ホモロジー (数学)
数学、とくに代数的位相幾何学や抽象代数学において、ホモロジー(英語: homology)は、与えられた数学的対象(位相空間や群など)に対してアーベル群や加群の列を対応させる一連の手続きを指す。直感的には、その対象に含まれる「穴」の数や、空間の「ねじれ」(torsion)といった位相的な情報を、代数的な不変量として取り出す手法である。ホモロジーの名は「同一である」ことを意味するギリシャ語のホモス(ὁμός)に由来する。本記事では、ホモロジーの基本的な概念と、幾何学および代数学における主要な理論(単体的、特異、胞体的など)の相互関係について概説する。個々の理論のより詳細な構成や証明については、特異ホモロジーやホモロジー代数学、群コホモロジーなどの各専門記事を参照されたい。
位相空間に対して、ホモロジー群はホモトピー不変性(連続的な変形によって変化しない性質)を持ち、一般にホモトピー群よりも計算が容易である。そのため、空間の形状を分類し、その特徴を記述するための強力な道具として広く用いられる。
ホモロジー群の定義と構成
[編集]ホモロジー群は、数学的対象から抽出されたチェイン複体(chain complex)をもとに、代数的な手続きを経て構成される。
鎖複体による定式化
[編集]数学的対象、たとえば位相空間 X が与えられたとき、まず X の情報を抽出したチェイン複体 C(X) を構成する。チェイン複体はアーベル群や加群 C0, C1, C2, ... を境界作用素とよばれる群準同型 ∂n: Cn → Cn-1 でつないだもの
である。ただし、0 は自明な群を表し、i < 0 に対しては Ci ≡ 0 と定義する。
さらに、境界作用素 2 つの合成はいつでも 0 であるという要求も付け加える。つまり、すべての n に対して、
であるとする。右辺の 0 は群 Cn-1 の単位元への定数写像を意味する。このことは im(∂n+1) ⊆ ker(∂n) を意味する。
幾何学的には、この条件 は「境界の境界は存在しない(空である)」という直感的な事実に対応している。例えば、中身の詰まった三角形(2次元単体)の境界をとると、その周囲を一周する閉じた折れ線(1次元単体の和)が得られる。この折れ線は閉じており、端点(境界)を持たないため、さらに境界をとると 0 になる。
いま、各 Cn はアーベル群なので、im(∂n+1) は ker(∂n) の正規部分群である。さらに、この部分群を無視して考えたい。つまり、その差が im(∂n+1) に属するような 2 つの元は同値とみなし、ker(∂n) をその同値関係で分割するのである。X の n 次ホモロジー群 を剰余群(あるいは剰余加群)
- Hn(X) = ker(∂n) / im(∂n+1)
によって定義する。また、ここでは ker(∂n) = Zn(X) と書き、im(∂n+1) = Bn(X) と書く。すると、
- Hn(X) = Zn(X) / Bn(X)
である。ホモロジー群の元をホモロジー類という。
また、理論的な記述を簡素化するために、被約ホモロジー群(reduced homology group, )が用いられることも多い。これは通常のチェイン複体に対して、0次の項 から整数群 への付加的な境界作用素 (各生成元を1に移す写像)を付け加えた
という増強された複体のホモロジーとして定義される。これにより、一点空間のホモロジー群がすべての次数で 0 となるように調整される(通常のホモロジーでは0次が となる)。
この代数的な定義には、以下のような幾何学的意味がある。
- サイクル (Zn)
- 境界作用素で 0 になる要素(∂ c = 0)。これは端点や縁を持たない「閉じた」図形を表す(例:円周、閉曲面)。
- バウンダリ (Bn)
1つ上の次元の要素の境界となっている要素(c = ∂ d)。これは内部が「埋まっている」図形の縁を表す(例:円板の縁としての円周)。
- ホモロジー群 (Hn)
- 「閉じた図形」全体を、「中身が詰まった図形の縁」で割ったもの。すなわち、「閉じているが、何かの縁にはなっていない(中身が詰まっていない)もの」を検出しており、これが直感的な「穴」に対応する。
また、2つのサイクル z1, z2 の差がバウンダリである(z1 - z2 ∈ Bn)とき、この2つはホモロガス(homologous、同調)であるといい、 と書く。幾何学的には、2つの閉じた図形が「膜」でつながり、連続的に移りあえる状態(穴の周りを回る回数が同じ状態など)を指す。
上の 2 つの群 Zn(X) と Bn(X) は巨大な群であることが多く計算は難しい一方で、その商であるホモロジー群 Hn(X) を計算するには、さまざまな道具がある。
