ペンスキー・PC4

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ペンスキー・PC4
カテゴリー F1
コンストラクター アメリカ合衆国の旗 ペンスキー
デザイナー ジェフ・フェリス
先代 ペンスキー・PC3
主要諸元[1]
シャシー アルミニウムモノコック
トレッド 前:1400mm
後:1475mm
ホイールベース 2720mm
エンジン フォード・コスワースDFV 2993cc V8 NA
トランスミッション ヒューランドFGA400 5速 MT
重量 583kg
燃料 スノコ
タイヤ グッドイヤー
主要成績
チーム シティバンクチーム・ペンスキー
ATS・レーシングチーム
ドライバー イギリスの旗 ジョン・ワトソン
フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャリエ
出走時期 1976 - 1977
コンストラクターズ
タイトル
0
ドライバーズタイトル 0
表彰台(3位以内)回数 3
通算獲得ポイント 19
初戦 1975年スウェーデンGP
初勝利 1976年オーストリアGP
最終戦 1977年カナダGP
出走
回数
優勝
回数
ポール
ポジション
ファステスト
ラップ
23 1 0 0
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ペンスキー・PC4(Penske PC4)は、ペンスキー1976年のF1世界選手権用に開発したフォーミュラ1カーである。デザイナーはジェフ・フェリス

概要[編集]

スウェーデンGPから登場。PC3で使われていたスポーツカーノーズに代わってウェッジシェイプ・ノーズを採用[2]。テスト時はフェラーリ・312T2に似たノーズ上にウイングを乗せるタイプだった[3]が、実戦ではノーズ両側に設置される仕様に変更された。コクピットの横にエンジンの吸気用としてNACAダクトが設けられた[2]

フランスGPイギリスGPで3位表彰台を獲得。オーストリアGPで優勝する。これはペンスキーとドライバーのジョン・ワトソンともに初優勝である[4]。これらの活躍によりコンストラクターズ選手権で5位に入った。

1977年、ペンスキーがF1活動を停止。そのためPC4はドイツのATSチームに売却され、ジャン=ピエール・ジャリエがドライブする。初戦の南アフリカGPに6位入賞したが、それ以外は目立った成績を上げることができなかった。シーズン終盤のアメリカカナダGPではインタースコープ・レーシングからダニー・オンガイスがドライブした。

F1における全成績[編集]

1976年[編集]

(key)

エンジン タイヤ No. ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 ポイント 順位
1976 フォード
コスワースDFV
G BRA
ブラジルの旗
RSA
南アフリカの旗
USW
アメリカ合衆国の旗
ESP
スペインの旗
BEL
ベルギーの旗
MON
モナコの旗
SWE
スウェーデンの旗
FRA
フランスの旗
GBR
イギリスの旗
GER
ドイツの旗
AUT
オーストリアの旗
NED
オランダの旗
ITA
イタリアの旗
CAN
カナダの旗
USA
アメリカ合衆国の旗
JPN
日本の旗
20* 5位
28 イギリスの旗 ワトソン Ret 3 3 7 1 Ret 11 10 6 Ret

* ペンスキー・PC3による2ポイントを含む。

1977年[編集]

(key)

チーム エンジン タイヤ No. ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 ポイント 順位
1977 ATS
レーシングチーム
フォード
コスワースDFV
G ARG
アルゼンチンの旗
BRA
ブラジルの旗
RSA
南アフリカの旗
USW
アメリカ合衆国の旗
ESP
スペインの旗
MON
モナコの旗
BEL
ベルギーの旗
SWE
スウェーデンの旗
FRA
フランスの旗
GBR
イギリスの旗
GER
ドイツの旗
AUT
オーストリアの旗
NED
オランダの旗
ITA
イタリアの旗
USA
アメリカ合衆国の旗
CAN
カナダの旗
JPN
日本の旗
1 12位
34 フランスの旗 ジャリエ 6 DNQ 11 11 8 Ret 9 Ret 14 Ret Ret
35 ドイツの旗 ヘイヤー Ret
33
35
オーストリアの旗 ビンダー 12 8 DNQ
インタースコープ・レーシング 14 アメリカ合衆国の旗 オンガイス Ret 7

脚注[編集]

  1. ^ AUTO SPORT Archives 『日本の名レース100選 001 '76 F1イン・ジャパン』 三栄書房、2006年、52頁。
  2. ^ a b 『AUTO SPORT YEAR '76/'77』 三栄書房、1977年、79頁。
  3. ^ オートスポーツ』 1976, 7/1、51頁。
  4. ^ 『AUTO SPORT YEAR '76/'77』、77頁。

外部リンク[編集]