ポツダム連隊

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ポツダム連隊(Regiment Potsdam)またはポツダム義勇連隊(Freiwilligen-Regiment Potsdam)とは、第一次世界大戦後に結成された義勇軍組織(フライコール)の1つである。1918年末、フランツ・フォン・シュテファニドイツ語版少佐が復員兵を集め、ポツダムにて結成した。

1919年1月にスパルタクス団蜂起が起こると、ポツダム連隊もこれの鎮圧に参加した。1月10日、ポツダム連隊の隊員560名がベルリンに展開し、スパルタクス団員らが拠点にしていた社民党機関紙『前進ドイツ語版』紙(Vorwärts)の編集部ビルを襲撃した。襲撃前に連隊では交渉の為に5名の使者を編集部ビルへと送り込んでいるが、その全員が拷問の末に処刑された。6人目の使者は無条件降伏のみをスパルタクス団員らに突きつけ、これが決裂した後に連隊は編集部ビルへの突入を決行した。

その後、連隊はスパルタクス団員300名を捕虜とした。彼らの処遇についてシュテファニ少佐がグスタフ・ノスケ国防相に尋ねたところ、社民党員だったノスケは激怒して「皆射殺せよ!」(Alle erschießen!)と命じたという。ただし、シュテファニ少佐はこれを拒否した。この襲撃で連隊の隊員7名が死亡し、11名が負傷した。

著名な隊員[編集]

参考文献[編集]

  • Patrick Neuhaus: Das Freikorps Potsdam und die Berliner Januarkämpfe 1919. In: Schriftenreihe des Fördervereins „Militärmuseum Brandenburg-Preußen e. V.“ 5, 1, 2009, ZDB-ID 2194013-7, S. 11–14.
  • Gordon A. Craig: Deutsche Geschichte 1866–1945. Vom Norddeutschen Bund bis zum Ende des Dritten Reiches. Beck, München 1999, ISBN 3-406-42106-7 (Beck'sche Reihe 1306), S. 427–468: Kapitel XI: Von Kiel bis Kapp. Die mißglückte Revolution 1918–1920.