ホフマン窯

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旧下野煉化製造会社のホフマン窯

ホフマン窯(-がま)は煉瓦を焼くための施設である。ホフマン式輪窯とも。ドイツ人技師ホフマン(Friedrich Hoffman)が考案し、1858年に特許を取得した。

概要[編集]

通常の煉瓦窯では、焼成前の(生の)煉瓦を入れて焼きあげ、熱が下がってから煉瓦を取り出し、また生の煉瓦を入れ…といった工程で、火を点けて消し、を繰り返すことになる。ホフマン窯では、窯を環状(円形、楕円形等)に配置して、連続して煉瓦を製造できるようにしたものである。窯の内部に生の煉瓦を積み重ね、上部からコークスを入れて焼成する。一つの区画で焼き上がると、また次の区画に火を移して焼成を繰り返してゆく。こうした連続工程により煉瓦の大量生産ができるようになった。

日本への導入[編集]

旧日本煉瓦製造のホフマン窯

明治初期の銀座煉瓦街建設の際、お雇い外国人トーマス・ウォートルスが小菅にホフマン窯2基を設け、大量の煉瓦を製造した。以後、各地に建設され、日本の近代化を支えてきたが、現在稼働しているものはない。 よく遺構が残っているのは5基ほどで、貴重な遺構になっている。

このほか、遺構の一部が残っているものもある。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

  • ホフマン窯図面[1](埼玉県立文書館)