ポーラ・コール
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ポーラ・コール | |
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![]() ポーラ・コール(2009年)
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基本情報 | |
生誕 | 1968年4月5日(50歳) |
出身地 | ![]() |
ジャンル | アダルト・コンテンポラリー, ロック, ポップス |
活動期間 | 1992年 - 現在 |
レーベル | イマーゴ/ワーナー コロムビア デッカ |
公式サイト | paulacole.com |
ポーラ・コール(Paula Cole、1968年4月5日 - )は、アメリカ合衆国の女性シンガーソングライター。
バイオグラフィー[編集]
マサチューセッツ州ロックポート出身。高校を卒業の後、ボストンのバークリー音楽大学に進学。ジャズ・ヴォーカルの発声法を学び、ジャズ歌手を目指した。しかし、シンガーソングライターとなることを決意し、卒業後はサンフランシスコに移住し音楽活動を開始した。
1992年、ニューヨークで演奏中、イマーゴ・レコード社長のテリー・エリスの目に止まりプロとしての活動を開始した。1993年にはファーストアルバム『ハービンガー』が完成したが、イマーゴ・レコードの経営難により発売が見送られ、翌年の1994年にリリースされた。なお、リリースの直後、イマーゴ・レコードはBMGから契約を切られ、ワーナー・ブラザース・レコードの傘下となった。ファーストアルバムがリリースされるまでの期間に、ピーター・ガブリエルのシークレット・ワールド・ツアーにツアー・メンバーとして参加した(このツアーで来日を果たしている)。これを機に、彼女の存在に注目が集まるようになり、次第に世に出始めた。
セカンドアルバム『ディス・ファイア』からのシングルが大ヒットしたのを背景に、1997年、グラミー賞にて最優秀新人賞を受賞。1999年にはポーラ・コール・バンド(PAULA COLE BAND)の名義でアルバム『アーメン』を発表した。バンドの構成は3人で、彼女(ボーカル)の他にバークリー音大時代の学友のケヴィン・バリー(Kevin Barry、ギター)とジェイ・ベルローズ(Jay Bellerose、ドラム)である。
2006年ベストアルバムをリリース後、イマーゴ・レコードからデッカ・レコードに移籍した。2007年にリリースされたアルバム『Courage』はデッカ移籍後のものである。
エピソード[編集]
日本では1998年にニコラス・ケイジとメグ・ライアンが主演した映画『シティ・オブ・エンジェル』の予告CMに彼女の曲「アイ・ドント・ウォント・トゥ・ウェイト」が起用されたことが広く知られる契機となった。
ディスコグラフィー[編集]
アルバム[編集]
- ハービンガー - Harbinger (1994)
- ディス・ファイア - This Fire (1996)
- アーメン - Amen (1999)
- Greatest Hits: Postcards from East Oceanside (2006)
- Courage (2007)
- Ithaca (2010)
- Raven (2013)