ベン・ハー (1959年の映画)

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ベン・ハー
Ben-Hur
Ben hur 1959 poster.jpg
公開時の英語版ポスター。競技場の巨像と古代遺跡の岩場を背景にクライマックスの戦車競走の白馬が疾走しているデザインが物語を象徴。
監督 ウィリアム・ワイラー
脚本 カール・タンバーグ
マクスウェル・アンダーソン(表記なし)
クリストファー・フライ
ゴア・ヴィダル(表記なし)
S・N・バーマン(表記なし)
原作 ルー・ウォーレス
製作 サム・ジンバリスト
ウィリアム・ワイラー(表記なし)
出演者 チャールトン・ヘストン
スティーヴン・ボイド
ハイヤ・ハラリート
サム・ジャッフェ
ジャック・ホーキンス
フィンレイ・カリー
ヒュー・グリフィス
フランク・スリング
マーサ・スコット
キャシー・オドネル
ジョージ・レルフ
テレンス・ロングドン
アンドレ・モレル
アディー・バーバー(表記なし)
ローレンス・ペイン(表記なし)
クロード・ヒーター(表記なし)
マリナ・ベルティ(表記なし)
ジュリアーノ・ジェンマ(表記なし)
音楽 ミクロス・ローザ
撮影 ロバート・L・サーティーズ
編集 ジョン・D・ダニング
ラルフ・E・ウィンタース
製作会社 メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
配給 アメリカ合衆国の旗 MGM/ロウズ・シネプレックス・エンターテインメント
日本の旗 ワーナー・ブラザース
公開 アメリカ合衆国の旗 1959年11月18日
日本の旗 1960年4月1日
上映時間 224分(3時間44分)
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
製作費 $15,000,000[1](概算)
興行収入 $74,000,000[1]
配給収入 日本の旗9億7775万7千円[2]
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ベン・ハー』(Ben-Hur)は、1959年制作のアメリカ映画ルー・ウォーレスによる小説『ベン・ハー』の3度目の映画化作品である。ウィリアム・ワイラー監督。チャールトン・ヘストン主演。同年アカデミー賞で作品賞・監督賞・主演男優賞・助演男優賞をはじめ11部門のオスカーを受賞。この記録はアカデミー賞史上最多記録で長期にわたりトップを維持、各映画評価コミュニティや外国の映画界の賞/評価選定も含めると全部で29の評価。後に「タイタニック」(1997年)「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」(2003年)がアカデミー各賞でノミネートされ11部門を受賞し史上最多受賞記録としてアカデミー賞で肩を並べた。なお主演男優賞・助演男優賞の俳優演技部門を含む受賞は3作品中では本作のみである。21世紀の現在でも、名画座の企画やTVなどでの再上映・再オンエア・レンタル・デジタルメディア開発・修復・再販、ビデオ・オン・デマンド全般、ネット配信作品で定番リストに名を連ねる人気作品として定評を得ている。撮影は主にローマのチネチッタスタジオで行われた。[3]

概要[編集]

作品について[編集]

アメリカルー・ウォーレス1880年に発表した小説 "Ben-Hur: A Tale of the Christ" を原作に、1907年に15分のサイレント映画で製作され、1925年に同じサイレント映画で2度目の映画化でラモン・ノヴァロがベン・ハーを演じ、これが大ヒットとなった。そして、この2度目の時にスタッフとして参加していた若きウィリアム・ワイラーが34年後に今度は監督として70mmMGMCamera65ウルトラパナビジョンテクニカラー(公開当時は総天然色と和訳表記)で撮影し、3度目の映画化で完成させたのがチャールトン・ヘストン主演で最も有名な本作品である。[4]

主人公、ジュダ(ユダ)・ベン・ハーをチャールトン・ヘストン、メッサラをスティーヴン・ボイド、恋人エスターをハイヤ・ハラリート、他にジャック・ホーキンスヒュー・グリフィス が出演。チャールトン・ヘストンがアカデミー賞主演男優賞、ヒュー・グリフィス が助演男優賞を受賞し、ウィリアム・ワイラーはこの映画で3度目の監督賞を受賞。悪役として迫真の演技を見せたスティーヴン・ボイドは第17回ゴールデングローブ賞では最優秀助演男優賞を獲得している。[5]

帝政ローマにおけるティベリウス皇帝の時代、イエス・キリストの生涯を背景に、ローマの属州となって国を失った民族であるユダヤ人の青年ベン・ハーが、苛酷な運命に翻弄され、復讐の憎悪と絶望に陥りながら、最後には信仰への希望に回帰するまでを描く。原作の副題に「キリストの物語~A Tale of the Christ」とあるように、キリストの生誕、受難など、ユダヤ教を起点とした信仰の時代的変遷と当時の新生思想(原始キリスト教)としての発展がこの物語の根幹として貫かれている。映画ではプロローグにおいてタイトル表示前にキリストの生誕を描き、キリストの処刑とハー家の再生でエンディングとなるが、その物語の展開で中心主題を考えたとき、副題「キリストの物語~A Tale of the Christ~」が、オープニング「BEN-HUR」のタイトル文字直後に提示されて、その意味合いを反映させた制作側の原作者ルー・ウォーレスへのリスペクトの意図には、強い説得力がある[6]

1959年11月18日にプレミア公開され、224分の大作(前奏曲プロローグ序曲~前編-休憩~間奏曲-後編)ながら、全米公開後には瞬く間にヒットとなった。同様に全世界でも公開されてヒット。54億円もの制作費が投入されたが、この映画1本で倒産寸前だったMGMは一気に社運を好転させ再起する事となった。ヒットの要因は主に壮大なプロモーション活動と関連グッズの販売や、家でTVを見るくつろぎ感を再現するためのポップコーンやキャンディー販売など、環境整備、宣伝広報によるものである。[7]

しかし、当時まだ大スターと言えるほどの豊富な経歴がないチャールトン・ヘストンを擁しながら、1925年に大ヒットしたラモン・ノヴァロ主演の同名作品のリメイクでそれを超える作品になるであろうという期待感、名匠ウィリアム・ワイラーの演出力に対する安心感、1950年代までに名作を手掛けたスタッフ、アクションシーンやスタントのプロを集めた制作担当サム・ジンバリストのプロとしての交渉術、加えてサム・ジンバリストの急死と残した功績に対する衝撃と尊敬の広がりも影響した。チャールトン・ヘストンは、セシル・B・デミル「地上最大のショー」で脇役起用、ウィリアム・ワイラー「大いなる西部」でも脇役起用で決してまだスターの仲間入りは果たせてはいなかったが、初対面の時に手を挙げて笑顔で挨拶をしたり、真面目で積極的かつ社交的であった事が功を奏し「十戒」で再出演の主役、演技力も買われて「ベン・ハー」の主役を得る事につながった。人徳である。[8]またこれまでにない70mmワイドスクリーンウルトラパナビジョンの大画面を採用したうえに、6チャンネルステレオフォニックによる臨場感あふれる音響を実現したことも大きな期待と関心を集めた理由である。[9]

加えてアメリカの国家的正義と精神のよりどころの多数派であるキリスト教の新約聖書の内容をもとに描かれた作品であり、教会牧師神父らが大いに信者に対して本作品を鑑賞するように新聞や機関誌、雑誌に寄稿して推奨していたこともヒットに大きく影響した。また時代の流れから見た時、第二次世界大戦から十数年しかたっていない当時、傷心癒えない人々がまだ大勢おり、大国の横暴や差別によって少数者が滅ぼされる経験、それを見て義憤を抱いた経験、その戦いに身を投じた経験、愛する人を失った経験をした人々が自らの物語として映画をとらえていたことも同様である。かつてのナチスドイツのユダヤ人に対する迫害・ホロコースト、世界侵略と独裁者の世界征服への野心。さらに米国内で1950~1960年代に「赤狩り」の試練にさらされた経験、そのすべてがこの映画の題材につながってカタルシスが得られたのも、多くの人々に受け入れられた要因である。[10]

