ボイタタ

ボイタタ[2][4]あるいはボイタター[6](ポルトガル語: Boitatá、トゥピ語の借用語)は、ブラジルの伝承におけるウィルオウィスプ的な鬼火現象、もしくは伝説の火の蛇。その火の蛇神は平野や森林にむやみに放火する人間たちを罰する。またサンタカタリーナ州では魔牛のような幻獣をさす。
名称
[編集]ボイタタ(boitatá、異綴り: baitatá, batatá[7])の語源は現地のトゥピ語・グアラニー語である。mba'e(「物」あるいは「原因、作用因子」)+ taʼta/tatá(「火」)の複合語であるが、 mbói(「蛇」)の影響も受けている[8][7][9]。
地域によって呼称のぶれがあり、ブラジル中央部や南部では baitatá か batatá、 バイーア州では biatatá、ミナスジェライス州では batatal、サンパウロ州では biatatá、北東部では batatão である。異名に Jean de la foice や Jean Delafosse(「鎌のジョン」の意)があり、セルジペ州やアラゴアス州で用いられ、 イーリャ・デ・イタマラカー(島)ではJoão Galafuz と訛る[7][10]。
ボイタタや、「鎌のジョン」(João Galafoice)系統の呼称は、鬼火の意味でもあり、すなわちブラジルでいう「フォグ・ファトゥ Fogo fátuo」[注 1]と同義語でもある[11]。だが一方でボイタタは伝説の火の蛇を意味することがあり、これは平野(や森林[12])の守護神である[8]。またボイタタは、鼻から火を吹く伝説上の牡牛だともされることがある[8][注 2]。
さらにはボイタタがパパン[8](子供を躾けるために怖がらせるボギーマンに相当する)の意味で使われることもあるという。
16世紀の記録
[編集]1560年5月31日付の書簡で、ジョゼ・デ・アンシエタ神父がこの怪異を baetatá と呼び、「火の物」あるいは「すべて火であるそれ」のような意味であると釈義して解説している。それは、時の多くを海やや川近くで過ごし、よって水辺で遭遇することが多い。きらめく光線のようなものが向かってきて、先住民らに襲い掛かり、焼き殺すといわれる。そのありさまは、やはり恐れられる人殺しの妖怪クルピラにも似るとされる[14]。
生物学者のヒトシ・ノムラは、これについて"その生きたる火が、輝く軌跡を残してゆきながら移動すると、その煌めく光線が走行して向かってくる[様は]イエズス会宣教師いわく、蛇がうねうね蛇行する様を想起させた"と述べている[15]。
概説
[編集]火の蛇ボイタタ(古トゥピ語形:Mboitatá、[仮カナ表記]:ンボイタタ とも)は、マガリャンイス(1876年)の記述によれば、月の女神ジャシがすべての植物の守護神であり、その眷族のひとつがンボイタタで、平野(campos)の守りを分担しており、野焼きをしようとする者に対抗する[注 3]。ときおり焼け丸太(méuanという)の姿になり、火つけ人を焼き殺す[16]。
またボイタタは、 コブラ・グランデとも共通しており、いずれも水のある場所に住む恐ろしい蛇の怪物だと指摘される[17]。
火の蛇ボイタタの伝承の本家は、リオグランデ・ド・スル州にあるという主張があり、作家のバルボザレッサやシモエンス・ロペス・ネットが克明にその地元の伝承を書き綴っている、と指摘される[18]。リオグランデ・ド・スル州では、ボイタタは平野と森林の守護神であり、多くの異本では女性形 a boitatá (ポルトガル語の a は女性名詞の定冠詞)で表記される[19]。
ロペス・ネット著『Lendas do Sul』(南部の伝説、1913年)では[20][21]、ボイタタは "ときには黒ヘビ、ときには大蛇にも似、その明るく光る目は二つの信号灯のようだった"と描写される[22][注 4]。
リオグランデ・ド・スル州の先住民の伝説(ロペスネットに拠る)では、昔、森林に夜ばかりがつづく時代が訪れた。暗いばかりでなく、豪雨が大洪水を引き起こした。恐怖した動物たちはみな、より高地の安全を求めた。そのとき暗い洞窟に棲んでいたアナコンダ(boiguaçu)が目を覚ました。 夜目が効くのが好都合し、獲物は漁りほうだいだった。そういうわけで好物である目玉ばかりを食らっていた。すると体に貯まった眼球が光りはじめ、体全体が発光し、"きらめく[数々の]瞳の塊、火々があわさった球、まばゆい閃光、すなわちボイタタ、火の蛇"となったのだという。だが偏食によりアナコンダは弱体しており、死んだ。ところがまた蛇として生き返り "目は二つの信号灯のようで、皮膚は透明、夜になるときらめきながら現れ、川沿いの平原を滑り進んでゆく"という。人間が平野で遭遇してしまうと、盲目、発狂、死に陥るという。その影響を避けるには、息も止めてじっとし、目もひしとかたく塞いでいなくてはならない、という。逃亡するのは危険で、もし逃げると蛇は樹海に火を放つ輩だと思い込んでしまう[24]。
