カヌー
カヌー(英: canoe)は、軽量で幅の狭い小型の水上艇である。通常、両端が尖っており、上部は開放されているものといないものがある。進行方向を向いて座る、または膝立ちになった1人以上の漕ぎ手が、パドルを使って進ませる[1]。
文化人類学上、カヌーは航海や漁撈のための原初型の小型舟艇であり、実用的な用途に加えて、民族の象徴・儀礼的な役割のものもある[2]。
カヌーという言葉の語源は、カリブ海の先住民タイノ族(その先祖に当たるアラワク族)の言葉「kana:wa」が語源で[3]、ヨーロッパ人がアメリカ大陸に到達した15世紀末 - 16世紀初頭、先住民が使っていた細長い手漕ぎ船を目にし、「カノア」として記録し、スペイン語、英語などに転写されたものである。それから転じて、世界各地の伝統的な舟艇を指して使われる用法が一般化している。なお、現代の英語において「カヌー」と呼ばれうる船舶は、地域により「カヌー」「カノア」「カノ」「ワカ」「ワア」「ヴァカ」など様々な名で呼ばれている。
カヌーには、日本語、現代英語[4]、ドイツ語などでの用途として、甲板の無いカナディアンカヌー(Canadian canoe)と、漕ぎ手が座るコックピット以外は甲板で覆われたカヤック(kayak)の両方が含まれることもある[5]。
競技スポーツとしてのカヌーでは、国際カヌー連盟(ICF)の規則に「カヌーはデッキのある艇で、シングルブレードのパドルで推進するものを言い選手はその内側で膝をつくものとする」とされている[6]。
カヌーの定義の難しさ
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カヌーの定義は多様であり、競技団体による競技規則上の定義は例外として、一義には決定できない。パドルで水を掻き、前進する舟全般を指すもの、という考え方もあるが、この定義ではオセアニアで広く用いられている帆走カヌー(Sailing Canoe)や航海カヌー(Voyaging Canoe)は包摂出来ない。船体側にも支点を持たせたオールや艪を使用しない舟艇という考え方もあるが、ミクロネシアで用いられるシングル・アウトリガーの航海カヌーの櫂舵は足で操作するし、ポリネシアで用いられるダブル・カヌー形式の航海カヌーの櫂舵は、ロープで船体に結縛されている。
カヌーとカヤック
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現代における言葉の使い分けとして、「カヌー」は基本的にオープンデッキのタイプを指すのに対して、「カヤック」は基本的にクローズドデッキのタイプを指すが、日本においてはカヌーという言葉の中に広義でカヤックを含める場合もある[5]。
国際カヌー連盟(ICF)の競技ルール(Canoe Slalom Competition Rules 2025)[7]によれば、カヌーとカヤックの定義は下記のようになっている(原文は英文、和訳は日本カヌー連盟「2025カヌースラローム・カヤッククロス競技規則」より[6])。
| カヤックはデッキのある艇で、ダブルブレードのパドルで推進するものを言い、選手はその内側に座るものとする。カヌーはデッキのある艇で、シングルブレードのパドルで推進するものを言い選手はその内側で膝をつくものとする。 |
地域ごとの特徴
[編集]- 北アメリカ
- アメリカ・インディアンの用いるカヌーの多くは丸太を刳り抜いた丸木舟である。アメリカ合衆国のワシントン州からカナダ、アラスカにかけての太平洋沿岸の温帯雨林、針葉樹林に居住するハイダ族、トリンギット族、クワキウトル族などは樹高60mにも及ぶベイスギ、ベイマツなどの針葉樹を加工してトーテムポールや板葺きの大建築を造り上げてきたが、船の面でも数十人の乗用が可能なカヌーを作り、鮭や鱒の漁に用いた[8]。一方、カリフォルニア州のチュマシュ族だけは複雑な構造を持つ縫合船を用いており、ポリネシアのカヌー建造技術が何らかの形で伝播していたのではないかと考える研究者もいる。またエスキモーやイヌイット、アレウト族が使用するカヤックは、獣骨や木材の骨組みに獣皮を張るという構造であった。カナディアン・カヌーは本来は木材の骨組みに樹皮を張る構造であった[9]。
- ミクロネシア
- ミクロネシアではパンノキを船体にした縫合船のシングル・アウトリガーカヌーが広く用いられていた。小さいものはラグーン内での漁労用であるが、大きなものは十名近い乗員を乗せて数日間以上の外洋航海を行うことが可能な航海カヌーである。カロリン諸島からヤップ島へのサウェイ貿易には、このような航海カヌーが欠かせなかった。また、ヤップ島の石貨の中でも古い時期のものは、航海カヌーによってパラオから運んで来たものと考えられている。
- 東南アジア
