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ホテルメトロポリタンエドモント

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ホテルメトロポリタンエドモント
Hotel Metropolitan Edmont
地図
ホテル概要
ホテルチェーン JR東日本ホテルズ
デベロッパー JR東日本
運営 日本ホテル
所有者 東日本旅客鉄道・日本ホテル
前身 飯田町会館、ホテルエドモント
階数 地下2 - 地上14階
レストラン数 5軒
部屋数 665室
シングル数 296室
ダブル数 60室
ツイン数 107室
スイート数 2室
敷地面積 6,780m2
本館:5,470m2
イーストウィング:1,310 m²
建築面積 5,470m2
本館:4,300m2
イーストウィング:1,170 m²
延床面積 43,970m2
本館:28,400m2
イーストウィング:15,570 m²
最寄駅 飯田橋駅水道橋駅
最寄IC 首都高速道路5号池袋線飯田橋出入口西神田出入口
所在地 〒102-8130
東京都千代田区飯田橋3-10-8
位置 北緯35度42分2.9秒 東経139度44分57.3秒 / 北緯35.700806度 東経139.749250度 / 35.700806; 139.749250座標: 北緯35度42分2.9秒 東経139度44分57.3秒 / 北緯35.700806度 東経139.749250度 / 35.700806; 139.749250
公式サイト 公式サイト
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ホテルメトロポリタン エドモントHotel Metropolitan EDMONT)は、東京都千代田区飯田橋にあるシティホテル。経営はJR東日本グループ日本ホテル株式会社。

概要

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1980年8月、日本国有鉄道が51.2%、西武セゾングループが31.1%など出資して、資本金8億円で会員制ホテル飯田町会館を設立[1]。社長には堤清二が就任し[1]1985年6月30日にシティホテルとして開業した[1]。客室は450室、料飲6店舗、宴会場12室、結婚式場2室を備えた[1]

建設のきっかけは、当時の高木文雄国鉄総裁から事業合理化のため、飯田町駅構内の一部にあった老朽化宿舎を撤去し、ホテルをつくりたいとの意向が、1973年に堤に持ち込まれたことにあった[2]。当時、この地域は夜間人口を増加させるために飯田町再開発計画が進められており、ホテル従業員350名のうち36名は、国鉄民営化に伴う余剰人員対策による出向者であった[2]

建設コストをカバーするため、会員制度を採用することで特色を示し[注釈 1]、固定客の確保と投下資本の早期回収をはかる方式を採用することで特色を示したセゾングループにとっては、首都圏ではじめて取り組んだ会員制ホテルであった[3]。同時に、ビジネスマンにホテルの新しい利用法を提案する会員制の都市型ホテルという点をセールスポイントにした[3]

ホテルエドモントに改称

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1987年4月の国鉄分割民営化後は、東日本旅客鉄道が出資金5億1000万円を承継し、7月にはホテルエドモントHotel EDMONT)に改称した[1]。飯田町駅ではエドモンソン券切符)の配送を扱っていたことから、名称や建物の外観カラーはエドモンソン券(A券)から採用された。1989年9月、資本金を16億円増資して24億円となったが、この結果持株はJR東日本15億1000万円(63%)、西武セゾングループ7億5000万円(31%)、そのほか1億4000万円(6%)となった[1]

ホテルメトロポリタン エドモントに改称

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本館は池袋のホテルメトロポリタンの半分の規模であるが、開業時の統括料理長として当時日本人で唯一ミシュランガイドで三ッ星を達成していた中村勝宏を招聘し、イーストウィング増築までは会食分野に重点を置いた運営を行い、食のエドモントとして知られていた[4]

千代田区に立地していることから、東京ステーションホテルと並びJR東日本ホテルズ旗艦店の位置付けられている。もともと東京メトロ東西線乗車で東京ディズニーリゾートの下車駅である浦安駅へのアクセスが容易で、東京ディズニーシーのオープンにより宿泊需要の拡大が見込まれたことから、2003年3月27日にJR貨物飯田町駅跡地および周辺の再開発事業である飯田町土地区画整理事業アイガーデンエア内にツインルームを中心とした新館・イーストウィングを増築オープンした[5]。客室数は、本館・イーストウィングあわせて665室となり、家族連れやグループ客の宿泊利用に応需するようになった。この増築を契機に、ホテルメトロポリタン エドモントに名称を改め、メトロポリタンホテルズのカテゴリーに組み入れられた。なお、契約期間満了に伴い、2002年加盟した東京ディズニーリゾート・グッドネイバーホテルからは、2020年12月末を以って離脱している。