主要なホモロジー理論
[編集]空間の構成方法や対象とする圏に応じて、いくつかの異なるホモロジー理論が存在する。代表的なものとして以下の理論が挙げられる。
- 単体的ホモロジー
- 単体複体 X に対して定義される。X の向き付けられた n 次元単体を生成元とする自由アーベル群 を考える。境界写像 は、(頂点に順序が入れられた)単体 に対して
- と定義される。ここで は頂点 を取り除くことを意味する。直感的には、X の n 次元ホモロジー群の階数は X の n 次元の「穴」の数に対応する。
- 特異ホモロジー
- 任意の位相空間 X に対して定義される。チェイン群 の生成元として、標準的な n 次元単体 から X への連続写像 (特異単体)全体をとることで定義される。単体複体などのよい性質を持つ空間については単体的ホモロジー群と一致する。
- 胞体的ホモロジー
- CW複体(胞体複体)に対して定義される。
- n 次元胞体(n 次元円板 en)の個数を階数とする自由アーベル群をチェイン群 とする。このとき、境界作用素 は、胞体の接着写像(attaching map)の写像度を用いて代数的に決定できるという特徴を持つ。
- 具体的には、 次元胞体 の境界が、 次元胞体 にどれだけ巻き付いているかを表す整数(すなわち、接着写像と商写像の合成 の写像度) を係数として、
- という公式で計算される。単体的ホモロジーと比較して生成元の数を減らせるため、具体的な空間の計算においては標準的な手法となる。
相対ホモロジー
[編集]位相空間 X とその部分空間 A の組 (X, A) に対して定義される相対ホモロジー群 Hn(X, A) は、トポロジーにおいて重要な役割を果たす。直感的には、「A を一点に押しつぶした空間」のホモロジーに近い情報を与える。
定義としては、まずチェイン複体のレベルで剰余群をとる。すなわち、相対チェイン群を
と定義する。境界作用素 ∂ はこの剰余群上にも自然に定義されるため、この複体から得られるホモロジー群を相対ホモロジー群と呼ぶ。 相対ホモロジーにおいては、サイクル(相対サイクル)とは「その境界がすべて部分空間 A の中に含まれてしまっている(したがって X 全体としては閉じていないように見える)もの」を指す。また、相対ホモロジー類としては、あるサイクルが X 内の膜の境界となるとき、その膜の縁の一部が A に含まれていてもよい(A の中での変形や移動を無視する)とみなされる。
基本的な性質
[編集]ホモロジーとホモトピー群の比較
[編集]位相空間の不変量としては、ホモロジー群の他にホモトピー群 πn(X) が有名である。両者は密接に関係しているが(フレヴィッツの定理など)、以下のような対照的な特徴を持つ。
- ホモロジー群は常にアーベル群(可換群)であるのに対し、ホモトピー群はn=1(基本群)のとき一般に非可換である。ホモロジーは、空間の情報を「可換な範囲」で粗く捉えたものと言える。
- ホモロジー群は、マイヤー・ヴィートリス完全系列や胞体分割を用いることで、比較的容易に計算できる。一方、ホモトピー群の計算は極めて困難である。
| 特徴 | ホモロジー群 | ホモトピー群 |
|---|---|---|
| 代数構造 | 常にアーベル群(可換) | は一般に非可換、 は可換 |
| 計算可能性 | 有限複体ならアルゴリズムで計算可能 (線形代数に帰着) | 一般に計算不能(決定不能問題を含む) 球面のホモトピー群ですら未解決部分が多い |
| 幾何学的意味 | 空間の大域的な「穴」の数 | 穴の「巻き付き方」や高次のねじれ |
| 関係性 | 1次ホモロジー群は基本群のアーベル化に等しい | |
次数と空間の次元
[編集]ホモロジー群の次数(degree)k と、対象となる空間 X の次元(dimension)n の間には、一般に以下の関係が成り立つ。
- n 次元の単体複体や n 次元多様体 X においては、n 次より高い次数のホモロジー群は消滅する。
- ホモロジー群を利用することで、ユークリッド空間の次元の違いを証明できる。例えば、 と が同相である(位相的に同じとみなせる)ならば、m=n でなければならない。これは、一点を除いた空間 が n-1 次元球面 とホモトピー同値であり、そのホモロジー群が n によって異なることから導かれる。
ホモロジー関手とホモトピー不変性
[編集]チェイン複体 からチェイン複体 への射を、準同型の列 であって任意の n に対して が成立するようなものとして定義する。このようにしてチェイン複体は圏をなす。n 次元ホモロジー群 Hn はチェイン複体の圏からアーベル群(あるいは加群)の圏への共変関手であるとみなせる。
