER
15
CZE
20
SMR
13
POR
16
JPN
4
AUS
14
MAL
14
VAL
23
17位 42
2008年 125cc デルビ QAT
4
SPA
9
POR
7
CHN
2
FRA
1
ITA
4
CAT
1
GBR
2
NED
7
GER
1
CZE
2
SMR
Ret
IND
10
JPN
2
AUS
1
MAL
5
VAL
3
1位 264
2009年 250cc アプリリア QAT
3
JPN
Ret
SPA
11
FRA
Ret
ITA
12
CAT
14
NED
11
GER
Ret
GBR
5
CZE
9
IND
4
SMR
5
POR
2
AUS
5
MAL
Ret
VAL
14
8位 107
2010年 Moto2 RSV QAT
16
SPA
22
20位 34
スッター FRA
20
ITA
Ret
GBR
7
NED
8
CAT
Ret
GER
Ret
CZE
20
IND
12
SMR
Ret
ARA
13
JPN
18
MAL
26
AUS
6
POR
DNQ
VAL
26

脚注[編集]

外部リンク[編集]