ボビー・イートン

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ボビー・イートン
ボビー・イートンの画像
プロフィール
リングネーム ビューティフル・ボビー・イートン
アール・ロバート・イートン
本名 ロバート・リー・イートン
身長 183cm
体重 106kg(全盛時)
誕生日 (1958-08-14) 1958年8月14日(58歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
アラバマ州の旗 アラバマ州ハンツビル
トレーナー トージョー・ヤマモト
デビュー 1976年
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"ビューティフル" ボビー・イートン"Beautiful" Bobby Eaton、本名:Robert Lee Eaton1958年8月14日 - )は、アメリカ合衆国の元プロレスラーアラバマ州ハンツビル出身。

1980年代に一世を風靡した悪役タッグチームミッドナイト・エクスプレスThe Midnight Express)での活躍で知られる。

来歴[編集]

初期[編集]

1976年日系アメリカ人レスラーのトージョー・ヤマモトのトレーニングを受け、地元のアラバマテネシーをサーキット・エリアとしていたニック・グラス主宰のNWAミッドアメリカ地区にてデビュー[1]ベビーフェイスの新鋭としてキャリアを積み、1979年2月にはランディ・サベージからミッドアメリカ・ヘビー級王座を奪取[2]。同月はメキシカン・エンジェル(フランシスコ・フローレス)とのコンビでマイケル・ヘイズ&テリー・ゴディファビュラス・フリーバーズを破り、ミッドアメリカ・タッグ王座にも戴冠している[3]。なお、同年9月と翌1980年4月には同じくテネシーを主戦場としていたジプシー・ジョーの仲介で国際プロレスへの来日が予定されていたが、急遽中止になっている[4]

1980年下期からはジェリー・ジャレットジェリー・ローラーが興したCWA(翌年にグラスのプロモーションを吸収)に主戦場を移し、10月にオースチン・アイドルからの不戦勝でCWA世界ヘビー級王座を獲得。以降はビル・ロビンソンと同王座を争った[5]

CWAではヒールのポジションに回り、ダッチ・マンテルスウィート・ブラウン・シュガービル・ダンディージャック・ルージョー・ジュニアらを相手に、グラス派から管理権が移行したミッドアメリカ・ヘビー級王座を争った(同王座は1983年にかけて、通算12回獲得)[2]。また、1981年の初頭はジム・バーネット主宰のジョージア・チャンピオンシップ・レスリングにも出場し、1月22日にスティーブ・オルソノスキーからNWAナショナルTV王座を奪取している[6]

ミッドナイト・エクスプレス[編集]

1984年デニス・コンドリーマネージャージム・コルネットと共に、団体間のトレードによってビル・ワットのMSWAに移籍[7]。コンドリーが1981年ランディ・ローズノーベル・オースチンと結成していたミッドナイト・エクスプレスThe Midnight Express)を再編し[8]、同じくCWAから移籍してきたリッキー・モートン&ロバート・ギブソンロックンロール・エクスプレスと抗争を繰り広げた。

その後はテキサス州ダラスのWCCWを経て、1985年よりジム・クロケット・プロモーションズと契約し、ジム・クロケット・ジュニア主宰のNWAミッドアトランティック地区に参戦。ロックンロール・エクスプレスとのドル箱カードを同地区でも再現し、ロード・ウォリアーズとも抗争を開始するなど、1980年代を代表するタッグチームの一員として名を馳せた[7]

1987年にコンドリーがNWAを離脱するとスタン・レーンを新しいパートナーに起用。1988年9月10日にはレーンとの新コンビでフォー・ホースメンタリー・ブランチャード&アーン・アンダーソンを破り、ミッドアトランティック版のNWA世界タッグ王座を獲得している[9]。一方、コンドリーはAWAにおいてポール・E・デンジャラスリーをマネージャーに、初代メンバーのランディ・ローズとオリジナル版のミッドナイト・エクスプレスを再結成していた。1988年末に彼らがNWAに移籍してくると、イートン&レーンはベビーフェイスのポジションに回り、コンドリー&ローズとの骨肉の争いを展開[8]。この遺恨試合は、コルネットとデンジャラスリーのマネージャー間の抗争にまで発展した。

同時期、テッド・ターナーのクロケット・プロ買収によりNWAは新会社WCWへの移行期にあったが、ジム・ハード副社長との対立でコルネットとレーンは1990年11月にWCWを退団。ミッドナイト・エクスプレスも終焉を迎えることとなった[8]

WCW[編集]

ミッドナイト・エクスプレス解散後、1991年5月19日にアーン・アンダーソンからWCW世界TV王座を奪取[10]。久々にシングルタイトルを獲得したが、後にヒールに戻り、ポール・E・デンジャラスリー率いるデンジャラス・アライアンスThe Dangerous Alliance)に加入。ラリー・ズビスコリック・ルード"スタニング" スティーブ・オースチンらと共闘する[11]1992年1月16日にはアーン・アンダーソンと組んでリッキー・スティムボート&ダスティン・ローデスからWCW世界タッグ王座を奪取した[12]

1992年下期、当時の新副社長ビル・ワットによってWCWを解雇され、コルネットが旗揚げしたスモーキー・マウンテン・レスリングに参戦していたが、ワットの失脚に伴い翌1993年よりWCWに復帰。同年5月、WCWとの提携ルートで新日本プロレスへの初来日が実現[13] 。シリーズ最終戦の6月14日に大阪府立体育会館にて、トニー・ホームと組んでヘルレイザーズホーク&パワー・ウォリアー)のIWGPタッグ王座に挑戦した[14]

その後はスタン・レーンのファビュラス・ワンズ時代の相棒だったスティーブ・カーンバッド・アティテュードBad Attitude)なるタッグチームを組み、スティング&リッキー・スティムボートなどのチームとも対戦したが、成功には至らなかった[15]