日本初公開[編集]

1960年4月1日から東京はテアトル東京、大阪はOS劇場でロードショー公開され、他都市も東宝洋画系で公開された。テアトル東京では翌年61年7月13日まで469日間に渡って上映され、総入場者数95万4318人、1館の興行収入3億1673万円を記録した。全国各地の上映の後に、配給収入は最終的に15億3000万円となった。[11]日本での一般公開は1960年4月1日だが、これに先立ち同年3月30日にはテアトル東京でチャリティ上映が行われた。このとき昭和天皇香淳皇后が招かれ、日本映画史上初の天覧上映となった。ヘストン夫妻もこの場に立ち会っている[12]

海外公開での反響[編集]

世界においてもキリスト教圏のヨーロッパやソ連、イスラエルを中心とした中東地域(イスラム教ユダヤ教・およびキリスト教は同じヤハウェ神を崇拝。ただしユダヤ教、キリスト教側からはイスラム教のヤハウェ神アッラーフを共通の神と認めていない。)、日本やアジア全域でも興行成績は類を見ないものであった。ただし中華人民共和国は毛沢東政権下での上映は当時禁止された。その他諸外国では配給側の映画興行・広報宣伝の戦略の中でキリストの説教や宗教の価値についてはあまり触れず、スペクタクル史劇の娯楽映画であり、映像がエキサイティングである点を特に強調して宣伝に臨んでいたため、観客は固定観念に縛られることなく抵抗を取り払い「ベン・ハー」の観覧に出かけ楽しむことができた。実際のところでは映画の後半42分は信仰やキリストの磔刑がメインになっていて無宗教者には退屈で余計であると公的なレビューにおいて酷評されるきらいもあるが、戦車競走シーン以降の展開の中で感情移入に没入し、主人公の友情と家族愛、恋の成り行きとその幸せを期待する展開に目が離せなくなる効果を醸し出した。ちなみに、本作品の1968年のリバイバル公開(再上映)において新聞における映画館の広告表示や予告編には「文部省特選映画」「優秀映画鑑賞会特選」と明記されている。当時、実際に団体観覧=団観で、特定の学校ではあるが、中学生や高校生が教師の引率により集団でこの映画を観に映画館に足を運んだ。[13][14]  

プロローグのナレーション[編集]

本作品は、1960年代から公開初期の約十数年~二十年、冒頭のプロローグにおけるナレーション(バルサザール役のフィンレイ・カリーによる)がオリジナルの英語ではなく、下記の日本語ナレーションに吹き替えられていた。 日本語ナレーション 西暦紀元のはじめ、およそ一世紀にわたってユダヤはローマの支配下にあった。アウグストゥス帝7年の時、皇帝の布告を以てユダヤ人は全て生まれた地に帰り、人口を調査し、税金を納めよと命令した。大勢の人々がこの国の都、交易の中心たるエルサレムの森に集まっていた。その古い都は、ローマの権力のはだかるアントニアの城、魂と不滅の信仰のしるしたる金色の大寺院に支配されている。皇帝の命令に服従しながらも人々は古くから伝わる民族的遺産を誇らしく守り、いつか、彼らの内から救いと自由をもたらす救世主が生まれるという預言者の言葉を忘れなかった。」 [15]

戦車競技[編集]

この作品の最大のクライマックスシーンである4頭立ての馬車レースについての詳細が次項に示されている。戦車競走チャリオットクアドリガ。参照の事。

スタッフ[編集]

[16]

出演者(登場人物)[編集]

  • チャールトン・ヘストン(ジュダ・ベン・ハー)■ユダヤ王族(豪族)の王子。豪商。裕福で幼少期からローマ軍将校の息子メッサラと親友。裏切りの報復を画策。
  • スティーヴン・ボイド(メッサラ)ローマ軍連隊司令官大佐ジュダの親友。立身出世の話に呼応せぬジュダを逆恨み。ハー家を陥れるがジュダの報復を被る。
  • ハイヤ・ハラリート(エスター)■ハー家の奴隷サイモニデスの娘。望まぬ他人との結婚に従う前夜にジュダと恋に落ちる。イエスの教えでジュダを導く。
  • サム・ジャッフェ(執事サイモニデス)■ハー家の執事。隊商を取り仕切り富を得る商才に長けた屋台骨。事件後拷問を受けジュダとローマに復讐を計る。
  • ジャック・ホーキンス(クイントゥス・アリウス)ローマ海軍艦隊総司令官大将■ガレー船でジュダに出会い命を救われジュダを養子にする。良き理解者。
  • フィンレイ・カリー(バルサザール)■三博士の一人。救世主の誕生を祝福したエジプト人。ジュダに信仰の助言と救世主の奇跡の示唆を与える。
  • ヒュー・グリフィス(族長イルデリム)■バルサザール知人のアラブ人。ジュダの復讐心に同調し協力する。戦車競走で勝ち、賭けでメッサラの破産を狙う。
  • フランク・スリング(ポンテオ・ピラト)ユダヤ属州総督アリウスの友人。ジュダに様々な配慮をするが本性は傲慢なローマ人。イエスを磔にする。
  • マーサ・スコット(ミリアム)■ジュダの母。分別あるハー家婦人。メッサラにより業病となる。ジュダとエスターに救出されイエスに会えた後奇蹟が起こる。
  • キャシー・オドネル(ティルザ)■ジュダの妹。あどけなさ残る少女で母と同じく業病となり死にかける。兄を慕いジュダとエスターの救出で奇蹟が起こる。
  • ジョージ・レルフ(ティベリウス)■紀元37年まで在位のローマ皇帝。アリウスの功績を称え褒賞バトンを授け連れ帰ったジュダの処遇を自由にさせる。
  • テレンス・ロングドン(ドルサス)ローマ軍陣営隊長指揮官大佐メッサラの腹心。最側近。冷酷非道なこともメッサラの命令とあらば進んで実行する。
  • アンドレ・モレル(セクスタス)ローマ軍連隊司令官大佐メッサラの前任者。預言者の教えと救世主の存在に心が揺れ動いていた。
  • アディー・バーバー(マルック)■サイモニデスの友。拷問にも屈せず自分の信念を貫いた。牢獄で知り合ったサイモニデスと懇意になり助け合う。(表記なし)
  • ローレンス・ペイン(ヨセフ)■イエスの養父-マリアの夫ナザレに住む大工で息子のイエスの信念と行動を見守り支える。(表記なし)
  • クロード・ヒーター(イエス)■養父ヨセフとマリアの子/イエス・キリスト。西暦紀元に誕生しユダヤ教徒である中で信念を貫き新しい教えを説いた実在の人物。死に際のベン・ハーに水を与え助けるが、教義を広める活動の最中ローマ帝国の手により磔刑で処刑される。(表記なし)
  • マリナ・ベルティ(フレビア)ローマ人貴婦人ローマでのジュダの交際相手。ジュダを誘惑するが、エスターへの愛を貫くジュダには響かない。(表記なし)
  • ジュリアーノ・ジェンマ(役名不明)■メッサラの部下。ジュダの槍の急襲に剣で対抗、メッサラに制止される。大衆浴場で賭けの場を覗き見る。(表記なし)

[17]

あらすじ[編集]

  • 前奏曲
  • MGM 「吠えない」ライオンのロゴ
  • ~フィンレイ・カリーによるプロローグナレーション~
  • ファンファーレから 序曲---「アダムの創造」・オープニングクレジット
『アダムの創造』
  • タイトルでミケランジェロフレスコ画アダムの創造』が効果的に使用されている。旧約聖書の創世記に記された人間の始祖の起源を描いた絵。上空は、下方は人類の始祖アダムアダムに命を授けている場面である。映画はロングショットからズームインをしながらこの絵画をバックにクレジットを表示する。映画の趣旨との関連性については聖書の物語が基盤にあるという暗示、もしくは人間は神とのつながりや契約を以て存在するというユダヤ教~キリスト教の教義の表現である。[19]
  • AD XXVI と表示された 十字架シルエットのクロスフェイドイン・アウト
  • ローマ軍先遣隊のエルサレム進駐マーチ・ナザレ村の人々が軍隊に視線を向けるシーン~