日本ホテルに吸収合併

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2007年4月、首都圏におけるJR東日本ホテルズ各ホテルの一貫経営を目指し、日本ホテルに吸収合併され法人格が消滅した。

関連事業として、ベーカリー事業本部を立ち上げ、1999年イートインを併設したベーカリーショップ「カフェ・ド・エドモント」をJR飯田橋駅東口コンコースに出店。その後、「Edy's Bread(エディーズ・ブレッド)」の店名で都区内の駅ナカに展開するが、2012年に日本ホテル子会社であったメトロポリタンフーズに事業譲渡した。名称はこのホテルに由来するが、営業はすでに終了している。

また、エドモンくんという熊のシェフの姿をしたホテルのマスコットキャラクターが存在する。

沿革

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  • 1980年昭和55年)8月23日 - 株式会社飯田町会館設立。
  • 1985年(昭和60年)6月30日 - 開業。
  • 1987年(昭和62年)7月 - ホテルエドモントに改称。
  • 1998年平成10年)12月 - 外販事業の第1号店を吉祥寺ロンロンに出店し中食事業に進出。
  • 1999年(平成11年)7月 - ベーカリー事業本部を立ち上げ、JR飯田橋駅東口コンコースに「カフェ・ド・エドモント」を開店。
  • 2001年(平成13年)- 飯田町土地区画整備事業区域の中央街区内で新館を着工。
  • 2002年(平成14年) - 東京ディズニーリゾート・グッドネイバーホテルに加盟。
  • 2003年(平成15年)
    • 3月27日 - 「ホテルメトロポリタン エドモント」へホテル名を変更[6]。アイガーデンエアに新館(イーストウィング)が開業(客室数220室増)[6]
    • 5月 - Dila 阿佐ヶ谷にベーカリーショップ「Edy's Bread」を初出店。
  • 2007年(平成19年)4月 - 株式会社ホテルエドモントが日本ホテルに吸収合併され法人格消滅。
  • 2009年(平成21年)2月 - カフェ・ド・エドモントを「Edy's Bread Mini 飯田橋店」に転換。
  • 2012年(平成24年) - ベーカリー事業本部を日本ホテル子会社のメトロポリタンフーズ株式会社に分割譲渡。
  • 2020年 (令和2年) 12月31日 - この日をもって、東京ディズニーリゾート・グッドネイバーホテルを契約満了により離脱。
  • 2021年 (令和3年) 4月3日 - 本館10・11階に開業以来初の本格改装となる新スタイルの「エドモントスタンダード(18m2・150cm幅クイーンダブルベッド)」、「エドモントスーペリア(26m2・180cm幅キングダブルベッド)」客室が稼働。12階のエドモントフロアは小改良。
  • 2023年(令和5年)11月10日 ‐ 本館第2期改装、4・5階の客室を「エドモントスタンダード」、「エドモントスーペリアツイン(26m2・110cm幅シングルベッド2台)」の2タイプに更新。4階にはコインランドリーとベンチソファスペースを備えた「ランドリーラウンジ」とジムを設置。

交通アクセス

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脚注

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注釈

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  1. ^ 「エドモント倶楽部」(入会金70万円・預託金340万円。リゾート会員権と同等のシステム。

出典

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  1. ^ a b c d e f セゾンの活動 1991, p. 257.
  2. ^ a b セゾンの歴史 下巻 1991, p. 560.
  3. ^ a b セゾンの歴史 下巻 1991, p. 577.
  4. ^ 『東日本旅客鉄道株式会社二十年史 1987.4-2007.3』p.457
  5. ^ 『東日本旅客鉄道株式会社二十年史 1987.4-2007.3』p.459
  6. ^ a b 「JR年表」『JR気動車客車編成表 '03年版』ジェー・アール・アール、2003年7月1日、187頁。ISBN 4-88283-124-4 

参考文献

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  • 由井常彦 編『セゾンの歴史 下巻 変革のダイナミズム』リブロポート〈Serie SAISON 2〉、1991年6月。ISBN 978-4845706259 
  • セゾングループ史編纂委員会 編『セゾンの活動 年表・資料集』リブロポート〈Serie SAISON 3〉、1991年11月。ISBN 978-4845706266 
  • 東日本旅客鉄道株式会社編『東日本旅客鉄道株式会社二十年史 1987.4-2007.3』 東日本旅客鉄道、2007年10月。

関連項目

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外部リンク

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