- 東南アジアでは、シングル・アウトリガーカヌーの他に、ダブル・アウトリガーカヌーも用いられている。また蛋民が用いる家船は、世帯単位でそこに居住しながら漁労を行う為の大型のカヌーである。現在はエンジンを用いているが、本来は帆走カヌーであった。家船はアウトリガーを持たない。
- メラネシア
- メラネシアには、内水面で用いられる小型のカヌーと、外洋を航海するための大型の航海カヌーが存在している。メラネシアの航海カヌーにはシングル・アウトリガーカヌーとダブル・カヌーの両方がある。特に有名なものは、トロブリアンド諸島のクラ交易で用いられた航海カヌーである。
- ポリネシア
- ポリネシアには、シングル・アウトリガーカヌー、ダブル・カヌー、アウトリガーを持たないカヌーの3種類が存在している。マオリのカヌーは殆どがアウトリガーを持たない。ポリネシアの航海カヌーは殆どがダブル・カヌーであるが、域外ポリネシアのテ・プケと呼ばれる航海カヌーはシングル・アウトリガーカヌーである。
- マダガスカル島
- マダガスカル島の先住民は東南アジア島嶼部から航海カヌーに乗ってマダガスカル島に移住した人々であり、現在でもシングル・アウトリガーカヌーを漁労等に用いている。
- 北東アジア
- 日本列島には、各種のカヌーが存在していた。千葉県市川市の雷下遺跡で2013年11月縄文時代早期の約7,500年前のものとみられる丸木舟が出土し、かつて北海道や樺太、千島列島などで独自の文化を築いていたオホーツク文化人やウィルタ、アイヌには、それぞれ独自のカヌーがあったと考えられている。アイヌは桂やヤチダモの大木を刳り抜いて作ったカヌー「チㇷ゚」を使用していた。チㇷ゚は基本的には湖沼や河川用の船であるが、過去にはチㇷ゚に舷側板を取り付けて大型化し、帆を備えた沿岸航海用のカヌー「イタオマチㇷ゚」(アイヌ語で「板のある船」の意)を作成し、はるかサンタン(沿海州)にまで渡り、山丹交易と呼ばれる交易活動を行っていた。このイタオマチㇷ゚を復元しようと試みるグループも存在し、実際に1989年、釧路市在住のアイヌ系住民が復元に取り組み、完成させた。また小笠原諸島には、有史以降最初にこの島に入植したハワイ人たちがシングル・アウトリガーカヌーを持ち込んでいる。
画像集
[編集]- マダガスカル島のシングルアウトリガー帆走カヌー。
- タヒチで開催されているシングルアウトリガーカヌーの大会「ハヴァイキヌイ・ヴァア」のOC-6。
- マーシャル諸島のシングルアウトリガー帆走カヌー(ミクロネシア)
- 美しく装飾された北米ハイダ族のカヌー
- 古代ポリネシアの遠洋航海カヌーのレプリカ「ハヴァイイロア」
- マオリの戦闘用ワカはアウトリガーや帆を持たない。
- マオリのワカの彫刻。今日、ワカ彫刻の職人は芸術家として扱われている。
- マダガスカル島のカヌー。旧フランス植民地ではカヌーはピローグと呼ばれることが多い。
船体の構造
[編集]一本の丸太を刳り貫いて作る「丸木舟」の場合、丸太を水に浮かべて自然に水面上に出る側を上にして、中を刳り貫いていくことで船の形状を彫り出していく[10][11]。
さらに地域によっては、吃水より上の部分に板材を重ねばりする事で、大型化したものも作られている(学術的にはタナ発達と呼ばれる)。特に大洋州や東南アジアでは、丸太を削りだした船底にバウやスターン、ガンネルとなる部材を結縛した縫合船が広く用いられている。日本列島においても近世以前にはこうした構造を持つカヌーが数多く用いられていたが、近代以降、木材の払底やFRP船の普及によって姿を消した。
また日本列島においては船底をはぎ合わせる技法が発達した。こうした構造はムダマハギとかシキ構造と呼ばれるものである。一見すると板材を貼り合わせた構造に見える場合もあるが、学術的には「必ず1本の丸太から2つの船底材を削り出し、はぎ合わせる」という点を重視し、刳り船に含めている。さらにこうした削り出しの船底材の間にチョウと呼ばれるセンターピースを挿入する工法も存在している。
主に寒冷地で使われたスキンボートでは、木材などによって構成した骨組みに、防水処置を施した獣皮や布、樹皮(樺の樹皮などがよく使われたらしい)などを張って船体を作る。
近年では合成樹脂、合板+グラスファイバーなどで船体を建造する例も多い。 レジャーでよく使われるリバーカヌーにはロイヤレックス、ポリエチレン製などが多く、軽くて剛性が必要な競技艇では、カーボンやケブラー・カーボンなどの素材が使われる。
シングルブレード・パドルとダブルブレード・パドル
[編集]使われるパドルの違いで言えば、幅が広めでオープンデッキのカナディアンカヌー系のボートは、水を掻く部分が片側だけに付いたシングルブレードパドルで漕ぐ事が普通で、クローズドデッキで幅が狭い傾向にあるカヤック系のボートでは両端に水掻の付いたダブルブレードパドルを利用する事が一般的である。またオセアニアのパドルは地域により様々な形状がある。