チェイン複体が対象 X に共変的に依存するものとする(つまり、任意の射 X → Y は X のチェイン複体から Y のチェイン複体への射を誘導するものとする)。このとき、Hn は X が属している圏からアーベル群(あるいは加群)の圏への共変関手である。
位相空間論においては、2つの連続写像 f, g: X → Y がホモトピックであるならば、それらが誘導するチェイン複体の間の射 は鎖ホモトピックとなり、結果としてホモロジー群の間には同一の準同型写像
が誘導される。この事実により、ホモロジー群は空間のホモトピー同値不変量となる。
一方、コホモロジー群 Hn は、対象 X に対して反変的に依存する。すなわち、射 f: X → Y に対して、コホモロジー群の間には逆向きの準同型
が誘導される(引き戻し)。したがって、コホモロジー群は X の属する圏からアーベル群の圏への反変関手となる。
完全系列と計算手法
[編集]チェイン複体の任意の短完全列
- 0 → A → B → C → 0
はホモロジー群の長完全列
を生み出す。この長完全列での一連の写像は、蛇の補題により与えられる連結準同型 を例外として、チェイン複体の間の写像から誘導されたものである。
空間 X を2つの開集合 U, V の和集合(X = U ∪ V)として表したとき、それらのホモロジー群の間にはマイヤー・ヴィートリス完全系列と呼ばれる以下の長完全列が存在する。
ここで、写像 Φ は共通部分からの包含写像によって誘導される という形(符号は向き付けに依存)の写像であり、Ψ は直和からの和 として定義される自然な準同型である。 この系列を用いると、既知の空間(例えば半球面)を貼り合わせることで、より複雑な空間(球面など)のホモロジー群を帰納的に計算することができる。
また、2つの空間の直積 X × Y のホモロジー群を計算するには、キネットの定理が用いられる。係数が体 F の場合、以下の同型が成り立つ。
これを用いることで、例えばトーラス のホモロジー群を、円 のホモロジー群から代数的に導出することができる。
ポアンカレ双対性とオイラー標数
[編集]チェイン複体 において、有限個を除いて An がすべてゼロであり、ゼロでない An はすべて有限生成アーベル群(ないしは有限次元ベクトル空間であるとすると、そのチェイン複体のオイラー標数を
によって定義できる(右辺の rank は、アーベル群の場合はその階数を意味し、ベクトル空間の場合には次元を意味する)。オイラー標数は、実はホモロジー群だけで計算できることがわかる。つまり、
が成り立つ。これは、特に代数的位相幾何学においては、チェイン複体の元となった対象 X の重要な不変量 χ を計算する 2 つの方法を与えている。
また、向き付けられた n 次元閉多様体(コンパクトかつ境界を持たない多様体)M においては、そのホモロジー群とコホモロジー群の間にポアンカレ双対性と呼ばれる同型
が成り立つ。これにより、係数を体とした場合のホモロジー群の次元(ベッチ数)の間に対称性 βk = βn-k があることが導かれる。例えば、トーラス T2 において β0 =1, β1 =2, β2 =1 と対称になっているのはこの定理による。
数学的構造の相互関係
[編集]ホモロジー論における様々な概念は、独立しているわけではなく、代数的な定理によって密接に結びついている。
- 普遍係数定理
- 整数係数のホモロジー群 が分かれば、任意のアーベル群 G を係数とするホモロジー群 およびコホモロジー群 は、代数的に完全に決定される。
- この定理は、整数係数のホモロジー群が、空間の位相的情報を最も「圧縮」して保持していることを示している。
アイレンベルグ・スティーンロッドの公理系
[編集]1940年代以降、ホモロジー理論は、特定の構成法(単体的ホモロジーや特異ホモロジーなど)に依存しない、公理的な定義によって整理された。サミュエル・アイレンベルグとノーマン・スティーンロッドは、位相空間の対 (X, A) の圏からアーベル群の圏への関手の列 Hn が満たすべき性質をアイレンベルグ・スティーンロッドの公理として定式化した。
これによれば、ホモロジー論とは以下の公理を満たす(F)共変関手および自然変換の組のことである[1]。
- (H)ホモトピー公理: ホモトピックな写像は同じ準同型を誘導する。
- (E)切除公理: 空間 X の部分集合 B の閉包が、部分集合 A の内部に含まれているならば、相対ホモロジー群において B を取り除いても同型 が成り立つ性質。これにより、ホモロジーの計算を局所的な問題に帰着させることが可能になる。
