マイク・ケキッチ

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マイク・ケキッチ
Mike Kekich
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国カリフォルニア州
生年月日 1945年4月2日(69歳)
身長
体重
182 cm
90 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1964年
初出場 MLB / 1965年6月9日
NPB / 1974年
最終出場 MLB / 1977年10月1日
NPB / 1974年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

マイク・ケキッチMichael Dennis Kekich , 1945年4月2日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州出身の元プロ野球選手投手)。日本プロ野球では1974年の後期シーズンのみ日本ハムファイターズに所属した。

来歴・人物[編集]

1964年ロサンゼルス・ドジャースに入団。1965年メジャーデビュー。

1969年ニューヨーク・ヤンキース、さらに1973年クリーブランド・インディアンスに移籍。

1974年の後期シーズン[1]日本ハムファイターズに入団。当時の日本ハムはバール・スノーに給料もらい逃げされるという形で赤っ恥をかいていたため、テリー・レイと共に急遽獲得した選手であった。

1敗後3連勝したが、8月から9月にかけて8連敗。1試合10与四球のプロ野球ワースト記録をマークするほどの制球難が災いし、18試合に登板して5勝11敗、防御率4.13の散々な出来でシーズン終了後に解雇された。

1975年テキサス・レンジャーズでメジャー復帰。1977年シアトル・マリナーズに移籍。1978年途中にミルウォーキー・ブルワーズに移籍するも、メジャー出場はなく、同年で引退。

ヤンキース時代に同僚の投手フリッツ・ピーターソンen:Fritz Peterson)と妻や子供、ペットまでも交換し、「スワッピング投手」として話題になった。プレイボーイタイプのピーターソンがケキッチの美人妻を口説き落とし、残り物の山男タイプのケキッチと冴えないおばさんであるピーターソンの妻が仕方無く一つ屋根の下で一緒に暮らす事になったのが真相と言われている[2]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1965 LAD 5 1 0 0 0 0 1 0 -- .000 51 10.1 10 2 13 0 0 9 1 0 12 11 9.58 2.23
1968 25 20 1 1 0 2 10 0 -- .167 493 115.0 116 9 46 0 1 84 0 3 54 50 3.91 1.41
1969 NYY 28 13 1 0 0 4 6 1 -- .500 446 105.0 91 11 49 5 2 66 8 0 58 53 4.54 1.33
1970 26 14 1 0 0 6 3 0 -- .667 446 98.2 103 12 55 3 1 63 4 0 59 53 4.83 1.60
1971 37 24 3 0 0 10 9 0 -- .526 748 170.1 167 13 82 11 4 93 8 0 89 77 4.07 1.46
1972 29 28 2 0 0 10 13 0 -- .435 748 175.1 172 13 76 5 4 78 9 0 77 72 3.70 1.41
1973 5 4 0 0 0 1 1 0 -- .500 74 14.2 20 1 14 0 2 4 0 0 15 15 9.20 2.32
CLE 16 6 4 0 0 1 4 0 -- .200 247 50.0 73 6 35 0 0 26 8 0 47 39 7.02 2.16
'73計 21 10 4 0 0 2 5 0 -- .286 321 64.2 93 7 49 0 2 30 8 0 62 54 7.52 2.20
1974 日本ハム 18 18 9 0 0 5 11 0 -- .313 541 122.1 104 10 88 1 3 90 5 5 60 56 4.13 1.57
1975 TEX 23 0 0 0 0 0 0 8 -- ---- 142 31.1 33 2 21 2 0 19 2 0 16 13 3.73 1.72
1977 SEA 41 2 0 0 0 5 4 3 -- .556 401 90.0 90 11 51 3 3 55 4 0 58 56 5.60 1.57
MLB:9年 235 112 8 1 0 39 51 6 -- .433 3796 860.2 875 80 442 29 17 497 44 3 485 439 4.59 1.53
NPB:1年 18 18 9 0 0 5 11 0 -- .313 541 122.1 104 10 88 1 3 90 5 5 60 56 4.13 1.57

背番号[編集]

  • 37 (1965年、1968年)
  • 18 (1969年 - 1975年)
  • 24 (1975年)
  • 37 (1977年)
  • 41 (1977年)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ パシフィック・リーグ1973年から1982年まで前期後期制を採用していた。
  2. ^ 伊東一雄. メジャーリーグこそ我が人生:パンチョ伊東の全仕事. サンケイスポーツ. p. 290-291.