前編[編集]

ジュダ・ベン・ハーを演じるチャールトン・ヘストン

軍事力によって勢力を拡大していたローマ帝国が支配する辺境の地ユダヤでは、植民地の政務を統括する総督の交代が迫っていた。裕福なユダヤ人王族子孫の若者、ジュダ・ベン・ハーチャールトン・ヘストン)は、新総督赴任の先遣隊軍司令官として戻ってきた旧友メッサラスティーヴン・ボイド)との再会を喜ぶ。ユダヤの民が希望の光とする救世主の存在を彼らの願望にすぎぬと否定する一方で、反逆の火種となりかねない恐怖をも感じていたメッサラは、王家の流れを汲み人望のある友人ジュダにローマ側に協力するよう求める。しかし、同胞の苦難に心を痛めていた彼は、口論の末その誘いとローマに反感を持つ同胞の名の密告を断る。


総督グラタスを迎えた日、ジュダの邸宅から瓦が滑り落ちて新総督の行列の中へ落下しグラタスが負傷する。メッサラは、事故と主張するジュダに耳を貸さず、部下のドルサスに新総督暗殺の疑いで連行させる。混乱の中、母のミリアムマーサ・スコット)と妹のティルザキャシー・オドネル)は行方知れずとなるが、自らも罪人としてタイア(ティルス)行きを宣告され、死ぬまでガレー船の鎖に繋がれ漕ぎ手となる運命に見舞われる。刑の執行のためまで護送される中、ナザレ村で一切の水を与えられず、渇きに苦しみ神の助けを祈りつつ力尽きかけたその時、一人の大工の男がひしゃくを近づけジュダに水を与える。仰ぎ見るその顔と優しさに満ちた手。ジュダは生気を取り戻し、ナザレ人の姿を目に焼き付けて前を向き歩き始める。


ローマ海軍艦隊総司令官アリウスジャック・ホーキンス)は、マケドニアの海賊撃滅の戦いに出向く艦船で、強い眼差しを放つ奴隷に目を止めた。それは3年以上に渡り信仰と復讐の念を秘め、ガレー船の苦役を耐えたジュダだった。実の息子を失い神の姿を見失っていたアリウスは、海戦の激闘の最中彼に命を救われ、味方艦船に戻り戦勝の幸運を得て命の恩人ジュダとローマに凱旋する。ローマ皇帝ティベリウス(ジョージ・レルフ)の恩恵によりアリウスはジュダを養子にし、戦車競争の騎手としてジュダは第二の人生を得る。自由の身となったジュダは、宴の夜、母と妹を探すため悲願であったユダヤへの帰郷をアリウスへ伝える。アリウスはジュダの思いを十分知っていた。そして彼の願いを受け入れる。


帰郷の途上、救世主を探すバルサザール(フィンレイ・カリー)と出会いジュダは偉大な道を歩む人の存在を知らされる。またイルデリムヒュー・グリフィス)の歓待を受け、幕舎の中でメッサラの存在を聞かされた。アラブの富豪でローマへの敵愾心盛んなイルデリムは、戦車競争で常勝を続ける高慢極まりないメッサラを倒す機会を狙っていた。


仇敵の名を耳にして古傷が痛むジュダだったが、はやる気持ちを抑えられず母と妹に会うためその足で急いでユダヤへ戻った。荒れ果てた我が家には家宰のサイモニデスサム・ジャッフェ)と娘のエスターハイヤ・ハラリート)がひそかに暮らしていた。拷問により足が不自由な身となっても誠実なままの友サイモニデスとの再会を喜ぶが、母ミリアムと妹ティルザの姿はそこにはなかった。ジュダの帰郷はメッサラの知るところとなり、ジュダの母と妹を地下牢に閉じ込めたユダヤ総督府の役人は、生死を確かめるため牢に行き、惨い光景を目のあたりにする。


業病に冒された母ミリアムと妹ティルザは、牢を追放され人里離れた「死の谷」へ向かう足で、一目でもジュダを見ようと夜の物陰に隠れ屋敷前で我が家を懐かしんでいた。そのとき偶然にエスターと出会う。エスターの、ジュダとサイモニデスに対する優しい思いを気遣いつつも、ミリアムは自分たちが死んだ事にするようエスターに約束させる。


二人の愛と切ない思いに応えるため、エスターはミリアムとティルザが既に死んでいるとジュダに伝える。あまりの衝撃で動揺隠せないジュダに、メッサラを忘れローマへ戻り心の平安を得て生き直すことを望むエスター。そんな彼女への愛情を抱きながらもエスターを振り切り、遂に動き始める。箍(たが)の外れた復讐の念をジュダは抑えることが出来なかったのである。

後編[編集]

戦車競争(右がベン・ハ―)

巨大な戦車競技場で両者は対決の日を迎えた。神の許しを請い、復讐に燃えるジュダは、イルデリムのアラブ種の白馬四頭戦車に繋ぎ、大観衆が見守る中でメッサラとの闘いに挑む。壮絶なレースの末ジュダは勝利した。レース後の英雄を囲む観衆たちの熱狂の傍らで、メッサラは砂上に肉引き裂かれ苦痛にもがき倒れていた。復讐を遂げたジュダは、迫る死の床で無残な姿となって横たわるかつての親友を目前に、微塵も憐れむ事なく冷やかに見下ろすだけだった。だがメッサラから母と妹が実はまだ生きており業病の者が隠れ住む「死の谷」にいる、と知らされ、驚きと悲しみで胸が張り裂ける。そんなジュダにさえメッサラは死に際に憎しみを投げつけ、憤死する。


怒り冷めやらぬジュダは、ユダヤ総督ピラト(フランク・スリング)のもとに出向き、親友が傲慢なままで死んだ上に、母と妹を不幸にしたローマを憎み、養父のアリウス家後継の証である指輪を総督ピラトに突き返した。そしてローマ市民権をも拒絶した。


サイモニデスと共にローマのユダヤ支配を終わらせるため策をはかろうとするジュダに、エスターは「汝の敵を愛せ」とのイエスの言葉を伝える。しかし彼の心は憎悪に支配され、ローマへの反逆の剣を握ることに囚われる。そしてジュダは密かにエスターの後を追い、死の谷の洞穴で生きながらえる母と妹に再会した。拒む母と妹を救出し、エスターのすすめに従って四人でイエスのもとへと向かう。ヨッパの門をくぐり街中に入ると目の見えぬ物乞いの老人がいた。街の閑散とした様子を不思議に思い、訳を聞くとイエスが裁判にかけられて磔にされるという。


ジュダは、すがる思いで母と妹を連れて裁判が行われている街に繰り出すが、十字架を背負ったイエスを見て、かつて罪人にされナザレ村で死にかけたとき、水を恵んでくれたあの人だと気づき愕然となる。衝動のままに母と妹をエスターに委ね、ジュダは、十字架の行進のなか思いを秘めた穏やかな表情で目の前を立ち去ったイエスのあとを追う。そして十字架の重みに倒れたイエスへ一杯の水を差し出す。その時のイエスの眼差しからは、言葉で言い表せない威光が溢れていた。

ついにゴルゴタの丘でイエスは磔の刑に処せられる。死が迫りイエスの息絶えたとき、激しい嵐が起きる。閃光瞬く落雷と大雨がイエスの体をつきさし、イエスの流した血が大地を流れゴルゴタの丘の木々の根に深く染み入っていった。空を覆っていた暗雲もやがて去り、陽の光は木々の隙間から水面にきらめく輝きのように差し込んでいった。