- (D)次元公理: 1点空間のホモロジー群は、0次以外では消滅する。
- (P)完全性公理: 対 (X, A) に対して長完全列が存在する。
なお、これらに加えて「非交和のホモロジー群は各空間のホモロジー群の直和と同型である」という加法性公理が加えられることもある。これらの公理を満たす理論であれば、単体複体のような特定の空間上では、理論の違いによらず同じホモロジー群が得られることが保証される(一意性定理)。
抽象代数学におけるホモロジー
[編集]抽象代数においては、ホモロジーを用いて導来関手を定義できる。導来関手の代表例として Tor関手やExt関手がある。
ある加法的共変関手 F の導来関手を定義するために、まず加群 X に対する射影分解(チェイン複体の一種)を構成する。すなわち、自由加群(より一般には射影加群)Pn と準同型 dn の列
であって、完全列となるものを用意する。この列の を除いた部分()に関手 F を適用すると、新たなチェイン複体 が得られる。この複体のホモロジー群 は、最初に選んだ射影分解 の取り方によらず(自然な同型を除いて)一意に定まる。これを F の n 次左導来関手の X における値と定義し、 などと書く。
例えば、ある加群 A をテンソル積する関手 の左導来関手が、Tor関手 に相当する。なお、Ext関手はこれと双対的な右導来関手であり、単射的分解などを用いて定義される。
ホモロジー群の構造
[編集]ホモロジー群の定義において、アーベル群の代わりに可換環 R 上の加群を用いることもできる。これを R 係数のホモロジー群と呼び、Hn(X; R) と表記する。
係数群と普遍係数定理
[編集]係数を体(例えば有理数体 や有限体 )に変えると、ホモロジー群はベクトル空間となり、構造が単純になる。元の整数係数ホモロジー群と、任意の係数 R でのホモロジー群の関係は、代数的な普遍係数定理によって完全に記述される。
- 有理数係数()の場合は、ねじれ部分(トーション)が消滅するため、空間の「大まかな穴の数(ランク)」だけを知りたい場合に適している。計算が線形代数(行列のランク計算)に帰着されるため容易である。
- 有限体係数()の場合は、特定の素数 p に関するねじれの情報を抽出できる。特に 係数は、「向き付け」の概念を無視できるため、射影平面などの向き付け不可能な空間を扱う際に計算が非常に単純になるという利点がある。
ベッチ数とねじれ係数
[編集]空間 X が有限の単体複体などの場合、整数係数のホモロジー群 は、有限生成アーベル群となる。有限生成アーベル群の構造定理により、この群は「自由部分」と「ねじれ部分」の直和に一意的に分解される。
ここで、自由部分の階数 βn を n 次ベッチ数と呼び、ねじれ部分 Tn をねじれ係数(torsion coefficients)と呼ぶ。
この分解は、計算機的には境界作用素を行列として表現し、スミス標準形に変形することで具体的に計算可能である。 境界行列に対して行・列の基本変形を行い、対角成分 を持つ対角行列(スミス標準形)を得たとき、
- となる成分は自明な群として消滅し、
- となる成分がねじれ係数 に対応し、
- ゼロである成分の個数(と行列のサイズの差)からベッチ数が決定される。
幾何学的には、ベッチ数は直感的な「穴の数」に対応し、ねじれ係数は空間のねじれ(射影平面やクラインの壺などで現れる)を捉えている。
例
[編集]ホモロジー群の各次数 n は、幾何学的に異なる種類の「穴」に対応している。
- : 0次元の穴、すなわち連結成分の個数(厳密には個数分のランクを持つ自由アーベル群)。
- : 1次元の穴、すなわちトンネルや閉路の数(円周 S1 状の穴)。
- : 2次元の穴、すなわち空洞の数(球面 S2 状の穴)。内部の空いたボールの中空部分に相当する。
以下に、整数係数ホモロジー群 の具体的な計算例を挙げる。
自明な空間
[編集]- 一点 () および 円板 ():
- 縮めて一点にできる空間(可縮な空間)は、ホモロジー的には一点と同じである。
- これは「穴」が一つも存在しない状態を表す。
基本的な多様体
[編集]- 球面 (): 次元球面 は、内部が空洞なボールの表面のような空間である。
- 0次の は連結成分が1つであることを、次の は 次元の「穴」が1つあることを表している。
- トーラス (): ドーナツの表面のような形状である。これは2つの円の直積 としても表される。
- 1次ホモロジー群が 2つの直和であることは、トーラスには「独立した2種類の穴(メリディアンとロンジチュード)」があることに対応している。
- 種数 の曲面 (): を 個つなげた、穴が 個ある浮き輪のような曲面(連結和)。
