ポイボス・カルテル

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ポイボス・カルテル(Phoebus cartel)は、1924年12月23日から1939年に、 オスラムフィリップスゼネラル・エレクトリックTungsramAssociated Electrical Industries (AEI)La Compagnie des Lampes[1]などによって、競争せずに電球の寿命が1,000時間を越えないように合意して行われていた、製造管理、電球販売における企業協約(カルテル)。アメリカ合衆国フランスハンガリー英国ドイツ企業による世界規模の製品計画的陳腐化が行われる。会員の電球は常時検査され、1,000時間を超える電球を作った会社には罰金が課せられた。

世界市場の区分け[編集]

ポイボス・カルテルは世界の電球市場を3つのカテゴリーに分けていた:

  1. 自国領域, 各メーカーの自国
  2. 海外のイギリス領, AEI、オスラムフィリップスTungsramの管理下
  3. 共有領域, その他

関連項目[編集]

参照[編集]

  1. ^ “A Very Tough Baby”. Time Magazine www.time.com. (1945年7月23日). http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,803625,00.html 2009年4月11日閲覧。 

外部リンク[編集]

文献[編集]

  • Antitrust and the formation of the postwar world By Wyatt C. Wells, preview at Google Books