雨の雫が落ちる邸宅に戻ったジュダは、待ちわびていたエスターに身を寄せる。その時十字架上のイエスが死を前にして『父よ彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか自分で分からないのです』と言われた、と静かに語る。そしてジュダは「その声を聞いたとき、私の手から剣が捨てられ憎しみも拭い去られた」と告げる。

穏やかな目とささやく声。エスターは憎しみが消えた素顔のジュダに温かな眼差しを向ける。導かれるまま階段の上を見上げると、そこにミリアムとティルザの姿があった。嵐の中でエスターと共に風雨をしのいだ二人は不治の病が癒えていたのである。

母や妹に愛おしく寄り添い、ジュダは魂の安らぎを取り戻した喜びをいつまでもかみしめる。

夕暮れ迫る丘の上に、羊飼いが群れをなす羊たち[20]を連れて平地を歩いていく。
その向こうには、木柱だけになった十字架がとばりの落ちかけた空の影となり、まだ静かに立っているのだった。

  • ハレルヤコーラス & ジ・エンド[21]
  • チャールトン・ヘストン主演の本作は1925年ラモン・ノヴァロ主演作に比べ宗教色を抑えて制作されている。ワイラー監督を含めた制作側スタッフの脚本選定と検討作業の中で、より広い観客層に受け入れられるようにする為、「家族愛」を物語の中心に据え宗教は背景とするに留めた。特にキリストの奇跡に関しては1925年作品ではキリストが直接母と妹に対面して病を治すのに対し、本作では落雷と大雨の中のキリストの映像と、母と妹の避難した洞穴の映像が繰り返し交互に編集されていて、奇跡かそうでないかは観客の主観に委ねる手法がとられている。当初の脚本では記述のあった「キリストの通った道に這いつくばりキスするシーン」がカット。「ベン・ハーが散歩途中に何回か出会うシーン」も脚本練り合い段階でカットされている。[22]

映画の二つの舞台[編集]

参考文献wikipedia[23]を参照の事。

地理[編集]

  • 紀元1世紀ごろ、イエスが活動した地域は広義ではユダヤに始まる。現代で言うところのイスラエルで、当時のユダヤは、ユダヤ属州としてエルサレム地方、サマリア地方、ガリラヤ地方がローマの支配下にあった。ユダヤ直下ではエルサレムが都市として栄え、ジュダ・ベン・ハーはこの地域に住んでいた。その市中に隣接するようにベツレヘムが位置していた。ガリラヤ地方とサマリア地方の境にはナザレの村が存在し,イエスはここで青年期までを過ごした。ゆえにイエスはナザレ人とも呼ばれる。[24]

ユダヤとイエス[編集]

  • ナザレから少し離れたガリラヤ地方に「カナの婚姻」で有名なカナの地がある。そこから少し離れた地には湖がありガリラヤ湖と呼ばれた。そこから死海にまで長い距離に渡って注ぐヨルダン川では、洗礼者ヨハネがイエスにバプテスマを授けている。「水」はこの映画のもう一つのテーマの暗喩である。ハー家の邸宅の噴水、イエスの与える水、ティルスの海、救出したアリウスからの水、アリウス邸の噴水の間、オアシスの井戸から飲む水と額にかける水、手ですくって飲む川の水、ゴルゴタの丘に向かうイエスに差し出す水、最期のあらしの雨、ハー家の邸宅に落ちる水雫、そしてこの洗礼における水もそうである。[25]エルサレム中心街のはずれにはゲッセマネの園があり、そこから続いて構えて立つオリーブ山で十字架の死を受け入れるべきか否か、神の御心を問う祈りを捧げ、12使徒のひとりユダの裏切りにより苦痛と葛藤を経て権力者たちの手下に逮捕連行される。その後祭司による尋問、そして映画ではユダヤ総督ピラトによる裁判が行われイエスの覚悟のもと十字架刑となる。[26]

ユダヤの風土[編集]

  • 十字架の行進ではエルサレムの中心街から外れの丘までの人ごみやローマ兵による罪人たちの虐待が描かれているが、建物がひしめき合っている中、石畳や泥の通路をイエスと2人の罪人は歩んでいく。実際にはこの映画のように裁判シーンで1000人規模の大群衆が押し寄せたかどうかは定かではなく、本作品以外に磔刑を描いた他のキリストを主人公とした映画作品で、ほんの少しの人通りを抜ける程度の十字架の行進が描かれていることもある。磔刑が描かれる場所はエルサレム市中など諸説あるが、映画ではエルサレム郊外のゴルゴタの丘での磔刑が描かれている。エルサレムおよびその周辺はもともと石灰岩の石切場であったため白い岩場や建造物が多数みられるが、ゴルゴタの丘も同様であったと推測できる。ただこれに関してもいまだ正確な位置は分かっていない。映画の中では緩やかな平地の外れに少し盛り上がった小丘があって、そこにローマ軍の百人隊長(百卒長)の指示により数人の兵卒がイエスを十字架に打ち付け、ロープで引き揚げ木柱を落して立ち上げる。ゴルゴタという語句の語源はアラム語の頭蓋骨の事である。映画制作ではバチカン・ユダヤ人団体・プロテスタントから参考意見を映画に反映するため、撮影期間中に諮問委員会的な組織をつくり、公正な映画作りに務めた。本作品ではローマ帝国側がイエスを処刑する流れになっているが、聖書の記述にはユダヤの大祭司をはじめとしたユダヤ人の告発があっての総督ピラトへの処刑委任が記述されている福音書もあり、ピラトに疑問や躊躇はあったとされる。内容の調整でこれらがあいまいなまま脚本は作られた。ユダヤ教もキリスト教も怒らせたくなかったのである。[27]

ユダヤ言語の歴史[編集]

  • ユダヤではかつて王政があったはるか昔の紀元前とその後の復興も含めヘブライ語が母国語として使われていたが、バビロン捕囚以後アラム語の影響を多大に受けるようになり、ヘブライ語自体が衰退する時期を経験する。イエスの話した言語はこの時代にはアラム語であったとされる。映画「The Passion Of the Christ」はキリストの受難を描いたメル・ギブソンの制作監督作品であるが、全編にわたりユダヤ人はアラム語のセリフを話す。チャールトン・ヘストン主演の本作はハリウッド映画全盛期を経て下り坂に差し掛かった時期の制作であるが、米国はまだ世界への映画配給における利権を握る国家であり、外国が舞台であっても英語が常用語で作品が作られていた。[28]

護符 メズザ[編集]

  • 大工ヨセフの作業場に入る老人が入り口近くで傍らにある札のようなものに触れて指に口づけするシーンがある。同様に、ベン・ハーの邸宅の入り口にも埋め込み式で縦長の筒のようなものに同じ動作で触れてから屋敷に入る。あれは護符=メズザメズーサまたはメズーサーメズーザ―)である。古くは旧約聖書の出エジプト記の過ぎ越しの儀式で羊の血を門柱に塗り付けて悪運を寄せ付けない(エジプト人に下す目的の神の怒りと罰をへブル(ヘブライ)人【ユダヤ人】が避ける)ための行為であったが、伝承により形を変えて紀元1世紀の時代にも受け継がれていた行為である。一番印象的なのは、アリウスのもとを離れ、イルデリムの歓待も遠慮して母と妹に会いたいためにジュダ・ベン・ハーがいち早く邸宅に帰ってくるときのシーンである。荒れた邸宅の門の前に立ち、ジュダ・ベン・ハーは変わり果てた我が家への積年の切ない思いを届けるように門へ倒れかかり、メズザに愛しく頬をすり寄せてキスをする。[29]

ティルス・ティロス(タイア)地域[編集]

