ホセ・ロペス (野球)

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ホセ・ロペス
José López
横浜DeNAベイスターズ #2
20150406 José Celestino López infielder of the Yokohama DeNA BayStars, at Yokohama Stadium.jpeg
2015年4月6日、横浜スタジアムにて
基本情報
国籍 ベネズエラの旗 ベネズエラ
出身地 アンソアテギ州バルセロナ
生年月日 1983年11月24日(32歳)
身長
体重
183 cm
103 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手三塁手
プロ入り 2000年 アマチュアFA
初出場 MLB / 2004年7月31日
NPB / 2013年3月29日
年俸 1億5,000万円(2016年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム ベネズエラの旗 ベネズエラ代表
WBC 2009年

ホセ・セレスティーノ・ロペスJosé Celestino López, 1983年11月24日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属するベネズエラ・ボリバル共和国アンソアテギ州出身のプロ野球選手内野手)。

経歴[編集]

マリナーズ時代[編集]

2000年、ドラフト外でシアトル・マリナーズに入団。マイナー時代は2度のチームMVPを獲得した。

2004年7月31日にメジャー初昇格を果たし、同日の対アナハイム・エンゼルス戦でメジャーデビュー。10月1日にイチローがシーズン最多安打記録258を達成した試合にも出場。

マリナーズ時代(2009年)

2005年は怪我に苦しんだが、2006年にレギュラーに定着。前半戦でチーム最高の58打点を記録し、怪我で出場辞退となったロビンソン・カノの代替選手としてMLBオールスターゲーム出場を果たした。7月2日の試合前のミーティングでオールスター選出が発表され、ファン投票では5位以内にも入っていなかったことから涙を流して選出を喜び、「マリナーズからはイチローで選出が終わりと思ってたら、僕の名前が呼ばれた。まさかのサプライズだった。その瞬間、泣いてしまったんだ。」とコメントした[1]。後半戦は21打点と調子を落としたが、シーズンを通して打率.282、初の2桁本塁打となる10本塁打、79打点を残した。

2007年は149試合に出場し、11本塁打62打点を記録。

2008年は159試合に出場し、17本塁打89打点を記録。

2009年開幕前の3月に第2回WBCのベネズエラ代表に選出された[2]。チーム最多の10安打を放ち打率.417、2本塁打、4打点を記録し、優秀選手に選出された[3]

シーズンでは自己最高となる25本塁打、96打点を記録。このシーズンまで4年連続でマリナーズの正二塁手を務めた。

2010年ショーン・フィギンズの加入に伴い、三塁手にポジションを変更。4月23日の対ホワイトソックス戦では元同僚のJ.J.プッツから自身初となる満塁本塁打を放つと、7月12日にも2度目の満塁本塁打を記録した。しかし、シーズン通算では打率.239と振るわず、マリナーズは契約オプションを破棄。

ロッキーズ時代[編集]

2010年12月にチャズ・ローとのトレードでコロラド・ロッキーズに移籍した。

2011年は38試合の出場で打率.208・本塁打2・OPS.521と不振に陥り、6月7日に解雇された。

マーリンズ時代[編集]

2011年6月9日にフロリダ・マーリンズとマイナー契約を結び、15日にメジャーに昇格したが、7月2日にDFAとなり40人枠から外れる。その後は傘下のAAA級ニューオーリンズでプレーし、8月14日にメジャー再昇格。

インディアンズ時代(2012年7月1日)

インディアンズ時代[編集]

2011年12月16日にクリーブランド・インディアンスとマイナー契約を結ぶ。

2012年の開幕はメジャーで迎えたが、5月にジョニー・デイモンと入れ替わりで40人枠から外れ、8月12日に契約が解除された。

ホワイトソックス時代[編集]

2012年8月14日にシカゴ・ホワイトソックスとマイナー契約を結び、8月30日にメジャー昇格した。10月29日にFAとなった。

巨人時代[編集]

