ボビー・オア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ボビー・オア
生誕 1948年3月20日(67歳)
カナダオンタリオ州パリーサウンド
身長
体重
5 ft 11 in (1.80 m)
200 lb (91 kg; 14 st 4 lb)
ポジション ディフェンス
シュート 左利き
所属クラブ ボストン・ブルーインズ
シカゴ・ブラックホークス
代表 カナダ
現役期間 1966年 – 1978年
1979年殿堂入り
ウェブサイト www.bobbyorr.com

ロバート・ゴードン・"ボビー"・オアRobert Gordon "Bobby" Orr1948年3月20日 - )はカナダオンタリオ州パリーサウンド生まれのプロ・アイスホッケー選手である。ポジションはディフェンスでありながら、得点力にも秀でており、2度のポイント王に輝いている。多くのファンから、史上屈指の好選手と認められている。オーダー・オブ・カナダを受章している。

来歴[編集]

オンタリオ州パリーサウンドで生まれたボビー・オアは、 幼い時からアイスホッケーに対する才能を発揮した。14歳で州のジュニアAリーグOHLのオショワ・ジュネラルズに所属し、19-20歳前後の選手とともにプレーした。18歳でNHLの指示によりボストン・ブルーインズに入団する。

プロ入り初年度に、カルダー記念賞(リーグ新人王)を獲得し、1970年5月10日にホッケー史上最もアクロバティックなと形容されるゴールを決めて万年最下位チームであったブルーインズを29年目にして初のスタンレー・カップ進出に導き、チームの黄金時代を築いた。

ディフェンスであったボビー・オアはアイスホッケーの競技スタイルに革命をもたらしたとも評価され、攻撃的な役割を果すディフェンス選手という新たなスタイルを創造した。オアのスピード、とりわけその顕著な加速力とプレーの芸術性でディフェンス選手としておよそありとあらゆる記録を樹立し、ファンを熱狂させた。

膝の怪我により若くしての引退を余儀なくされたが、その現役時代(12シーズン)は、NHL を支配したとも形容されることがある。最優秀ディフェンス選手に贈られるジェームス・ノリス記念賞の受賞回数8回は、NHL史上最多(2005年現在)である。

オアは、ディフェンス選手としてはただ一人のリーグ得点王、アート・ロス記念賞を2度(1969-1970、1974-1975シーズン)にわたって獲得している。また、アシスト数においてもリーグ最多を5度記録している。特に1970-1971シーズンに記録した、シーズン139ポイントは、NHLディフェンス選手の記録として(2005年時点で)だれにも破られていない。

リーグ最優秀選手に与えられるハート記念賞は3年連続、ジェームス・ノリス記念賞は8年連続で獲得している。1970年にはスポーツ・イラストレイテッドの年間最優秀スポーツマン賞を受賞している。

1976年には、数度にわたる膝の手術を受けプレー中の激痛と戦いながら、国際試合のカナダカップの最優秀選手賞を獲得している。

1975-1976シーズンを終え、オアとの契約期間満了をむかえたブルーインズは、オアに対しチームのオーナーシップの18%を与えるといった魅力的な内容のオファーを行った。しかし、オアの代理人アラン・イーグルソン Alan Eagleson はこの条件をオアに開示せず、シカゴ・ブラックホークスとの契約を勧めたと伝えられる。このため、オアはブラックホークスと契約し、2シーズン後膝の問題により引退する。

1970年代後半に、新聞『ボストン・グローブ』紙が行ったニュー・イングランダーの投票で、オアは、テッド・ウイリアムス(Ted Williams、野球ボストン・レッドソックス外野手)、ビル・ラッセル(Bill Russell、バスケットボールボストン・セルティックス)、カール・ヤストレムスキー(Carl Yastrzemski、野球ボストン・レッドソックス外野手)、ボブ・クージー(Bob Cousy、バスケットボールボストン・セルティックス)といった選手を押しのけて、ボストン史上最高のアスリートに選出されている。

引退直後、1979年、3年の待機期間を待たずして特例でホッケーの殿堂入りを果す。史上最年少の殿堂入りとなる31歳の若さであった。また、Canada's Walk of Fame にもその名を止めている。オアの栄誉を称えるため故郷のパリーサウンドに建てられた記念館は、「ボビー・オアの殿堂(Bobby Orr Hall of Fame)」と呼ばれる。

1979年には、カナダ最高の勲章オーダー・オブ・カナダを受章している。

受賞歴[編集]

記録[編集]

  • NHLディフェンス選手シーズン最多ポイント (139; 1970-71)
  • NHLディフェンス選手シーズン最多アシスト (102; 1970-71)
  • NHLディフェンス選手1試合最多アシストタイ (6; 他にBabe Pratt, Pat Stapleton, Ron Stackhouse, Paul Coffey and Gary Suter)
  • NHLシーズン最多アシスト 連続1971年から1981年まで保持 (102; broken by ウェイン・グレツキー)
  • NHLディフェンス選手シーズン最多ゴール 連続1971年から1986年まで保持 (37 、1971年, 1975年に46に更新; 1986年 Paul Coffeyにより更新)
  • ディフェンス選手1試合最多得点 1973年から1977年まで保持 (7; Tom Bladonにより更新)

生涯成績[編集]

    レギュラーシーズン   プレイオフ
シーズン チーム リーグ GP G A Pts PIM GP G A Pts PIM
1963-1964 オショワ・ジェネラルズ OHA 56 29 43 72 0
1964-1965 オショワ・ジェネラルズ OHA 56 34 59 93 0
1965-1966 オショワ・ジェネラルズ OHA 47 38 56 94 92
1966-1967 ボストン・ブルーインズ NHL 61 13 28 41 102 - - - - -
1967-1968 ボストン・ブルーインズ NHL 46 11 20 31 63 4 0 2 2 2
1968-1969 ボストン・ブルーインズ NHL 67 21 43 64 133 10 1 7 8 10
1969-1970 ボストン・ブルーインズ NHL 76 33 87 120 125 14 9 11 20 14
1970-1971 ボストン・ブルーインズ NHL 78 37 102 139 91 7 5 7 12 10
1971-1972 ボストン・ブルーインズ NHL 76 37 80 117 106 15 5 19 24 19
1972-1973 ボストン・ブルーインズ NHL 63 29 72 101 99 5 1 1 2 7
1973-1974 ボストン・ブルーインズ NHL 74 32 90 122 82 16 4 14 18 28
1974-1975 ボストン・ブルーインズ NHL 80 46 89 135 101 3 1 5 6 2
1975-1976 ボストン・ブルーインズ NHL 10 5 13 18 22 - - - - -
1976-1977 シカゴ・ブラックホークス NHL 20 4 19 23 25 - - - - -
1978-1979 シカゴ・ブラックホークス NHL 6 2 2 4 4 - - - - -
NHL合計 657 270 645 915 953 74 26 66 92 92

国際試合[編集]

  • 1972年サミット・シリーズチームの選手に選抜されるが、怪我のため出場せず
  • 1976年カナダ・カップでカナダチームに参戦

成績[編集]

年度 チーム イベント GP G A Pts PIM
1972 Canada サミット 0 0 0 0 0
1976 Canada カナダ・カップ 7 2 7 9 8

外部リンク[編集]