  • ベン・ハーが牢獄に拘束されタイア行きの宣告を受けて愕然とするシーンがある。タイア行きというのは「ティルス」行きと言う意味である。地理的名称は時代や現地の言葉か外国語かで相違が出る。英語では映画のセリフ音声を聞く限りでは「タイウリュイス、タイアリュス、ティリュス」と発音している。日本語訳では字幕や音声で「タイア」と簡略化された。地中海に面した漁村(港)として現在も残存しているが、マケドニアとの抗争後に最大限の抵抗を続け奮闘するもその支配下に落ちる事となった。かつての繁栄の跡は今はない。ローマ帝国支配時代の遺跡はいくつも残っている。映画の中でベン・ハーが衝撃を受けるのはその場所がガレー船の寄港停泊地だったからである。即ち罪人としてティルス行きになる=奴隷となり、一生涯船漕ぎにさせられることを意味するからであった。ベン・ハーの時代後もローマ支配に影響を受け、中世にキリスト教圏に入るが、その後内外部勢力のイスラムの力により変遷を遂げ、重要拠点とは認められなくなり粗末な扱いを受け衰退する。[30]

死の谷[編集]

  • 映画でベン・ハーの母ミリアムと妹ティルザが身を潜めて暮らす洞穴。撮影が行われた場所はかつてのローマ帝国時代の大理石の採石場の跡で、そのため周辺の岩石も削られた跡が残って名残がある。ローマ帝国はこの石切り場から大理石を切り出し市内の家屋や貴族、軍人宅のぜいたくな住処の整備材料とした。レンガの土地が大理石の街に変わったと言われたこともあるという。[31]ベン・ハーの母親と妹が患う病について、日本語字幕の表記は現在「業病」、吹き替えでは「疫病」であるが、日本初公開当時から十数年近くにわたり、字幕に関しては「癩病」と表記されていた。英語で同義語Leper(癩病患者の意)国際連合総会本会議では「差別用語」にあたるとして排除勧告されている病名である。日本でも近年らい予防法違憲国家賠償訴訟において国策の誤りとして国民への人権擁護意識を促す判決が確定し、原告患者へ国家賠償が成立している。感染力は非常に低く、触れただけでは病はうつらないという。映画ではエスターとベン・ハーがミリアムとティルザに愛情深く寄り添っている。石を投げた人々は当時の人々の業病についての認識がどの程度だったのかの示唆。詳しくは「ハンセン病」参照の事。死の谷を出た後、ヨッパの門をくぐってエルサレムに入るとき、ヘストンが抱えてるのはティルザではなく子どもである。この頃ヘストンは撮影の疲れもピークに達しており、体力的な限界も迫っている状態だった。8ヶ月週6日撮影出勤のハードなスケジュールを休むことなくこなしたが、さすがに大人の女性を持って一定時間歩く動作や演技はこたえる。制作側の配慮だ。[32]

舞台ローマ[編集]

  • 映画ではローマを舞台にした場面もあるが、ティベリウス皇帝の歓待を受けるローマへの凱旋シーンと、アリウスが皇帝ティベリウスの褒賞として、ベン・ハーの処遇を自由にさせる権限を与えた議会の間、ローマ人アリウスのパーティーのシーンくらいである。あとはほとんどすべてエルサレムを中心としたユダヤ属州・エルサレムが舞台である。ローマ人ピラトの居住する総督府はユダヤである。ローマ式大衆浴場のシーンも様式はローマ風である。だが現地ユダヤに存する施設の設定だ。メッサラがベン・ハーに協力を求める序盤のシーンで「Who are they?」=そいつらは誰だ?(そいつの名は?)と密告を迫られると、ベン・ハーは唖然とし口論となる。そしてメッサラは「ローマ皇帝こそ神だ」と崇め叫びながら空中を指さし「not that」=あれじゃ無い!と吐き捨てる。あれ=ユダヤ教の唯一絶対神ヤハウェ(ヤーウェ・エホバ)である。これは親友の信仰を蔑んでいる証で、後のストーリー展開の暗示である。ローマは神話の神々を崇めローマ皇帝をその同格以上に考えていた。[33]その結果見切りをつけベン・ハーはメッサラと決別する。


俳優の出身国での演じ分けと言語[編集]

  • 「ベン・ハー」はアメリカ映画で2作目も3作目のこの作品でも英語を言語としてサイレントで字幕が表記され、トーキーで台詞を発し演技している。制作記録には、イギリス人俳優が主にローマ人を務め英語で演技をし、アメリカ人俳優が主にユダヤ人を務め米語で演技をしたとされている。ただ例外もあり、アラブ人のイルデリム族長をイギリス人俳優が英語を使用し、ユダヤ人エスターをイスラエル俳優が英語を使用して演じている。アラブ族長イルデリムを演じたヒュー・グリフィスはイギリス:ウェールズ出身で、エスターを演じたハイヤ・ハラリートはパレスチナで建国後のイスラエル:ハイファ出身だった。よって純粋に自国の人物を演じた主要な俳優はハイヤ・ハラリートのみである。古代ユダヤは今イスラエルとして国家が存続している。イスラエルの公用語はヘブライ語や稀にアラブ語もあるが少数。ハイヤ・ハラリート自身は英語を話す。イスラエルには英語を話せる人たちが多い。最大の理由は世界各地特に英語圏からの移民が多かったからとされる。また交易や商業で外国人と接することが多かったのも理由にあげられる。[34]砂漠の行進後、罪人たちがナザレ村で休憩するシーンがある。水を飲む罪人たちの中でベン・ハーだけが一人の百卒隊長からの虐待を受け絶命寸前となる。そこにキリストが百卒隊長の制止を聞かずベン・ハーに水を与えるが、百卒隊長は水を与えるキリストの行為をやめさせようと乱暴に近づく。しかしキリストが真っ向から百卒隊長を見つめ立ち上がり動じない姿を見て百卒隊長は凍り付いたように動かなくなる。キリストに目を合わせにくくなった百卒隊長は何度も躊躇し振り向いてキリストの顔を窺うが、結局何も言えない。このシーンは大変有名である。この役者の選出では当初採用担当者の面接で不合格だった(彼がギャラを吊り上げてきたから)。しかしワイラー自身は彼を待機場所のローマから呼び戻して百卒隊長役に抜擢した。彼はローマ兵なので英語を話した。撮影後「彼を使ったのは正解だった」と述べたという。無名俳優でありながら、今も語り草になるほど彼の演技の評価は高い。彼の目の動きや表情を通じてキリストの顔を見た感覚になる観客は多かったという。[35]

ローマ帝国時代の言語[編集]

  • 紀元1世紀ごろのローマ帝国はラテン語を話していたとされる。特に半島の中部地域に住んでいたラテン人が使用していた言語であり、これが当時の公用語として広まった。他の言語が乱立する中でラテン語が大きくその時代に広められていったのは、首都ローマが近接していたからである。つまり当時のローマ帝国の人々が使用していた言語だという事である。ローマ帝国の言語であるラテン語はその軍事力による勢力拡大と同期する形でヨーロッパ西部地域や北アフリカ、そしてアジアの一部にまで広がった。その後東ローマが滅亡するのを皮切りに衰退し、現代ではイタリア国内で使用する地域はごくわずかである。世界最小の国家バチカン市国は公用語として未だラテン語を使用しているが、通常は会話言語としての利用はあまりない。だが、文献としてはラテン語の書物が古い時代から現代に至り多くが残されているので考古学など科学的な研究や調査のためにラテン語を学ぶ識者も多い。大学など高等教育を受ける心得がある立場の人たちにとっては重要な言語である。医学用語もラテン語が多い。文化遺産として重要なものであるので保存する価値を持っている言語である。[36]カエサルシーザー。当時の古代ローマ皇帝の敬称・称号・代名詞として使われた。この映画の時代ではティベリウスを指している。)に対してのローマ式敬礼(後世、ナチス式敬礼として利用)が描かれたが史実に基づいた演出である。戦車競走が開始される直前にユダヤ総督ピラトが敬礼と共に「ヘイル、シーザー!(ハイル・シーザー)」と宣言するシーンも見られる。[37]