読売ジャイアンツ時代

2013年1月7日、読売ジャイアンツと契約金1700万円、年俸8000万円で1年契約を結ぶ[4][5]。監督の原辰徳からはクリーンナップ一塁手をこなすことを期待された[6]。開幕戦の3月29日の対広島戦では3回裏に初打席初本塁打を放った[7]。開幕戦での新外国人選手の初打席初本塁打は1991年のフィル・ブラッドリー以来、球団では2人目である。同年8月25日の対横浜DeNA戦ではNPBでは初の満塁弾を放った。また、9月にシーズン規定打席に到達し、NPB他球団を経ない1年目の外国人選手としては、1995年のシェーン・マック以来、球団史上18年ぶりとなった。また、巨人の自前新外国人が初年度にシーズン打率を3割を越えて終えるのはロペスが球団史上初である。得点圏にやや弱く(得点圏打率.259)故障離脱もあり打点は55にとどまったものの、打率.303、18本塁打と好成績を収めた。また、一塁守備も失策数4と安定しておりゴールデングラブ賞を受賞した。

クライマックスシリーズ日本シリーズにも出場したが、打撃不調[8]でスタメン落ちする試合もあった。しかし、日本シリーズ第6戦で8番・一塁手で先発出場したロペスは、第2打席に2013年シーズン24勝無敗の田中将大から左中間スタンドに同点2ラン本塁打を打ち、存在感を見せた[9]。その後チームは勝ち越したため、田中の昨シーズンからの連勝を30で止めた[9]

2014年は、チームが開幕前に、外野手兼一塁手のレスリー・アンダーソンを獲得し、5月にフレデリク・セペダを獲得すると突如成績不振に陥る。アンダーソンが一塁を守る事も多くなり、スタメンから外された。セペタが成績不振で二軍降格後は、将来を見込んで小林誠司を捕手で起用し阿部慎之助が一塁で起用されスタメンを外れるなど、一年を通じて一軍にいてチーム最多の本塁打を記録していたものの、出場機会が限られた。それでも、8月29日の対DeNA戦では、巨人自前外国人で18年ぶり(シェーン・マック以来)の20本塁打を達成した。最終的に貧打に喘いだチームでは最多の22本塁打を放ったものの、打率.243と前年のような活躍ができず、阿部の翌年の一塁手転向に伴い、オフの12月2日に、自由契約公示された[10]

DeNA時代[編集]

2014年12月12日に、横浜DeNAベイスターズがロペスの獲得を発表した[11]。背番号は2

2015年には、一軍公式戦の開幕から「5番・一塁手」として起用されると、巨人時代を上回るペースで本塁打と打点を量産[12]。公式戦通算では、来日後最多の140試合へ出場するとともに、打率.291、来日後最多の25本塁打と73打点を記録した。マツダオールスターゲームの選手間投票では、前半戦だけでチームトップの13本塁打を放つなどの活躍を背景に、セントラル・リーグの一塁手部門で最も多い票を獲得[13]。マリナーズ時代の2006年にMLBのオールスターゲームへ出場したことに続いて、NPBのオールスターゲームに初めて出場した[14]

2016年には、アレックス・ラミレス新監督の方針で、「3番・一塁手」として公式戦をスタート。4月9日の対東京ヤクルトスワローズ戦(横浜スタジアム)で、シーズン初の「5番・一塁手」に起用されると、シーズン初本塁打を含む3打席連続本塁打(ソロ本塁打、2点本塁打、3点本塁打各1本)で6打点を挙げた[15]。しかし、本塁打(14本)・打点(44打点)ともチームトップで迎えた6月8日の対福岡ソフトバンクホークス戦(福岡ヤフオク!ドーム)試合前練習で二塁の守備に就いていたところ、打撃練習中のエリアン・エレラが放った打球が左足の親指を直撃。後の診察で骨折が判明したため、7月2日まで戦線離脱を余儀なくされた[16]

選手としての特徴[編集]

打者としてはボールコンタクトに長け[17]、右打ちがうまい[18]。マイナー時代は強打のプルヒッターだったが[19]、メジャー昇格後は逆方向へ打球を運ぶ意識が強くなった[20]。四球を選ばないフリースインガーで[21]、メジャー通算の四球率は3.7パーセントを喫し、レギュラーに定着した2006年から2009年にかけては打率.277を記録していたが、出塁率が低くOPSは.727だった。2010年から2012年にかけては打率.236、OPS.615と低迷している。緩い変化球も苦手としている[19]

