ボード司教

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ボード司教英語: Bishop Bodo814年 - 876年) はフランク王ルイ1世(ルートヴィヒ1世)敬虔王の宮廷助祭(deacon)で、聴罪司祭confessor)を務めていた。

838年の初期に、ローマに巡礼した後、ユダヤ教改宗してユダヤ人となった。改宗はカロリング朝の文化(Carolingian culture)の棄却のように注視され、彼は839年フランスを去ってイスラムスペインへ行き、ヘブライ語の名前エルアーザール Eleazar (ボード・エリエゼルという風に)を用い、ユダヤ人女性と結婚した。

後にボードはサラゴサでキリスト教徒迫害を行った。

アルバロとの往復書簡[編集]

コルドバの騎士パブロ・アルバロとの文通を開始した。コルドバはムスリム領域にあった。アルバロはユダヤ人として生まれたが、キリスト教に改宗していた。 ボードとアルバロは共に「改宗者」であり、アルバロはボードをキリスト教へ、ボードはアルバロをユダヤ教に戻し、相手を論駁しようと対話を開始した。

関連項目[編集]

参考文献[編集]