T字型の十字架とラテン十字架[編集]

磔刑シーンはチネチッタのスタジオで撮影が行われた。最後の撮影だった。ヘストンは木の傍らで十字架上のイエスを冷静な表情で見つめる場面で、涙を出す指示がないのに涙が出てしまった。9ヶ月のイタリア滞在での撮影の疲れと「このシーンで終わる」安ど、そしてイエスへの共感のせいだったという。彼はこのシーンで十字架上のイエスを見つめている。その十字架は腕を広げて添える横の柱の上に突き出た木柱がない。[38]

教会・結婚式の十字架[編集]

  • 通常の生活の中で我々が目にする十字架と言えばラテン十字架のほうである。街中の路上アクセサリーの小売り商売の人々が売っている首掛け用の十字架もラテン十字架。結婚式に教会へ足を運ぶことも時々あるが、教会式結婚を選択した友人の祝いの場で席に座ると、牧師や神父が演台を前にして挙式の儀式の進行をするため聖書を持ちながら立つ。その背後の壁正面に掲げられているのはやはりラテン十字架である。場合によってはイエスの彫刻の人形がかかっている。処刑の時と同じ姿である。[39]

映画の十字架[編集]

  • 本作品「ベン・ハー」でイエスが処刑される時の十字架はラテン十字架ではない。別の十字架である。つまり形が違っている。映画の十字架はT字型十字架である。これはラテン十字架と違い、頭頂に突き出る木柱がないのである。イエスだけでなく二人の盗賊の罪人もT字型十字架である。罪人二人のほうは横柱に腕をまわして掛け、縄で縛りつけられる。イエスの場合は両手のひらと両足首(重ねた足の甲)に金属の釘で打ち付けられる。イエスの十字架の横柱の上にはローマ軍兵士が運んできた罪状を書いた木板が打ち込まれてイエスの頭上に掲げられる。そこには文字が書かれている。新約聖書ヨハネによる福音書には、ヘブライ語(ישוע הנצרי ומלך היהודים)、ラテン語(Iesus Nazarenus Rex Iudeorum)、ギリシャ語(ησοῦς ὁ Ναζωραῖος ὁ Bασιλεὺς τῶν ουδαίων)の3つの言語で書かれたとされている。その語意は「ナザレのイエス ユダヤ人の王」(ヨハネ19章19節)である。INRI キリストの磔刑を参照の事  [40]

異教のシンボル[編集]

  • 歴史を調べて明確になる事、一つはキリスト出現前では処刑に使うラテン十字架はキリストの話も出ないはるか昔、ヨーロッパや西側にあるアジア圏で異教のシンボルとして扱われていた事だ。3世紀ごろにあるキリスト教有力者は信徒たちがその時までラテン十字架を崇め大切にする様子を見て激しくとがめたという。ラテン十字架はその後避けられるようになり、6世紀までは宗教画にさえ描かれなかった。[41]

映画の十字架はなぜ[編集]

  • その後時代的には明確ではないが、頭頂のないT字型の十字架をキリストのシンボルとした時期がくる。それは、2世紀から3世紀その時代に聖人がかけられた十字架がT字型十字架であったという伝承、エルサレムの神殿の地下聖堂に、聖職者の母親が本物の十字架を発見しそれを聖なる日としたという伝承に依る所が大きいとされた。これらによってT字型十字架は教会に影響を与えた。ヘストンの映画でT字型十字架が使われた明快な理由は定かではない。そうでありつつもラテン十字架は今も存在する。[42]

イエスの顔が見られない理由[編集]

1959年の「ベン・ハー」ではナザレ人イエスの顔がはっきりと映像として映されない。しかし、ジェフリー・ハンター主演の1961年の映画「キング・オブ・キングス」やマックス・フォン・シド―主演の1965年の映画「偉大な生涯の物語」そしてジム・カヴィーゼル主演の2004年の映画「パッション」などは俳優が顔を見せて演じている。これらはどのような事情によるものなのか。[43]

見られないキリストの顔[編集]

  • 1925年版「ベン・ハー」・「クォ・ヴァディス」・「バラバ」・「聖衣」などをはじめ本作品でもイエス・キリストの顔はアップの映像は背後からの姿、手だけ、腕だけ、足元だけ、うつむき加減の頭頂だけ、斜め後方から顎が見える程度の映像しか見ることができない。またイエスの裁判のときに、盆に入った水で手を洗う総督ピラトの向こう側にイエスが立つが顔に影が落とされ顔がはっきり見えない。同じ方向を向く他の罪人の顔は見えている。[44]ロングショットでは全身像が映る小さな民族衣服をまとった姿や、山頂での白いローブ姿で確認できるのみである。「顔が見たくてもなかなか見られない」のである。[45]


顔を見せない意図は何か[編集]

  • 過去の歴史映画でもいくつか顔を見せない映画はある程度存在するが、この見せない理由とは何であったのか。制作の演出を担当したワイラーはじめ脚本の面々の語りの中では、イエス・キリストという、精神世界の教えを、普く世界へ広げ人々を救った世界一有名な人物を、「一つの固定された人物像に縛る事は、これまでに個人の観客の抱いてきたイエス像を壊しかねないからである」と述べている。制作者の映画の観客に対する配慮であり、印象や価値観に対する尊重の意志が含まれている。十字架の行進の中でイエス(クロード・ヒーター)の顔が一瞬見えるシーンが一ヶ所だけある。兵士の後ろで十字架を背負って階段を上ると、イエスの前にはだかって立つ兵士の体がずれたときである。また制作において編集完成直前まではイエスの声は録音されていたが、最終版ではすべて削除。顔を見せず声も消すことにした。[46]

プロダクション・コード[編集]

  • 上記制作者側の説明は観客に対してのPRである。文献調査に足を踏み入れ深く探ると別事情が見えてくる。表現活動としての映画も明文化された範囲内ではあるが、ある種の規制に依らなければ自由な製作が叶わない。米国においては、1934年以降アメリカ映画製作者配給者協会による映画の検閲が行われ、プロダクション・コード(自主規制)を発動して、映画の制作・公開でその承認を得なければならない事になった。「品位」を守るという意味での団体の制度ではありつつ各宗派のお家事情と、信仰の教義や解釈の主張も垣間見られる。」[47]


映画技術・芸術[編集]

ワイドスクリーン[編集]

[48]

ウルトラ・パナビジョン[編集]

  • 撮影に使われたのは『愛情の花咲く樹』と同じ70mm映画用カメラ「MGMCamera65」。これに左右幅を4/5に圧縮するパナビジョン社製アナモフィックレンズを取り付けアスペクト比 1:2.76を得ている。同方式は数年後パナビジョン社があらためて「ウルトラパナビジョン70」として採用した。なお撮影の多くはイタリアローマにある大規模映画スタジオである「チネチッタ」で行われた。映像の芸術として映画を制作する側は、まず間違いなく美観を意識している。なお「ベン・ハー」はワイラー監督の感性が余すところなく発揮された映画でこの映画の中で登場する大小さまざまなセットと色彩、そこに立って演技する俳優たちの姿・衣裳は、70mmウルトラパナビジョンという横長の大画面にうまく調和していて美しく、観る者の目を存分に楽しませてくれる。

MGMcamera65による70mmフィルム[編集]