守備では、メジャーデビュー当初は遊撃手として起用されたが、2年目からは二塁手として起用された。さらに、マリナーズを退団後は、三塁手としての起用が増えた。 二塁守備に関しては、球際に弱く守備範囲が狭い[20]うえ、ボールハンドリングも悪く[22]、つまらない送球ミスやイージー・ゴロを取り損なう場面も見られた[19]。しかし、失策が多いものの、守備機会も多い為、守備率自体はそこまで悪くはない。

一方、50試合ほど一塁の守備に就いた事があり、もともと二塁手でもある為、一塁手としてはポジショニングや動きが良く、メジャー通算のDRS9、UZR0.7と総合的な面では平均以上の失点を防いだ。また、三塁手として2010年にリーグ最多補殺とリーグ3位のDRS10、同4位のUZR8.1を記録した。ちなみに、来日後は、主に一塁手として起用されている[23]

走塁では、足が決して速くないものの、忍者のような身動きや巧みなスライディングを披露することがある。NPBで本塁上のクロスプレーに対するビデオ判定制度が導入されたDeNA時代の2016年には、3月30日の対巨人戦(横浜)7回裏に内野安打で出塁すると、次打者の四球などで三塁まで進塁。倉本寿彦の二塁ゴロで本塁へ走り込むと、相手捕手・小林誠司のタッチを何度もかいくぐった末に、本塁へのタッチを成功させた。球審の牧田匡平はロペスによる一連のプレーを「セーフ」と判定したが、巨人の高橋由伸監督がこの判定に抗議したことから、当該プレーではNPB公式戦史上初のビデオ判定を実施。その結果、牧田の判定が覆らなかったため、ロペスのホームインと得点が認められた[24][25]

人物[編集]

身体が硬く[26]、自己管理も苦手で、2007年にマリナーズと4年契約を交わした際には、「毎年行われる体脂肪率チェック、60ヤード走、20ヤード反復走、垂直跳びの4つで、一定の数値をクリアできれば、1つクリアにつき2万5000ドルのボーナス、4つクリアできればさらに2万5000ドルのボーナスがつく」という出来高と体重制限条項が組み込まれた[27]

マリナーズ時代にチームメイトだったイチローに影響されて、バットはジュラルミンのケースに入れて保管している[28]。また、イチローが愛飲していたことから、来日以降ほぼ毎日「ユンケル・ファンティ」(1本3000円)を飲んでいる[29]

ひょうきんな一面もあり、立岡宗一郎の初安打のボールをスタンドに投げ入れるフリをし、周囲を驚かせたことがある[30]。また、HARD OFF ECOスタジアム新潟でのゲームでお立ち台に立った際「新潟サイコー」と叫んだり、入場曲がアントニオ猪木の「炎のファイター 〜INOKI BOM-BA-YE〜」になってから初めてのお立ち台では猪木の代名詞である「元気ですか」を叫んだりと、観客の笑いを誘う場面があった。

無類のサッカー好きであり、2014年は大好きなレアル・マドリードの欧州CL優勝の瞬間を早朝に起床してテレビ観戦するほどである。なお、サッカーW杯ではスペイン優勝と予想していたが外れている[31]