- 1次のランクが となることから、ホモロジー群によって閉曲面の分類(穴の個数の判別)が可能であることがわかる。
射影空間とトーション
[編集]- 実射影平面 (): メビウスの帯の縁に円板を貼り合わせたような、向き付け不可能な曲面である。
- 1次ホモロジー群に現れる (位数2の巡回群)は、空間の「ねじれ(torsion)」を表している。
- クラインの壺 (): 向き付け不可能な曲面のもう一つの例である。
- 1次ホモロジー群に、円筒のような「穴」に対応する自由部分 と、メビウスの帯のような「ねじれ」に対応する の両方が現れるのが特徴である。
- レンズ空間 (): 3次元球面 を巡回群 の作用で割った3次元多様体。
- 1次ホモロジー群には群の位数 に由来するねじれが現れる。なお、パラメータ が異なるとホモトピー同値にならない場合があるが、ホモロジー群は に依存しないため、ホモロジー群だけでレンズ空間を完全に分類することはできない。
- 複素射影空間 (): 次元の滑らかな多様体。
- 偶数次元ごとに が現れる構造を持つ。
空間の識別と限界
[編集]- 8の字 () とトーラス:
- 8の字(2つの円周を1点で貼り合わせた空間)のホモロジー群は以下となる。
- 1次ホモロジー群だけを見るとトーラス と同じ(ランク2)だが、2次ホモロジー群が異なるため、これらは位相的に異なる空間であると識別できる。
- 結び目理論における補空間: 3次元球面 から結び目 をくり抜いた空間 。
- 結び目がどんなに複雑に絡み合っていても、1次ホモロジー群は常に整数群 (円周と同じ)となり、結び目を区別することができない。これはホモロジー群が空間の「穴の数」という大まかな情報しか持たず、基本群 のように「穴の絡まり方(非可換性)」を捉えられないことに起因する。
無限次元空間と分類空間
[編集]有限次元の多様体の列の「極限」として構成される無限次元空間は、代数的トポロジーにおいて重要な役割を果たす。これらは特定の群の分類空間や、アイレンベルグ・マクレーン空間 のモデルとなる。
- 無限次元複素射影空間 ():
- 無限次元実射影空間 ():
- 実射影空間の列の帰納的極限。
- 奇数次元において永遠にねじれ(torsion)が現れ続ける。これは群 の分類空間 に相当し、そのホモロジー群は群コホモロジー と同型になる。
双対概念としてのコホモロジー
[編集]ホモロジーと双対的な概念として、コホモロジーがある。定義は形式的にはホモロジーと同様であるが、コチェイン複体(cochain complex)から出発する点が異なる。コチェイン複体では、群のあいだをつなぐ矢印(コバウンダリ作用素)は次数の増加方向 を向いている。 ホモロジーと同様に を満たすとき、核を像で割った剰余群としてコホモロジー群
が定義される。
コホモロジーはホモロジーと比較して、カップ積と呼ばれる自然な積構造 を持ち、次数付き環(コホモロジー環)となる点が大きな特徴である。これにより、ホモロジー群としては区別できない空間(例えば と )を、環構造の違いによって識別できる場合がある。
代表的なコホモロジー理論として以下がある。
- 特異コホモロジー
- 特異ホモロジーの双対として定義されるコホモロジー。位相空間の不変量として広く用いられる。係数群を や体 などに取り換えることで、普遍係数定理を通じてホモロジー群と代数的に関係付けられる。
- ド・ラーム・コホモロジー
- 可微分多様体に対して定義される、解析学(微積分)とトポロジーをつなぐ理論である。微分形式の空間をコチェイン群とし、外微分 d をコバウンダリ作用素(余境界作用素)として用いる。ここで、作用素の合成について が成り立つ。これは、3次元ベクトル解析における「スカラー場の勾配の回転は常に 0 である ()」や「ベクトル場の回転の発散は常に 0 である ()」といった恒等式の高次元における一般化である。
- ド・ラームの定理により、ド・ラーム・コホモロジー群は(実数係数の)特異コホモロジー群と同型になることが知られている。これにより、曲面上の積分や微分方程式の解の性質と、空間の「穴」の数とが密接に関係していることが保証される。
応用
[編集]ホモロジー群は位相不変量であるため、ある性質を持つ写像が存在しないことを示す証明などに利用される。代表的な応用として以下のようなものがある。
- ブラウワーの不動点定理
- 「n 次元円板 Dn からそれ自身への連続写像 f: Dn → Dn は、少なくとも1つの不動点を持つ」という定理。この証明において、もし不動点を持たない連続写像が存在すると仮定すると、球面 Sn-1 のホモロジー群(n-1 次が 、他は0)と円板のホモロジー群(0次以外すべて0)の間に矛盾する可換図式が導かれることを利用する。