  • 映画は通常35mm幅のフィルムで撮影する。ところが1959年版「ベン・ハー」でパナビジョンにおいては70mmの規格フィルムでの撮影がセットになり映像効果もこれまでにないものを生み出している。テクニカラーの技術に合わせて70mmの規格が加わるという事は、それだけ良い音・鮮明な映像が再現できるという事である。MGMcamera65はこの70mmフィルムの撮影映像を作るために使用された大型のカメラである。65mmのネガ作成用のカメラで作動させ撮影を行う。フィルム幅が大きい事の利点は、音声の6トラックが入り、撮影した映像の解像度が増すという事である。ステレオで臨場感が増し、デティールにまで光が行き届きそしてレンズに反映され、フィルムに焼き付けられるのである。1957年セシル・B・デミルの「十戒」も大ヒットした映画であるがその作品も70mmである。大海が割れる有名なシーンでは息をのむ経験をした人も多い。色も鮮やかであり波の揺らぎも鮮明で美しい。制作陣は映像技術の域を尽くして本作品を仕上げたのである。なおテレビ放映を前提に画面両端がスタンダードサイズトリミングされていた80年代以前は問題にならなかったが、90年代に入りソフト化(主としてレーザーディスク)がノートリミングで行われるようになると、幅のある65mmカラーフィルムオリジナルネガの経年劣化が第一にある上、ニュープリント現像の技術的問題で画面端が褐色に変色する状態が顕在化した。その後フィルムの損傷や劣化は公開50年を記念した2009年のブルーレイ化の際にデジタル修復(4K解像度)によって改善されている。[49]

1.00対2.76[編集]

  • 本作品の画面の構図の決定には、ひとつのポリシーが貫かれている。フィルムに収まる物の位置、人間や事物の移動や動きを予測・想定して配置し撮影するなど、画面の随所に計算され尽くした構図を観ることができる。70mmウルトラパナビジョンというあまりにワイドな規格であるだけに、画面をフルに使えるように工夫された箇所も多い。このことに関しては、1対2.76という画面アスペクト比率ゆえに特にアップシーンで画面に大きなスペースができてしまうため、構図のバランスを失わないように何か置かなければ格好悪いという理由も含まれていた。簡単に言えば、バランスをとったということである。スペクタクルなシーンを売り物にする映画、大河ドラマ的な映画では、ほとんどこの「ベン・ハー」と同じようにパナビジョン、あるいはアスペクト比率は少々違うがシネマスコープ、ビスタビジョンの規格で撮影されている。今ならIMAXとかScreenXも加わる。群衆シーンや大型のセット、奥行きの深い景観を映し出すのには最適だからである。[50]

撮影班のテクニック[編集]

  • この映画を見る時によく観察すると特徴的なものは2つ。まず俳優のツーショット以上のアップでは、その間隙に空白がほとんどなく、人物、建物・木・柱などが配置されている。ワンショットの場合も両脇に人物や飾りなどが配置され、画面全体のバランスがとれるようにしている。もう一つは遠景(ロングショット)のシーンである。この場合は、奥行きの中心像が画面中心と一致せずにずれている。ど真ん中に一番見せたい被写体が来るのが当然だが、これをあえて少しだけ中心からずらすのである。また画面に伸びる直線的なもの、つまり道とか家とか壁とかである。これも画面の中央を突っ切る配置はしていない。ほとんど対角線のように画面右下から左上、左下から右上と、遠近法に従うように伸びている。それによって画面の絵として規則正し過ぎる抽象デザインではなく、遠近法を主にした写実・宗教絵画的な生身の人物、世界風土を強調することができるのである。シンメトリックは趣を出すには困難さが伴う。だからずらす。こうして画面に見応えが出て飽きない。本作品は3時間44分の大作である。美術館の絵画を観る事に似て長くても飽きる事のない工夫。撮影班のテクニックである。[51] ただ編集に関して本編中に3カ所コマ落ちが見られる。[52]

1.ナザレ村で大工のヨセフ(イエスの父)の言動に呆れた友人が立ち去るシーン。

2.ガレー船の指揮官室で会話するアリウスとベン・ハーのシーン。

3.アリウスとの養子縁組発表の宴の場で階段を下りる召使い(給仕)の歩行シーン。

  但し、2のアリアスとのシーンはセリフを省略するため意図的に大きくコマをカットしているので、「コマ落ち」と言うよりも「編集」が適当である。[53]

テクニカラー[編集]

  • 映画ができてトーキーがはやりだした頃、モノクロの画像とは別に色のついた画像も投影できる技術が発展を遂げていた。テクニカラー社による「テクニカラー」である。1925年制作の「ベン・ハー」は2色法の効果を活かした映像を全編ではなく一部のシーンでいくつか使用して実現し、それ以後3色法の映像によるテクニカラー映像(総天然色)がはやりだした。光の3色法テクニカラーが生み出す色はRGB(レッド・グリーン・ブルー)の光を重ねる方式であり、絢爛豪華な衣装・装飾物・立体的な形を際立たせるなど映像表現の幅を広げた。3色の重なりの部分では白も投影することができる技術で映像の明るさも陰の黒さも鮮やかに表出させることができた。ローマ軍兵士たちや将校の鎧姿や赤いマントと羽根飾り、民族衣装の様々な種類、建物に置かれた植物や装飾品、環境や大自然の壮大さを表現するリアルさ、血で傷ついた負傷者、戦車競走の鮮やかな色も、テクニカラーのなせる業である。ただ高価であっただけに世界恐慌時代を終えて以降の混沌とした時代では、衰退することもあった。その後は復活を遂げ、本作品でも使用されるなど開発研究によってテクニカラー社の法人としての経営も持ち直していくこととなる。詳細についてはwikipediaテクニカラーに記述されている。[54]

スペクタクル・戦車競走シーン[編集]

[55]

競争のストーリーライン[編集]

  • 戦車競走の展開の仕方は「エキサイティング」である。人によっては「アドレナリンが止まらない」「見てられない」「怖い」「面白い」など様々である。感想はどのように抱いても人それぞれである。しかしその時に得られる感じ方や印象の質は、映画におけるストーリーラインの影響を受ける。戦車競走自体のストーリーラインをとらえる事と戦車競走に至るまでの物語を反芻堪能して後にこのシーンに没頭すれば、単なるスリルに押しまくられずに感情移入もしやすくなる。
  • 流れはこうである。まず総督ピラトのハンカチが落ちるとスタート合図のフラッグが振り下ろされる。全御者9台が一斉にスタートしてメッサラがコースの内側に入ろうと敵御者の戦車を押しのけて割り込む。最初のコーナーにさしかかると、敵御者が遠心力で戦車を空中回転させてしまい大破し、投げ出される。メッサラのブラックデビル鋸戦車は次々と敵の御者を妨害し走路に割り込み前に出るがベン・ハーは戦車列中間でメッサラを追いかける位置におり中々先頭に追いつけない。メッサラが緑衣装のコリントの御者に攻撃をしかけ戦車は破壊される。落下後逃げるも大事故になり観客が総立ちになる。遂にメッサラが先頭になるが3回目のコーナーでベン・ハーが並走。メッサラは彼を妨害し列からはじき出す。同時に並列で疾走の敵御者が戦車大破で落下。7周目、ベン・ハーは列に戻り追いつきメッサラと並び始める。メッサラは横にある敵御者二人の戦車に割り込み破壊。二人の御者は落下する。そして再度コーナーが迫るがメッサラが内側コースのベン・ハーに押し寄せ、障害物に当たるよう幅寄せし卑怯な手を使う。幅寄せでコース配置のローマ軍兵士一人が車輪激突で転倒する。ベン・ハーは障害に乗り上げ跳ね上がるが、足をかけしがみつき戦車に這い上がった。それでも執拗なメッサラの攻撃は続く。近づくと鞭を激しく何回も放つ。そして鞭の防御と奪い合いになりそのうち二人の戦車の車輪がからみ合う。遂にメッサラの戦車が空中跳躍、破壊されメッサラが落下し手綱に捕まることで引きずられる。後続の御者の馬がコースに居残るメッサラを蹄で踏み潰し、その車輪にも轢かれてしまう。最終的にベン・ハーがゴールし優勝する。[56]