船舶の構造の大まかな分類
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- カナディアンカヌー
- カヤック
- シングル・アウトリガー・カヌー(オセアニア、マダガスカル島等に分布)
- 伝統的な木造カヌー
- 競技艇(OC-1/V1、OC-4/V4、OC-6/V6)
- セイリング・カヌー(パドリングではなく帆走によって航行するもの)
- 航海カヌー(セイリング・カヌーの中でも大型で、数名の乗員と数トンの荷物を載せ、数百キロメートル以上の外洋航海が可能なもの。ミクロネシア、メラネシア、域外ポリネシアで主に用いられる。マウ・ピアイルックによれば、カロリン諸島の航海カヌーは通常、9日間の航海が可能であるとされる。船体、デッキ、ナヴィゲーター・ルームの構造は地域によって大きく異なる)
- ダブル・アウトリガー・カヌー(東南アジア島嶼部で広く用いられる)
- 戦闘用カヌー ‐ アジア、アメリカ大陸、ヨーロッパ、アフリカなど広い地域で使われた。
- ワカ・タウア(マオリが用いる長大な戦闘用カヌー。アウトリガーは装着されない。船体に美しい彫刻が施され、この彫刻は近年では芸術の一種と考えられている。また最近ではこの種のカヌーは観光用にも用いられている)
- Kakap - マレーシア、インドネシア、ブルネイで偵察・補給用などに使われたカヌー
- ダブル・カヌー(ほとんどが航海カヌーで、シングル・アウトリガーの航海カヌーよりも乗員数、積載能力、航続距離に優れ、無寄港で一か月強、数千キロメートルの外洋航海を行うことも可能。主にポリネシアで用いられる)
この分類におさまりきらないもの
ツーリング
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- 川旅
- 遠洋航海
競技
[編集]- カヌースプリント - オリンピック種目(12種目)、パラリンピック種目(パラカヌー)[12]
- カヌースラローム - オリンピック種目(4種目)
- カヌーワイルドウォーター
- カヌーポロ
- ドラゴンカヌー
- カヌーマラソン
- フリースタイル(カヌー・カヤック)
- ホワイトウォーターロデオ(フリースタイル)
- サーフカヤック
- スクウォート
- クリーキング
- ビッグウォーター
- ストライド
- シットオントップ
- セーリングカヌー
- アウトリガーカヌー(OC-1,OC-2,OC-3,OC-4,OC-6,DC-12あるいはV1,V2,V3,V4,V6,V12)
- アウトリガーカヌー競技はエリア毎に伝統に根ざしたルールでの競技団体が存在する。
- これらの競技の国際的な統括団体として1984年のロサンゼルスオリンピックを契機に設立されたのが国際ポリネシアン・カヌー連盟(International Polynesian Canoe Federation、現在の国際ヴァア連盟、International Va'a Federation)である。
- 競技用アウトリガーカヌーは、左側にアマを持つこと、シングルブレードのパドルを用いることが特徴である。
- 近年、ハワイ、北米といったエリアではOC1またはOC2にラダーを取り付けたものが主流となっているが、国際的にはラダー無しが標準である[要出典]。
- 国際ヴァア連盟内では、オセアニアを植民地化し抑圧・搾取を行った欧米文化への抵抗感、さらには単なる競技種目でなく民族固有の文化であるというプライドから、オリンピックを頂点とする国際的なスポーツへの迎合を良しとしない風潮もある[要出典]。
国際交流
[編集]1998年よりハワイにおいて国際カヌーフェスティヴァルInternational Festival of Canoesが毎年開催され、ポリネシアを中心として世界各国からカヌービルダーが集まって交流を深めている。このイベントには日本からもアイヌのカヌービルダーが参加したことがある(2004年)。
また、4年ごとに各地で開催されている太平洋芸術祭Festival of Pacific Artsでも、カヌー関連のイベントは重要なものとなっており、1992年にクック諸島のラロトンガ島で行われた第6回大会では、大会のテーマそのものが「太平洋諸島民の航海の伝統」とされ、各地から航海カヌーが集結した。
さらに1996年にはニュージーランドのオークランドで、「航海カヌー・シンポジウム」が開催された。
著名なカヌー選手
[編集]- 本田大三郎 - カヌー競技の日本人初のオリンピック選手。1964年東京五輪出場。日本体育大学卒。現カヌースクール経営。
