ホルミズド6世
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ホルミズド6世 𐭠𐭥𐭧𐭥𐭬𐭦𐭣 | |
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イランと非イランの諸王の王 | |
ホルミズド6世の硬貨 | |
在位 | 630年 - 632年 |
出生 |
不明 |
死去 |
632年 |
宗教 | ゾロアスター教 |
ホルミズド6世(パフラヴィー語: 𐭠𐭥𐭧𐭥𐭬𐭦𐭣)は、サーサーン朝の君主。サーサーン朝の将軍で簒奪者のシャフルバラーズの息子シャープール5世が貴族のファッルフ・ホルミズドによって廃位されると、シャフルバラーズはニシビスでホルミズド6世を擁立、一方ファッルフ・ホルミズドはクテシフォンでサーサーン朝の王女アーザルミードゥフトを擁立した。ホルミズド6世は祖父ホスロー2世(在位:590年 - 628年)が628年に廃位され処刑された後の内乱で即位した多くの簒奪者の1人だった。彼はニシビスで2年ほど統治したが、即位のときに自身を支持した軍に裏切られて廃位された。ホルミズド6世と同じくホスロー2世の孫であるヤズデギルド3世が貴族の支持を受けてサーサーン朝唯一の君主となった[1]。
脚注
[編集]- ^ Shahbazi 2004, pp. 467–469.
参考文献
[編集]- Shahbazi, A. Shapur (2004). "Hormozd V". Encyclopaedia Iranica, Vol. XII, Fasc. 5. pp. 467–469.
ホルミズド6世
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先代 シャープール5世 |
サーサーン朝の君主 630年 - 632年 |
次代 ヤズデギルド3世 |