一方、サンタカタリーナ州の伝承では、ボイタタというのはいささか異なる幻獣であり、ジャーナリスト作家クリスピン・ミラの描写では(みなすところ牡牛の姿をしており[25])、"牡牛ほどに大きく、巨人のような足で、額のまんなかに巨眼がひとつ、らんらんと燃杭のように光っている。何を餌とするの、ねぐらはどこか、か誰も知らぬ。本当は、海馬のように海に出たり、ときおり想像上の炎獄の鳥のごとく樹木の上を飛ぶのである"[27]。言語学者アマデウ・アマラル(1929年没、1848年刊)が指摘するように、トゥピ語の語根 mbói は「蛇」だが、ポルトガル語 boi 「牛」と取り違えやすいので、伝説の幻獣もそれにつられて変貌した、推察できる[29] 。また、現地出身の民俗学者フランクリン・カスケスによるデッサン画に、ボイタタにまつわる図像30点ほどが残されており[30]、その幾つかをみると角をはやした牛の容貌や体形だが、有翼で、二足で直立している構図である[31]。
現代版の再話
[編集]マヌエル・フィリョ(Manuel Filho)の児童本『Quem Tem Medo do Boitatá?』(ボイタタ怖いの誰なんだ?[注 5] 2007年)では、主人公の祖父サンドリーニョがボイタタによって盲目にされる[32]。
ジョセ・サントス(José Santos)の『O casamento do Boitatá com a Mula-sem-cabeça』(ボイタタと首無しラバの結婚、2007年)ではムラ・セン・カベッサ(首無しラバ)などブラジル民話の他の妖怪も動員[33]。
マルコ・ハウレリオ著『A lenda do Batatão』(バタタン伝説、2012年)は、 6行詩節[注 6]で書かれているが、バタタンはボイタタの異名[34]。
アレクサンドラ ペリカオン(Alexandra Pericão)の作品集『Uaná他』(2011年)では、目を食らう蛇が登場、現代風タッチの滑稽作品で、“誰しも... その写真をネット公開できていなかった。その巨大なサイズにかかわらず、この蛇はそれほど影薄く、捕獲した者にしか見ることができない”等と書き綴られる[35]。
注釈
[編集]出典
[編集]- ^ サナルディ, ホセ「ボイタタ [Boitatá]」『南米妖怪図鑑』セーサル・サナルディ (画); 寺井広樹 (企画)、ロクリン社、2019年、66–67頁。ISBN 978-4-907542-73-3。 試し読みで目次を閲覧可能。
- ^ サナルディ (2019)で使用が確認されたカナ表記[1]
- ^ 岩村ウイリアン雅浩「21 ブラジルの民話 [21 Folclore Brasileiro]」『耳が喜ぶブラジルポルトガル語: リスニング体得トレーニング』三修社、2013年、104–105頁。ISBN 9784384056471 。
- ^ 三修社のブラジルポルトガル語教科書で確認した表記[3]
- ^ Soares, Cícero『ボイタタ― [Enciclopedia de Yokais Sudamericanos]』Tomohiro Kenmochi (訳)、インターナショナルプレスジャパン〈ブラジルの民話 2〉、2007年3月1日。ISBN 978-4901920162。
- ^ インターナショナルプレスジャパン社 Soares (著)、Kenmochi (訳)の題名[5]
- ^ a b c d Cascudo (1962) s.v. "Boitatá", pp. 122–123.
- ^ a b c d e Brandão, Carlos Antônio Leite; Moreira, Eduardo da Luz Moreira (2003). “O Díario de Partido”. Grupo Galpão, diário de montagem. 4. Editora UFMG. p. 47. ISBN 9788570413642
- ^ Blayer & Anderson (2004), p. 6.
- ^ Blayer & Anderson (2004), p. 204も所引
- ^ Ferreira (1986) Dicionário Aurélio, s.v. "Fogo-fátuo" apud Brandano & Moreira (2003).[8]
- ^ Blayer & Anderson (2004), p. 203。後述のリオグランデ・ド・スル州の伝承を参照。
- ^ Blayer & Anderson (2004), p. 202.
