ホワイトシップの遭難

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ホワイトシップの遭難

ホワイトシップ(White Ship)の遭難は、12世紀1120年11月25日)の海難事故イングランドヘンリー1世の世継ぎウィリアム、王の庶子2人を始めとして、イングランド、ノルマンディー王族貴族多数が水死した。生き残ったのは船員1人と言われる。

原因は明らかでなく、貴族たちが宴会を開き、船員まで一緒に酔っていたことや、船長が出航を遅らせることを提案したが、王子たちに却下されたためとも言う。

この事件後、ヘンリー1世は後妻を迎えたが、男子は生まれなかった。そのため、娘のマティルダ(通称「女帝モード」)を後継者に指名したが、王の死後、マティルダは従兄のスティーブン(ヘンリー1世の姉の子)と王位を争い、イングランドを無政府状態(アナーキー)に導くことになる。

この事件はイングランドの運命を大きく変え、また多数の公子、公女の死は、タイタニック号の遭難以上の衝撃を当時与えた。

フィクションにおいて[編集]

この事故をモチーフにした文学作品では、この事故を陰謀によるものとしたり、生き残った船員が数奇な運命をたどったりするものがある。たとえば、ケン・フォレット大聖堂』(1989年)など。