- ビルギット・フィッシャー - ドイツの女子カヌー選手、金メダル8個と銀メダル4個を獲得
- 井上清登 - ロサンゼルス五輪カナディアンシングル500mで日本人初の6位入賞
- 和泉博幸 - ロス五輪カナディアンペア8位入賞、ソウル五輪2大会連続日本代表、日体大卒
- 福里修誠 - ロス五輪カナディアンペア8位入賞
- 丸山小百合-アトランタ五輪代表、シドニー五輪2大会連続日本代表、筑波大卒
- 竹下百合子 - 北京五輪カヤックシングル4位入賞、早大卒
- 北本忍 - アテネ五輪代表、北京五輪カヤックペア500m5位入賞、武庫川女子大卒
- 竹屋美紀子 - アテネ五輪代表、北京五輪カヤックペア500m5位入賞、日体大卒
- 松下桃太郎 - ロンドン五輪代表。第17回アジア大会男子カヤックペア200メートル優勝。
- 藤嶋大規 - 第17回アジア大会男子カヤックペア200メートル優勝。立命館大卒。
- 羽根田卓也 - リオデジャネイロ五輪スラロームカナディアンシングルで日本人初の銅メダル。
- 高久瞳 - 世界選手権大会フリースタイルカヤックK1種目にて、アジア人、日本人男女通じて初の金メダルを獲得。[15]
著名なカヌーイスト
[編集]脚注
[編集]出典
[編集]- ↑ “Bark Canoe Construction”. Canadian Museum of History. Government of Canada. 2024年4月21日閲覧。 “In Canada, the most popular bark for canoe construction has come from the paper birch”
- ↑ 後藤明 (2023年3月20日). “『環太平洋の原初舟-出ユーラシア人類史学への序章』2022年度第1号(南山大学人類学研究所モノグラフ・シリーズ1)” (PDF). 南山大学人類学研究所. 2026年7月22日閲覧。
- ↑ 東備ヤンマー株式会社 (2025年7月4日). “カヌーの歴史”. 東備ヤンマー株式会社. 2026年7月22日閲覧。
- ↑ Canoe Sprint at Paddle UK (formerly British Canoeing). Retrieved 6 August 2024.
- 1 2 公益社団法人日本カヌー連盟 (2025年4月1日). “カヌーの歴史”. 公益社団法人日本カヌー連盟. 2026年7月22日閲覧。
- 1 2 公益社団法人日本カヌー連盟 (2025年4月1日). “カヌースラローム競技規則(カヤッククロス規則)” (PDF). 公益社団法人日本カヌー連盟. 2026年7月22日閲覧。
- ↑
- ↑ “The birch bark canoe, an exceptional reign” (フランス語). florelaurentienne.com. pp. 150 of 925 (1935年). 2024年4月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年4月21日閲覧。 “Betula papyrifera Marshall. — Bouleau à papier. — Bouleau blanc, Bouleau à canot. — (Canoë birch).”
- ↑ “Dugout Canoe”. The Canadian Encyclopedia. 2012年11月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年1月30日閲覧。
- ↑ Pojar and MacKinnon (1994). Plants of the Pacific Northwest Coast. Vancouver, British Columbia: Lone Pine Publishing. ISBN 1-55105-040-4
- ↑ Olympic Peninsula Intertribal Cultural Advisory Committee (2002). Native Peoples of the Olympic Peninsula. Norman, Oklahoma: University of Oklahoma Press. ISBN 0-8061-3552-2
- ↑ 日本パラリンピック委員会は「カヌー」の名称を使用している。
- ↑ カヌースプリント 日本カヌー連盟
- ↑ “競技紹介 Canoe/カヌー”. 日本パラリンピック委員会. 2021年8月24日閲覧。
- ↑ https://www.canoeicf.com/sites/default/files/011_winners_99001.pdf