- ^ José de Anchieta: "Há também outros (fantasmas), máxime nas praias, que vivem a maior parte do tempo junto do mar e dos rios, e são chamados baetatá, que quer dizer coisa de fogo, o que é o mesmo como se se dissesse o que é todo de fogo. Não se vê outra coisa senão um facho cintilante correndo para ali; acomete rapidamente os índios e mata-os, como os curupiras; o que seja isto, ainda não se sabe com certeza".[7][13]
- ^ Nomura, Hitoshi (1996). Os répteis no folclore. Centro, Mossoró: Fundação Vingt-Un Rosado. p. 1 . "Como aquele fogo vivo se deslocava, deixando um rasto luminoso, um facho cintilante correndo para ali, anotava o jesuíta, veio a imagem da marcha ondulada da serpente"
- ^ Magalhães (1876) 2: 138
- ^ a b Leite, Ligia Chiappini Moraes (1988). No entretanto dos tempos: literatura e história em João Simões Lopes Neto. São Paulo: Martins Fontes. pp. 172–173
- ^ Waldeck, Guaeira (2001) "Lendas populares: a riqueza do imaginário brasiero", apud Blayer & Anderson (2004), p. 203
- ^ Blayer & Anderson (2004), p. 203.
- ^ Neto, João Simões Lopes Neto (2024). “A M'boi-tátá”. Lendas do sul. São Paulo: BoD - Books on Demand. pp. 9–14
- ^ Neto, João Simões Lopes Neto (2024). “A Mboiatá”. Lendas do sul. São Paulo: BoD - Books on Demand. pp. 2–5. ISBN 9791043106514 ; pdf @ www.portugues.seed.pr.gov.br
- ^ "ポルトガル語: ora como uma cobra preta, ora como uma cobra grande, de olhos luminosos como dois faróis".[17]
- ^ Michaelis, Henriette A new dictionary of the Portuguese and English languages, Vol. 1, s.v. "farol", p. 350
- ^ Blayer & Anderson (2004), p. 203.
- ^ Blayer & Anderson (2004), p. 204: "forma de um touro", アマデウ・アマラルによる考察より
- ^ Mira, Crispim (1988). Terra catharinense. Florianópolis: Typ. do Livraria moderna. p. 139
- ^ Mira, Crispim (1920). Terra Catarinense:"grande como um touro, etc..",[26] Blayer & Anderson (2004), p. 204に所引。
- ^ Amaral, Amadeu (1948). Tradições populares. São Paulo: Instituto Progresso Editorial. pp. 302–303
- ^ Amaral (1948)[28]、Blayer & Anderson (2004), p. 204所引。
- ^ Ramos Flores, Maria Bernardete (30 April 2022). “Pensar com os mitos: sobre ecologia nos boitatás de Franklin Cascaes”. Tempo & Argumento 14 (35). doi:10.5965/2175180314352022e0201 .(pdf ダウンロード)
- ^ 論文中、Fig. 2, 3, 4, 5、pp. 13–14 掲載の絵の写真より。これら4点については、絵の作者のメモ書きが転載されているが、主に背景の風景についてであり、論文のコメントもそれにそっている。幻獣の描写については、Tavau と名付けた牝牛の女神という絵がFig. 7, p. 18 に翻刻されるが、ボイタタの関連や、外観について文章で述べられる。 また、竜のような Boitatá Franculinoという亜型 Fig. 11, p. 30 もまた然りである。
- ^ Filho, Manuel (2007) Quem Tem Medo do Boitatá?'. Editora Escal.
- ^ Santos, José (2007). O casamento do Boitatá com a Mula-sem-cabeça. Companhia Editora Nacional.
- ^ Haurélio, Marco (2012). A lenda do Batatão. SESI-SP Editora.
- ^ Pericão, Alexandra (2011).Uaná, um curumim entre muitas lendas. Editora do Brasil.
参照文献
[編集]- Blayer, Irene Maria; Anderson, Mark Cronlund (2004). Latin American Narratives and Cultural Identity: Selected Readings. P. Lang. ISBN 9780820463209
- Cascudo, Luís da Câmara (1962) (ポルトガル語). Dicionário do folclore brasileiro. 1 (2 ed.). Rio de Janeiro: Instituto Nacional do Livro
- Magalhães, José Vieira Couto de (1876). O selvagem. II. Rio de Janeiro: Typogr. da reforma
外部リンク
[編集]- スグホリコ: “第4話 【炎の大蛇】ボイタター(O Boitatá)”. ブラジル怪異集 (2023年10月22日). 2025年2月9日閲覧。