ポンティアヌス (ローマ教皇)
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| ポンティアヌス | |
|---|---|
| 第18代 ローマ教皇 | |
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| 教皇就任 | 230年7月21日 |
| 教皇離任 | 235年9月25日 |
| 先代 | ウルバヌス1世 |
| 次代 | アンテルス |
| 個人情報 | |
| 出生 |
不明 |
| 死去 |
235年? サルデーニャ |
ポンティアヌス (Pontianus, 生没年不詳)は、ローマ教皇(在位:230年7月21日 - 235年9月25日)。
235年、教皇と対立教皇ヒッポリュトスは、共に皇帝マクシミヌス・トラクスによって追放され、サルデーニャの鉱山で強制労働させられた。これにより、ヒッポリュトスが自らこそがローマ司教であることを主張して引き起こした教会の分裂は終結した。結果的に彼は235年の9月25日(あるいは28日)に教皇職を退くことになった。
ポンティアヌスがどれだけサルデーニャに流されていたのかはわからないが、一説によると強制労働中の虐待によって衰弱死したとされている。遺骸はファビアヌスによってローマに運ばれ、サンカリストゥスのカタコンベに葬られた。
カトリック教会の聖人であり、記念日は8月13日である。皮肉なことにそれは、ヒッポリュトスと同じ日である。
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