ポール・ボアボードラン
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ポール・ボアボードラン(ポール・エミール・(フランソワ)・ルコック・ド・ボアボードラン、Paul Emile (Francois) Lecoq de Boisbaudran、 1838年4月18日 - 1912年5月28日)はフランスの化学者。ガリウム(1875年)、サマリウム(1880年)、ジスプロシウム(1886年)の発見者である。
ポール・ボアボードラン | |
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ポール・ボアボードラン | |
生誕 |
1838年4月18日 コニャック |
死没 |
1912年5月28日(74歳没) パリ |
国籍 | フランス |
研究分野 | 化学・物理学 |
主な業績 |
ガリウムの発見 サマリウムの発見 ジスプロシウムの発見 |
主な受賞歴 |
レジオンドヌール勲章 デービーメダル(1879年) |
プロジェクト:人物伝 |
コニャックの酒造メーカーにうまれ、家業をつぐが、後に化学者の道を歩む。1874年にキルヒホッフによって始められた分光学についての著書Spectres lumineux spectres prismatiques et en longeurs d'ondes destines aux recherche de chimie mineraleを発刊した。この分野の最初の文章である。
1875年に分光学の手法をつかって、新元素ガリウムを発見した。ガリウムはメンデレーエフが、エカアルミニウムとしてその存在を予言していた元素である。ガリウムの命名については、ボアボードランの母国フランスのラテン語名Gallia(ガリア)から名付けたとする説と、自分の姓の一部Lecoq(Le coq 雄鶏)のラテン語名gallusから名付けたという説があるが、雄鶏説を1877年の記事でボアボードランは否定している。1880年にサマリウム、1886年にジスプロシウムを発見している。