ホケノ山古墳

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ホケノ山古墳
Hokenoyama kohun aerial.jpg
所属 纒向古墳群
所在地 奈良県桜井市大字箸中
字ホケノ山
位置 北緯34度32分23.5秒 東経135度50分41.6秒 / 北緯34.539861度 東経135.844889度 / 34.539861; 135.844889
形状 纒向型前方後円墳
規模 全長約80m
後円部径約55m、前方部長約25m、周濠幅約10.5-17m
埋葬施設 後円部、前方部[1]
出土品 画文帯神獣鏡、鏡片、鉄製刀剣類、銅鏃、鉄製農工具など[1]
築造時期 3世紀中頃[1]
4世紀前半の可能性[2]
被葬者 不明
史跡 国指定(纒向古墳群
地図
ホケノ山 古墳の位置(奈良県内)
ホケノ山 古墳
ホケノ山
古墳
位置
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ホケノ山古墳全景。右側が後円部。

ホケノ山古墳(ほけのやまこふん)は、奈良県桜井市大字箸中字ホケノ山に所在する古墳時代前期初頭の纒向型前方後円墳ともいわれるホタテ貝型の前方後円墳である。2006年(平成14年)1月26日、纒向古墳群の一つとして国の史跡に指定された。現在、復元整備され一般に公開されている。

概要[編集]

石棺(橿考研附属博物館展示)
  • 所在地:三輪山の西山麓、箸墓古墳の東側の丘陵。
  • 被葬者:不明(大神神社は豊鍬入姫命の墓としている)。
  • 築造時期:以前から豊富な鉄族や鉄製刀剣類、鉄製農工具などの副葬品や埋葬施設の形式から4世紀の古墳と考えられてきた。しかし、桜井市纒向学研究センターは築造を邪馬台国の時代(3世紀中頃)に重なるとしている[1]奈良県立橿原考古学研究所は、2008年(平成20年)の発掘調査報告書で、出土遺物から築造年代を3世紀中頃としつつ[3][4]、木槨木材の炭素年代測定結果の幅が4世紀前半をも含むと報告している[2]邪馬台国の会はこの測定結果と、石囲い木槨(割竹形木槨)を持つことが『魏志倭人伝』の「棺あって槨なし。」という記述と矛盾することから築造は4世紀であるとし、邪馬台国畿内説に対して疑問を呈している[5]。前方後円形をした弥生墳丘墓であるとする見方と、古墳時代出現期のものであるとする見方が出されている[6]
  • 墳形:纒向型前方後円墳葺石あり)[1]円墳に短い前方部を東南方向に付けている[7]
  • 規模:全長約80メートル。後円部径約55メートル(約60メートル[7])3段築成、前方部長約25メートル(約20メートル[7])、後円部高さ約8.5メートル、前方部高さ約3.5メートル[7]。周濠幅約10.5-17メートル[1](西側のほうが広い)。
  • 発掘調査:1999年(平成11年)9月から橿原考古学研究所と桜井市教育委員会によって実施され、2009年(平成20年)に調査報告がなされた(『ホケノ山古墳の研究』)。

埋葬施設[編集]

復元整備された前方部木棺直葬墓
  • 墳頂部(後円部)の中央から「石囲い木槨」出土[1][7]。大きな土壙内に内側の長さ約7メートル、幅約2.7メートル、高さ推定1.5メートル(現在約1.1メートル)の石室状の「石囲い」施設[7]。その内部にコウヤマキ製の5メートルの刳抜式木棺を納めた大規模な木槨[7]。広義の割竹形木槨。天井は木材を渡し、その上に地元の川原石を積んでいる。棺内は水銀朱で覆われていたと思われる。
  • 前方部裾葺石を一部除去して木棺を埋葬している[1][7]。くびれ部に簡単な埋葬施設1基あり。
  • 上記2つとは別に、主体部西側に横穴式石室がある。すでにあった墳丘を利用して6世紀末頃に営まれたものと考えられる[7]。石室全長14メートル以上[7]。玄室に組合式家形石棺[7]

副葬品・出土遺物[編集]

  • 大型(瀬戸内系、高さ77センチメートル・最大径65センチメートル)
  • 中型壺(東海系、高さ26センチメートル・最大径24センチメートル)
  • 銅鏃 約60本
  • 鉄鏃 約60本
  • 素環頭大刀 1口
  • 鉄製刀剣類 10口
  • 加飾壺
  • 画紋帯同向式神獣鏡(がもんたいどうこうしきしんじゅうきょう)1面
  • 画紋帯神獣鏡かと考えられる銅鏡片2個体分、内行花文鏡
  • 鉄製農工具
  • 二重口縁壺20体(庄内式
  • 布留0式土器3点

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 纒向遺跡ってどんな遺跡?”. 桜井市纒向学研究センター. 2013年5月4日閲覧。
  2. ^ a b 奥山 2008, pp. 191-192.
  3. ^ 岡林, 水野 & 北山 2008, pp. 289-291.
  4. ^ ホケノ山古墳と箸墓古墳” (日本語). 橿原考古学研究所附属博物館. 2019年10月28日閲覧。
  5. ^ 『ホケノ山古墳の年代について』邪馬台国の会
  6. ^ 纒向型前方後円墳」参照のこと。
  7. ^ a b c d e f g h i j k 大和古墳群調査委員会. “桜井市 ホケノ山古墳(第4次調査) 現地説明会資料(2000年4月)”. 奈良県立橿原考古学研究所. 2013年5月4日閲覧。

参考文献[編集]

  • 奥山, 誠義「ホケノ山古墳中心埋葬施設から出土した木材の14C年代測定」『ホケノ山古墳の研究』橿原考古学研究所、2008年11月、191-192頁。ISBN 9784902777611NCID BA89391331
  • 岡林, 孝作、水野, 敏典、北山, 峰生「実年代について」『ホケノ山古墳の研究』橿原考古学研究所、2008年11月、289-291頁。ISBN 9784902777611NCID BA89391331

関連項目[編集]

外部リンク[編集]