野球は中学生になった時から始めたという。ただ、当時はサッカーもしており、将来の夢はサッカー選手だった。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2004 SEA 57 218 207 28 48 13 0 5 76 22 0 1 1 1 8 0 1 31 1 .232 .263 .367 .630
2005 54 203 190 18 47 19 0 2 72 25 4 2 1 2 6 0 4 25 5 .247 .282 .379 .661
2006 151 655 603 78 170 28 8 10 244 79 5 2 12 5 26 1 9 80 17 .282 .319 .405 .724
2007 149 561 524 58 132 17 2 11 186 62 2 3 9 3 20 0 5 64 16 .252 .284 .355 .639
2008 159 687 644 80 191 41 1 17 285 89 6 3 6 9 27 5 1 67 14 .297 .322 .443 .765
2009 153 653 613 69 167 42 0 25 284 96 3 3 3 7 24 5 6 69 25 .272 .303 .463 .766
2010 150 622 593 49 142 29 0 10 201 58 3 2 0 3 23 1 3 66 20 .239 .270 .339 .609
2011 COL 38 129 125 10 26 4 0 2 36 8 2 0 0 0 3 0 1 15 2 .208 .233 .288 .521
FLA 44 113 106 13 24 8 0 6 50 13 0 0 1 1 4 1 1 13 4 .226 .259 .472 .731
'11計 82 242 231 23 50 12 0 8 86 21 2 0 1 1 7 1 2 28 6 .216 .245 .372 .617
2012 CLE 66 224 213 16 53 13 0 4 78 28 0 1 0 3 8 0 0 35 8 .249 .272 .366 .639
CWS 15 24 23 2 5 1 0 0 6 0 0 0 0 0 1 0 0 6 1 .217 .250 .261 .511
'12計 81 248 236 18 58 14 0 4 84 28 0 1 0 3 9 0 0 41 9 .246 .270 .356 .626
2013 巨人 121 467 429 45 130 26 0 18 210 55 1 1 5 3 25 1 5 57 12 .303 .346 .490 .836
2014 134 407 375 43 91 17 0 22 174 57 1 0 3 5 20 0 4 66 15 .243 .285 .464 .749
2015 DeNA 140 565 516 63 150 29 1 25 256 73 1 1 0 3 44 3 2 82 14 .291 .347 .496 .843
MLB:9年 1036 4089 3841 421 1005 215 11 92 1518 480 25 17 33 34 150 13 31 471 113 .262 .292 .395 .688
NPB:3年 395 1439 1320 151 371 72 1 65 640 185 3 2 8 11 89 4 11 205 41 .281 .329 .485 .814
  • 2015年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績[編集]

年度 球団 一塁(1B) 二塁(2B) 三塁(3B) 遊撃(SS) 外野(OF)
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2004 SEA - - 1 0 0 0 0 ---- 57 90 126 10 24 .956 -
2005 - 51 123 159 6 32 .979 1 2 2 1 0 .800 - -
2006 - 150 282 417 16 95 .978 - - -
2007 - 146 280 423 8 105 .989 3 2 5 1 1 .875 - -
2008 13 100 11 1 5 .991 139 259 468 12 99 .984 - - -
2009 16 115 8 1 12 .992 141 235 351 15 89 .975 - - -
2010 - - 142 107 322 18 29 .960 - -
2011 COL - 11 17 24 0 8 1.000 29 9 48 4 2 .934 - -
FLA 8 40 5 0 2 1.000 9 9 13 0 2 1.000 10 6 10 1 1 .941 - -
'11計 COL・FLA 8 40 5 0 2 1.000 20 26 37 0 10 1.000 39 15 58 5 3 .936 - -
2012 CLE 3 4 0 0 0 1.000 - 11 4 9 0 0 1.000 - -
CWS 11 56 2 0 2 1.000 4 2 4 0 1 1.000 39 14 56 3 7 .959 - 1 0 0 0 0 ----
'12計 CLE・CWS 14 60 2 0 2 1.000 4 2 4 0 1 1.000 50 18 65 3 9 .965 - 1 0 0 0 0 ----
2013 巨人 118 979 60 3 64 .997 5 3 2 1 0 .833 1 0 0 0 0 ---- - -
2014 123 993 58 8 68 .992 - 1 1 1 0 0 1.000 - -
2015 DeNA 136 1236 88 10 84 .993 1 0 1 0 0 1.000 - - -
MLB:9年 51 315 26 2 21 .994 651 1207 1859 57 431 .982 236 144 452 28 42 .955 57 90 126 10 24 .956 1 0 0 0 0 ----
NPB:3年 377 3208 206 21 216 .994 6 3 3 1 0 .857 2 1 1 0 0 1.000 - -
  • 2015年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰[編集]

NPB

記録[編集]

