ボブ・エリオット

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ボブ・エリオット
Bob Elliott
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州サンフランシスコ
生年月日 1916年11月26日
没年月日 (1966-05-04) 1966年5月4日(49歳没)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手三塁手
プロ入り 1936年 ピッツバーグ・パイレーツと契約
初出場 1939年9月2日
最終出場 1953年7月16日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴

ロバート・アービング・エリオットRobert Irving "Bob" Elliott, 1916年11月26日 - 1966年5月4日)は、主に1940年代に活躍したアメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ出身の元プロ野球選手外野手三塁手)。右投右打。ニックネームはMr. Team(ミスター・チーム)。1947年のナショナルリーグ最優秀選手で、シーズン100打点を6度記録した。オールスターゲームにも7度選出されている。

経歴[編集]

1936年ピッツバーグ・パイレーツと契約してプロ入り。マイナーのサウス・アトランティックリーグのサバンナ球団でプロデビュー。打撃の良さを買われて1939年にメジャー初昇格を果たし、最初は外野手をしていた。1941年には外野手としてオールスターに初めて選出される。翌1942年三塁手にコンバートされ、同じ時期に打撃でも3割前後を残すようになった。1943年に打率.315・101打点を挙げると、1945年まで3年連続で100打点を記録した。

1946年シーズンに調子を落とし、ボストン・ブレーブスに移籍したが、翌1947年に打率.317と113打点を記録し、同年の最優秀選手に選ばれる。さらに1948年にはリーグ最多となる131四球を含め、自身5度目のシーズン100打点を達成、ブレーブスをリーグ優勝に導く活躍をした。ワールドシリーズでは、ブレーブスはクリーブランド・インディアンスに敗退したが、エリオットはシリーズ第5戦で2本の本塁打を放つなど気を吐いた。

エリオットは1951年シーズンまでブレーブスのレギュラー三塁手をつとめたが、1952年シーズンが始まってすぐにトレードに出され、ニューヨーク・ジャイアンツセントルイス・ブラウンズシカゴ・ホワイトソックスに所属しながら、1953年まで現役を続けた。引退後、1960年カンザスシティ・アスレチックスの監督を1年務めたが成績不振で更迭され、翌1961年ロサンゼルス・エンゼルスのコーチを務めた。5年後の1966年に気管内静脈破裂のため49歳で亡くなった。

詳細情報[編集]

打撃成績[編集]

※数字の後の"*"は、記録不明箇所があることを示す。

試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 得点 打点 盗塁 三振 四球 死球 犠打 打率 出塁率 長打率
1978 7141 2061 382 94 170 1064 1195 60 604 967 16 66 .289 .375 .440

獲得タイトル・表彰・記録[編集]

※オールスターゲームには『内野手』と『外野手』の両方で選出されている

  • ワールドシリーズ出場:1回(1948年)

監督としての戦績[編集]

※順位は年度最終順位

年度 チーム リーグ 試合 勝利 敗戦 勝率 順位 備考
1960年 KCA AL 155 58 96 .377 8位
通算 155 58 96 .377

背番号[編集]

  • 37 (1940年 - 同年途中、1952年途中 - 同年終了)
  • 8 (1940年途中 - 1946年)
  • 3 (1947年 - 1951年、1961年)
  • 12 (1952年 - 同年途中)
  • 40 (1953年 - 同年途中)
  • 27 (1953年途中 - 同年終了)
  • 30 (1960年)


関連項目[編集]

外部リンク[編集]