- 写像度と毛玉の定理
- n 次元球面 Sn からそれ自身への連続写像 f: Sn → Sn があるとき、これが誘導するホモロジー群の準同型 は、ある整数 k 倍の写像となる。この k を写像度という。これを応用すると、「偶数次元の球面上の連続な接ベクトル場は、必ず 0 となる点を持つ(とかした髪の毛には必ずつむじができる)」という毛玉の定理が証明できる。
- 位相的データ解析 (TDA)
- 21世紀に入り、ホモロジー論をデータ解析に応用する試みが発展している。点群データに対して、各点を中心とする球の半径を徐々に大きくしていくと、穴が生まれたり消えたりする。この穴の寿命(生成と消滅のタイミング)をホモロジー群の系列として追跡する手法をパーシステントホモロジーと呼ぶ。これにより、ノイズの多いデータから大域的な特徴を抽出することが可能となる。
- 物理学(電磁気学とゲージ理論)
- 電磁気学において、電場 や磁場 は微分形式として解釈できる。マクスウェルの方程式において「磁場 の発散が 0 () ならば、ベクトルポテンシャル が存在して と書けるか」という問題は、まさにコホモロジー的な問(閉形式は完全形式か)である。
- 例えば、磁気モノポールが存在するような空間(中心の除かれた球体など)では、2次のコホモロジー群が非自明()となり、大域的なベクトルポテンシャル を定義することができない。
- 一方、無限に長いソレノイドコイルの外部のような領域では、大域的なポテンシャル は存在するものの、1次のコホモロジー群が非自明(、トンネル状の穴)であることに起因して、ポテンシャルが完全形式にならない(周回積分が0にならない)場合がある。これはアハラノフ=ボーム効果として観測される。このように、ホモロジー・コホモロジーは場の量子論やゲージ理論における基本的な言語となっている。
- ソフトウェア
有限の単体複体や胞体複体のホモロジー群を計算するためのソフトウェアパッケージが開発されている。CHomP, Kenzo, Gmshなど。
歴史
[編集]リーマンと曲面の連結度
[編集]
1851年、ベルンハルト・リーマンは学位論文「複素一変数関数の一般論の基礎」の中で曲面の連結度(connectivity)というものを考えた[2]。これは次のように定義される。まず、曲面の境界上の2点を結ぶ曲線を横断線と呼ぶことにする。曲面が円板のような形をしている場合には、横断線で曲面を切断すると曲面が2つに分かれる。どのような横断線で切断しても曲面が2つに分かれるとき、そのような曲面を単連結と呼ぶことにする(現代の定義とは異なる)。ある任意の曲面が n 本の横断線によって切断したとき m 個の単連結な領域に分割されるならば、その曲面の連結度を n − m と定義する。例えば円板の連結度は −1 であり、円板から小さな円板をくり抜いた円環の連結度は 0 である。
この論文では、考察対象の幾何学的対象に境界が存在することを仮定し、横断線を用いて連結度という位相的不変量を定義している。リーマンは切断のアイデアをカール・フリードリヒ・ガウスから学んだと、後にエンリコ・ベッチに語っている[3]。ガウス自身は位置の幾何学(現在のトポロジー)について研究成果を公式に発表することはなかったが、遺稿からは彼がこの分野に強い関心を持ち続けていたことが分かっており、その姿勢はリーマンにも影響を与えたとされる[4]。

1857年、リーマンは「アーベル関数の理論」と題した論文を公表する[5]。この論文で再び曲面の連結性の数(connectedness number)という概念を考える[6]。これは次のように定義される。曲面の上に n 本の閉曲線の族があり、どの閉曲線の組み合わせを取っても部分曲面の完全境界にならなかったとする。さらに、この族にどのような閉曲線を加えてもこの性質を満たさなくなるとする。このとき、この曲面を n + 1 重連結であると呼ぶ。例えば、円板は1重連結であり、円環は2重連結である。連結性の数は境界の無い曲面に対しても定義することができ、例えば球面の連結性の数は1である。連結性の数の定義に完全境界という概念を使ったのは正則関数を領域の境界に沿って線積分すると0になることによる。
ここには、曲面自体の境界ではなく、連結性を測るための曲線が境界となるかどうか着目するという視点が含まれており、現代のホモロジー群(サイクルの群をバウンダリの群で割る)の概念に通じる発想が見出される。
ベッチと連結度の高次元化
[編集]
リーマンは静養のため頻繁にイタリアを訪れ、その際に友人のベッチと数学的な交流を持った[6]。