MLB
  • MLBオールスターゲーム出場:1回(2006年
  • 年度リーグ1位
    • 二塁手最多出場:1回(2006年)
    • 二塁手最多刺殺:1回(2006年)
    • 二塁手最多補殺:1回(2006年)
    • 三塁手最多補殺:1回(2010年)
NPB
国際大会

背番号[編集]

  • 22 (2004年 - 2005年途中、2011年)
  • 4 (2005年途中 - 2010年、2012年)
  • 11 (2011年)
  • 18 (2012年)
  • 5 (2013年 - 2014年)
  • 2 (2015年 - )

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『月刊スラッガー』2006年9月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-9、78頁。
  2. ^ 2009 Tournament Roster The official site of World Baseball Classic (英語) 2016年3月3日閲覧 [リンク切れ]
  3. ^ WBC優秀選手に松坂、岩隈、青木を選出 nikkansports.com 2009年3月25日
  4. ^ ロペス選手と契約 - 読売ジャイアンツ オフィシャルサイト 2013年1月7日
  5. ^ 【巨人】ロペスと契約、背番は「5」 nikkansports.com 2013年1月7日
  6. ^ 【巨人】ロペスを紅白戦で二塁適正テスト nikkansports.com 2013年2月15日
  7. ^ いきなり2発!ロペスは初打席、村田は同点弾に笑みスポーツニッポン2013年3月29日配信
  8. ^ クライマックスシリーズ 打率.000、日本シリーズ 打率.174 シーズンオフは日本シリーズ第6戦まで22打数でヒットが出なかった。
  9. ^ a b 楽天・田中に黒星、巨人タイに 日本シリーズ第7戦へ
  10. ^ 2014年度 自由契約選手 日本野球機構オフィシャルサイト 2014年12月5日閲覧。
  11. ^ 選手獲得のお知らせ
  12. ^ 目下打撃2冠のロペス 巨人から漏れてくる「今年いたら」の声”. 日刊ゲンダイDIGITAL (2016年4月18日). 2015年4月14日閲覧。
  13. ^ マツダオールスターゲーム2015 選手間投票結果
  14. ^ DeNA・ロペス、日米で夢舞台へ「正直、非常にうれしい」/球宴”. SANSPO.COM (2015年6月29日). 2015年9月6日閲覧。
  15. ^ Deロペス3打席連発「調子が戻った」”. デイリースポーツオンライン (2016年4月10日). 2016年4月18日閲覧。
  16. ^ DeNA痛っ…好調ロペスが左足親指骨折 登録抹消へ”. スポーツニッポン (2016年6月10日). 2016年6月10日閲覧。
  17. ^ 月刊スラッガー』2005年4月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-5、48頁。
  18. ^ 『月刊スラッガー』2009年4月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-4、89頁。
  19. ^ a b c 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、236頁。ISBN 978-4-331-51213-5
  20. ^ a b 『月刊スラッガー』2007年4月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-4、45頁。
  21. ^ 『月刊スラッガー』2010年12月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-12、44頁。
  22. ^ 『月刊スラッガー』2010年4月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-4、35頁。
  23. ^ 【巨人】ロペス“新調”ミットで軽快守備 nikkansports.com 2013年2月3日
  24. ^ 本塁でのクロスプレーで初のビデオ判定…DeNA・ロペスがタッチかいくぐる SANSPO.COM 2016年3月30日
  25. ^ 【巨人】DeNAロペス忍者走塁ビデオ判定覆らず/連続写真 nikkansports.com 2016年3月30日
  26. ^ 2006通信簿『月刊スラッガー』2006年12月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-12、90頁。
  27. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』 廣済堂出版、2008年、218頁。ISBN 978-4-331-51300-2
  28. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2010』 廣済堂出版、2010年、228頁。ISBN 978-4-331-51439-9
  29. ^ ロペスV弾!高級ユンケル飲んで疲れ知らず[リンク切れ]
  30. ^ 【巨人】ロペス 立岡びびらすジョーク nikkansports.com 2013年5月15日
  31. ^ 【巨人ロペスのW杯優勝予想はスペイン! nikkansports.com 2014年6月14日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]