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ペイディアス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ペイディアス作「オリンピアのゼウス」のローマ時代のレプリカ

ペイディアス[1](フェイディアス[2]、ペイディアース[3]、古希: Φειδίας、Pheidias)またはフィディアス[2](ピーディアース[3]、羅: Phidias[3]、紀元前490年頃 - 紀元前417年頃[3])は、古代ギリシアの代表的な彫刻家。アテナイ出身[3]。

ペイディアスはペリクレスと親交があり、アテナイのアクロポリス復興を開始した紀元前447年に顧問となり、パルテノン神殿の建設において総監督を務めたとされる。本尊の「アテナ・パルテノス」を製作、また神殿装飾彫刻の制作を指揮した。ただし、これは史実に反するとする見解も有力である。総監督を務めたとの記述は『対比列伝』で知られるプルタルコスの著作などに見られるが、当時はアテナイ民主政の全盛期で、多くの官職同様に、神殿建築の建造監督官も1年任期で交代していた。こうした中で総監督として絶大な権限を持った者がいたか疑問であり、史料上でも当時の会計を記す碑文にペイディアスの名は登場しない。

「アテナ・パルテノス」以外では「アテナ・プロマコス」「アテナ・レムニア(英語版)」「オリンピアのゼウス」などの作品が知られる。しかし、今日現存するのは後世の模刻(レプリカ)のみである。

ペイディアスの死因については諸説あり、「アテナ・パルテノス」の材料を着服したという理由で投獄され、紀元前438年またはそれ以後アテナイで死んだとも、その頃オリンピアへ行き「オリンピアのゼウス」を制作後十数年して同地で死んだとも伝えられており、はっきりしていない。

脚注

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  1. ↑ 三輪福松「ペイディアスの「アテナ・レムニア」についての一考察--ペイディアス研究-1-」『教養論叢』第33号、慶應義塾大学法学研究会、1971年。 NAID 40000751995。
  2. 1 2 『フェイディアス』 - コトバンク
  3. 1 2 3 4 5 松原國師「ペイディアース」『西洋古典学事典』京都大学学術出版会、2010年、1089-1090頁。ISBN 9784876989256。