1863年、ベッチは同僚の Tardy に宛てた手紙の中で、リーマンとの議論を通じて空間の連結度についての着想を得た旨を記している。この手紙の中で、空間の連結度は次のように定義されている[3]。まず単連結の概念を高次元化する。空間が単連結であるとは、すべての閉曲面がある部分空間の境界になり、すべての閉曲線がある部分曲面の境界になることとする(現代の定義とは異なる)。例えば中身の詰まった球は単連結である。そして、空間の連結度が (m, n) であるとは、空間を単連結にするために必要な曲面による切断が m 回、曲線による切断が n 回であることと定義する。例えば中身の詰まったドーナツ(トーラス体)は単連結ではないが、円板に沿って一度切断すれば単連結になるため、この空間の連結度は (1, 0) となる。この定義は、リーマンの学位論文に見られるアイデアを高次元へ拡張したものと解釈される。
1866年にリーマンが没した後、1871年にベッチは "Sopra gli spazi di un numero qualunque di dimensioni" と題した論文を公表した。この論文では、高次元空間の m 次元の連結度を「m + 1 次元部分空間の境界にならない m 次元部分空間の最大数」として定義している[7]。これは、リーマンの1857年の論文「アーベル関数の理論」における概念を一般化したものに相当する。
ポアンカレと「ホモロジー」の誕生
[編集]1895年、ポアンカレは記念碑的な論文「位置解析」を公表する[8]。この中でポアンカレは多様体の部分多様体の形式和にホモロジーという同値関係を定義し、これを基礎に多様体の連結度の新しい定義を与えた。そしてこれをベッチ数と呼んだ。ポアンカレは、ベッチ数は考えているがホモロジー群は考えていなかった(基本群は考えている)。ちなみに、「ホモロジー」(仏語原文ではhomologie)という言葉は、ポアンカレの「位置解析」において初めて導入された。[9]
なお、ポアンカレの論文のタイトルにもなっている「位置解析」(Analysis Situs)という言葉はゴットフリート・ライプニッツによる[10]。
ネーターと「群」としての定式化
[編集]ホモロジー群の概念はエミー・ネーター[11][12]により見出された。ある伝承によれば、それは1926年、アクサンドロフ[注釈 1]とハインツ・ホップがレフシェッツ不動点定理の証明の難しい部分について研究していたときのことであったという。彼らがこれについてネーターと議論したとき、ベッチ数ではなくホモロジー群を考えその群の適当な自己準同型の跡を考えれば証明が分かりやすくなることを彼女が指摘したという[13]。また別の伝承によれば、彼女はベッチ数とねじれ係数(torsion coefficients)はあるアーベル群の標準的な不変量と見るべきもので、そのアーベル群こそがホモロジー的連結度の概念的定式化のための適切なツールだと単に見抜いたとされている[13]。他の説によれば、それは1925年のことであったという[14]。彼女がドイツ数学会の年次報告で有限生成アーベル群の構造定理のベッチ数とねじれ係数への応用について言及し、そしてゲッティンゲンの講義においてホモロジーとは単にベッチ数やねじれ係数ではなくアーベル群なのだと指摘したという[15]。彼女は、研究の主眼はホモロジー群に置くべきだと強調したと伝えられている[16]。今となっては何が真実か定かではないが、はっきりしていることは、ネーターが1925年に有限生成アーベル群の構造定理のベッチ数・ねじれ係数への応用について言及したこと[17]、1932年のアレクサンドロフの本『位相幾何学の基礎概念』の中でホモロジー群が使われていること[18]、1935年のアレクサンドロフとホップの共著『Topologie』の序文でネーターの助言に対して謝辞が述べられていることである[13]。
また、これと独立に、レオポルト・ヴィートリスとヴァルター・マイヤーも1925年から28年にかけてホモロジー理論を発展させている[19]。これより前の時代には、組合せ位相幾何学においてホモロジー類にあたるものはアーベル群をなすとは考えられていなかった。ホモロジー群の急速な普及により、用語が変更され、「組合せ位相幾何学」の立場から「代数的位相幾何学」への移行が起こった[20]。
関連項目
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ MacLane (1978, p. 12) では A. D. Alexandroffと書かれているが、ただしくはパヴェル・アレクサンドロフと思われる。
出典
[編集]- ↑ 坪井 2016, p. 49.