1995年ロード・スティーブン・リーガルに紳士となるための英才教育を受けたという設定のもと、アメリカ南部出身でありながら英国貴族ギミックのキャラクターに変身。リングネームも格調高く "アール" ロバート・イートン"Earl" Robert Eaton)と改め、リーガルのパートナーとなって新チームのブルー・ブラッズThe Blue Bloods)を結成する[16]。再びタイトル戦線に浮上し、ハーレム・ヒートナスティ・ボーイズとWCW世界タッグ王座を巡る抗争を展開[17]。リーガルの負傷中は、新メンバーの "スクワイア" デビッド・テイラーと組んで活動した。

1996年にブルー・ブラッズを離れ、リングネームを "ビューティフル" ボビー・イートンに戻してディック・スレーターとコンビを組んでいたが、1990年代後半はセミリタイア状態となり、ポール・オーンドーフがヘッド・インストラクターを務めていたWCWパワープラントにて若手選手の指導に携わった。

2001年のWCW崩壊後は、2003年8月にTNAに出場してキッド・キャッシュと対戦[18]。以降も各地のインディー団体へのスポット参戦を続け[19]2011年にはJCWなどの団体でデニス・コンドリーとのミッドナイト・エクスプレスを再結成し、ロックンロール・エクスプレスとの往年のライバル対決を実現させた[20]

得意技[編集]

獲得タイトル[編集]

NWAミッドアメリカ / コンチネンタル・レスリング・アソシエーション
  • NWAミッドアメリカ・ヘビー級王座:12回[2]
  • NWAミッドアメリカ・タッグ王座:7回(w / ラニー・ポッフォ、ジョージ・グラス×3、メキシカン・エンジェル、グレート・トーゴー)[3]
  • NWAミッドアメリカTV王座:1回[21]
  • NWA世界6人タッグ王座(ミッドアメリカ版):4回(w / ジョージ・グラス &ジェリー・バーバー、ジョージ・グラス&アーヴィル・ハット、ジョージ・グラス&メキシカン・エンジェル、シークレット・ウェポン&トージョー・ヤマモト[22]
  • AWA南部タッグ王座:4回(w / スウィート・ブラウン・シュガー×2、デューク・マイヤース×2)[23]
  • CWA世界ヘビー級王座:1回[5]
ジョージア・チャンピオンシップ・レスリング
  • NWAナショナルTV王座:1回[6]
ミッドサウス・レスリング・アソシエーション
ワールド・クラス・チャンピオンシップ・レスリング
  • NWAアメリカン・タッグ王座:1回(w / デニス・コンドリー)[25]
ミッドアトランティック・チャンピオンシップ・レスリング
ワールド・チャンピオンシップ・レスリング
スモーキー・マウンテン・レスリング
  • SMWビート・ザ・チャンプTV王座:1回[19]
インディー
  • NWAミッドアトランティック・タッグ王座(インディー版):1回(w / リッキー・ネルソン)
  • NWAブルーグラス・タッグ王座:1回(w / デニス・コンドリー)
  • NWAロッキートップ・タッグ王座:1回(w / デニス・コンドリー)
  • IWCタッグ王座:1回(w / デニス・コンドリー)

脚注[編集]

  1. ^ a b Bobby Eaton”. Wrestlingdata.com. 2015年10月21日閲覧。
  2. ^ a b c NWA Mid-America Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年8月19日閲覧。
  3. ^ a b NWA Mid-America Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年8月19日閲覧。
  4. ^ 『忘れじの国際プロレス』P80(2014年、ベースボール・マガジン社ISBN 4583620802
  5. ^ a b CWA World Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年8月19日閲覧。
  6. ^ a b NWA National Television Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年12月7日閲覧。
  7. ^ a b Jim Cornette Biography”. Jim Cornette.com. 2015年10月21日閲覧。
  8. ^ a b c The Midnight Express”. Online World of Wrestling. 2010年8月19日閲覧。
  9. ^ a b NWA World Tag Team Title [Mid-Atlantic]”. Wrestling-Titles.com. 2010年8月18日閲覧。
  10. ^ a b NWA/WCW World Television Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月21日閲覧。
  11. ^ Dangerous Alliance”. Online World of Wrestling. 2010年8月19日閲覧。
  12. ^ a b WCW World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年8月19日閲覧。
  13. ^ 『新日本プロレス 来日外国人選手 PERFECTカタログ』P64(2002年、日本スポーツ出版社
  14. ^ The NJPW matches fought by Bobby Eaton in 1993”. Wrestlingdata.com. 2015年10月21日閲覧。
  15. ^ WCW Yearly Results 1994”. The History of WWE. 2015年10月21日閲覧。
  16. ^ The Blue Bloods”. Online World of Wrestling. 2010年8月19日閲覧。
  17. ^ WCW Yearly Results 1995”. The History of WWE. 2015年10月21日閲覧。
  18. ^ Total Nonstop Action PPV: August 13, 2003”. Online World of Wrestling. 2010年8月19日閲覧。
  19. ^ a b "Beautiful" Bobby Eaton”. Online World of Wrestling. 2010年8月19日閲覧。
  20. ^ Matches of Bobby Eaton 1999-2012”. Cagematch.net. 2015年10月21日閲覧。
  21. ^ NWA Mid-America Television Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月21日閲覧。
  22. ^ NWA World 6-Man Tag Team Title [Mid-America]”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月21日閲覧。
  23. ^ AWA Southern Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月21日閲覧。
  24. ^ Mid-South Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月21日閲覧。
  25. ^ NWA American Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月21日閲覧。
  26. ^ NWA/WCW United States Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年10月21日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]