- ↑ Riemann 1851.
- 1 2 Weil 1979, p. 95.
- ↑ 小松醇郎『位相数学』弘文堂、1942年、10-14頁。NDLJP:1063394。
- ↑ Riemann 1857.
- 1 2 Weibel 1999, p. 2.
- ↑ Stillwell 2009, p. 7.
- ↑ Stillwell 2009, p. 61.
- ↑ 砂田ほか『幾何学入門事典』朝倉書店、2023年p237
- ↑ Riemann 1857, p. 4.
- ↑ Hilton 1988, p. 284
- ↑ たとえばフランス語文献 L'emergence de la notion de group d'homologie, Nicolas Basbois (PDF), の Note 40 においては、ホモロジー群の発明者として実際にネーターの名が挙げられている。
- 1 2 3 MacLane 1978, p. 12.
- ↑ Weibel 1999, pp. 1.
- ↑ Weibel 1999, pp. 5.
- ↑ MacLane 1976, p. 5.
- ↑ Noether, Emmy (1926). “Ableitung der Elementarteilertheorie aus der Gruppentheorie”. Jahresbericht der Deutschen Mathematiker-Vereinigung 34: 104.
- ↑ P.アレクサンドロフ 著、静間良次 訳『位相幾何学の基礎概念』大雅堂、1946年、43頁。NDLJP:1063369。 Betti群という呼び方をしている。
- ↑ Hirzebruch, Friedrich, "Emmy Noether and Topology" in Teicher 1999, p. 61?63.
- ↑ Bourbaki and Algebraic Topology by John McCleary (PDF) に時代考証がある(フランス語の原版から英語への翻訳)。
参考文献
[編集]- Cartan, Henri Paul and Eilenberg, Samuel (1956) Homological Algebra, Princeton University Press, Princeton, NJ, OCLC 529171
- Herbert Edelsbrunner and John L. Harer: Computational Topology: An Introduction, AMS (2010)
- Herbert Edelsbrunner、John L. Harer:「計算トポロジー入門」、共立出版、ISBN 978-4-32011494-4 (2023年9月12日).
- Eilenberg, Samuel and Moore, J. C. (1965) Foundations of relative homological algebra (Memoirs of the American Mathematical Society number 55) , American Mathematical Society, Providence, R.I., OCLC 1361982
- Hatcher, A., (2002) Algebraic Topology Cambridge University Press, ISBN 0-521-79540-0. 単体複体や多様体のホモロジー理論や、特異ホモロジーなどについての詳しい解説を含む。
- Tomasz Kaczynski, Konstantin Mischaikow and Marian Mrozek: Computational Homology, Springer, ISBN 978-0-387-21597-6 (2004)
- 坪井俊『幾何学II ホモロジー入門』東京大学出版会、2016年。ISBN 978-4-13-062955-3。
歴史関連
[編集]- Hilton, Peter (1988), “A Brief, Subjective History of Homology and Homotopy Theory in This Century”, Mathematics Magazine 60 (5): 282-291
- Teicher, M. (ed.) (1999), The Heritage of Emmy Noether, Israel Mathematical Conference Proceedings, Bar-Ilan University/American Mathematical Society/Oxford University Press, ISBN 978-0198510451, OCLC 223099225
- Weibel, C. (1999). CHAPTER 28 – History of Homological Algebra (PDF). doi:10.1016/B978-044482375-5/50029-8.
- MacLane, Saunders (1976). “Topology and logic as a source of algebra”. Bulletin of the American Mathematical Society 82 (1): 1–40. doi:10.1090/S0002-9904-1976-13928-6.
- MacLane, Saunders (1978). “Origins of the cohomology of groups”. L'Enseignement mathématique 24 (2): 1–29.
- Stillwell, John (2009年). “Poincare: Papers on Topology”. 2022年5月8日閲覧。
- Riemann, B. (1851). Grundlagen für eine allgemeine Theorie der Funktionen einer veränderlichen complexen 2022年5月6日閲覧。.
- Riemann, B. (1857). Theorie der Abel'schen Functionen.. pp. 115–155. doi:10.1515/crll.1857.54.115 2022年5月6日閲覧。.
- Weil, André (1979). “Riemann, Betti and the Birth of Topology”. Archive for History of Exact Sciences 20 (2): 91–96. ISSN 0003-9519. JSTOR 41133540 2022年5月6日閲覧。.