俳優の演技[編集]

  • 9台の戦車の御者全員緊張の面持ちである。スタート合図を待つメッサラだけはあからさまに苛立ちを見せる。ベン・ハーは手綱を引き寄せ腕に巻き付ける。表情は険しく視線をメッサラにも向け完全戦闘態勢に入る。レーススタートと共に御者は全員前のめりになる。歯を食いしばってゆがんだ表情の御者もいる。吐息が荒くなり口が開いてくる御者の姿も見える。メッサラは常に歯を食いしばり口を尖らすなど勝気な様子を見せる。他の御者も使っていたがメッサラの鞭の使い方は非常に残酷で半端ではない。ベン・ハーはイルデリムの教え通り決して鞭は使わず手綱だけで馬たちをコントロールしていた。一方ローマ人の応援席には総督とその側近やメッサラの部下が集合していて、みな無表情である。だがピラトとドルサスだけは事故があるたびに大きくリアクションする。事故の過激さに合わせて動作が大きくなっていく。イルデリムが「ローマの豚野郎」と悪態をつくが、馬たちを愛していて声援を送る。拳や腕を大きく上げベン・ハーにも大声援を送る。後半最後の1周のときメッサラがベン・ハーによる車輪破壊で落下。引きずられコースに倒れる。メッサラは血だらけで身を起こすも口から唾液が垂れ、動けずもがくだけである。ローマ人たちはメッサラの敗北に衝撃を受け険しい表情を見せる。特に総督ピラトは唇をかみ目をしかめ手を当てている。ドルサスはメッサラの事故に目を疑い、動揺し、応援席の場から走り去る。ベン・ハーは勝利するもメッサラには複雑な心境で笑いも悲しみも見せない。しかし競技場の応援者たちには笑顔で応えた。総督ピラトは無表情で月桂冠を授け「出過ぎるな=調子に乗るな」と忠告をする。親友の養子の勝利に全く喜びを見せない。[57]

エキストラ・無名俳優の演技や動作[編集]

  • 御者のスタントは「落ちる」「地面にたたきつけられる」「引きずられる」「投げられる」「馬にけられる」など痛々しい危険を承知で臨んでいる。並大抵ではない。実写であり、生身の現象を映像として撮影し編集作業によりリアル感を出している。ヤキマ・カヌートの息子ジョー・カヌートは、父親の演出と指導に従いスタントマンとして戦車競走シーンに出演している。いくつかのコーナーを曲がるシーンと戦車が障害物を越えてベン・ハーが放り出される危険シーンでは、命がけのスタントを見せた。しかしこれはジョーが護身のベルトをつけ忘れたことによるミス。編集ではジョーの戦車の跳ね上がり・落下と、ヘストンが片足をかけて戦車に這い上がるシーンをつなげ、本当にヘストンが放り出されたように見える映像効果を実現している。本番前、父親のカヌートはベルトを締めるように忠告したあと、不安ながら息子の演技を見守ったが、落下事故になり当然ながら肝を冷やした。なおジョーは轢かれず辛うじて戦車にしがみつく事ができたのであごの傷一つで済んだ。[58]ジョー・カヌートが戦車の御者としてヘストンの代役を務めているのが分かるシーンもある。ロングショットなので判別しにくいが、散乱した戦車の残骸を飛び越える寸前、カメラは彼の真横を映しているが、まとまりあるヘストンの髪型と違って、彼の後ろ髪は少し長めになびいているのが分かる。[59]競技場の観衆は大声を出しながら手や腕を振る動作を何度も繰り返し撮影している。ベン・ハーの勝利の歓喜にわく雰囲気は実際のスポーツ観戦と同じ感覚で自然に出てきた感情や動作でもありイタリア人エキストラの奮闘ぶりを見る。イタリア人エキストラには当時制作側の映画撮影の運営上で色々な問題が起こり困惑したという記録もあるが、演技に関してはスペクタクル史劇の醍醐味を際立たせる意味で大きな役割を果たした。観衆の細かい反応については助監督がいくつかの指示を出している。代表的なもので言えば戦車競走の応援シーンや、事故が起きたときのシーン、特に一斉に総立ちになり両手を挙げて叫ぶ仕草を見せるシーンは最高の効果を狙う演出。ローマの貴族たちや下級兵士たちが総立ちになるシーンも同様である。素晴らしい成果としては、アドリブにより戦車競走の雰囲気を本物のその時代の民族の心理を反映させて演技した点である。レース会場の砂場のコース上に飛び出たり、指示されてもいない演技を自分でとっさに思いついてカメラの前で演じたり。アドリブが的を射ていてワイラー監督やアンドリュー・マートン、ヤキマ・カヌートも胸をなでおろした。[60]

カメラの配置と移動[編集]

  • カメラは定位置においての固定撮影、専用トラックに載せての撮影、クレーン撮影など様々な手法がとられた。固定位置での撮影では例えばコーナーを曲がる御者たちの全景を撮影する場合、応援席から走路のレースにくぎ付けになるピラト総督を撮影する場合、ロングショットまたはアップでの走路落下後の御者を撮影する場合がある。専用トラックにカメラを乗せて撮影するシーンはまさしくこの映画のメインである。アクションシーンはほとんどこの撮影によって映像化された。クレーン撮影は、高く掲げて上空から競技場中央の島にある巨像をフレームに入れながら、コースの御者たちの走りや行進を撮影する場合、戦車競走の時コーナーを曲がる複数の御者たちの動きを角度を変えて撮影する場合その他で使用されている。[61]約9分間の戦車競走の2~10秒ショットごとの場面編集で競技場に落ちる太陽光の影の角度が一定ではない。(ベン・ハーがイエスと初めて会うナザレ村のシーンも同様。)撮影が1日中など長時間にわたることや、レースの撮影では競技場のコースを一周させず、片方の直線コースから一つ目のコーナーまでを使用しているのも影響している。[62]

色彩(テクニカラーを活かす設定)[編集]

  • 砂は淡い茶色、競技場を作る岩石は赤みががった茶、巨像は古さを感じさせるブロンズ。旗や装飾用の垂れ幕が赤、青、緑、白など。ベン・ハーの戦車は白地に金の枠模様。メッサラの戦車は赤地に金の鷲模様。御者の衣装としては紫や銀、茶、黒、赤、緑、白にピンク系赤ライン、ヒョウ柄、緑と赤線、なめし皮のこげ茶。ローマ人の衣装には白と赤が目立つ。マントも赤。甲冑は銀。アクセントのついた柄も入るが総じて赤の線はほぼ必ずと言っていいほど入っている。アクセサリーは金銀。メッサラの兜は金。周回を数えるイルカの像は金。見上げた空の色は鮮やかな青。白い雲馬の色は白、黒、明るい茶、グレー、濃い茶で濃い色系は艶が目立つ。御者のケガではベン・ハーとメッサラの負う傷が濃色のリアルな血液の赤でメイクされている、あるいは剥がれた皮、剥き出た肉の色である。古い映画やB級映画の絵の具の赤ではない。観衆の衣装については千差万別でどの色の服も着ている。大方茶系、赤系、白系、黒系が主であるが、中には青や緑の服も混ざり込んでいる。但し主な登場人物である御者やローマ軍兵士の衣装や、ローマ貴族の鮮やかな装飾物の色の派手さに影響がないように、一般人には「淡い色」が使われていた。[63]

レイティング[編集]

  • レイティングについて、戦車競走のシーンはエンターテインメントとしての役割があることからすれば、表現は大げさであり、ショッキングであり、鮮やかであり、非日常であることが必要とされた。しかし観覧者を守るためには制限されるべきものも少なからずある。本作品はレイティングではGである。確かに本邦の上映で5歳児も映画館に入れた。この映画を青年や通常の現役世代に観覧させればほぼ鑑賞に大きな問題はない。だが婦人・年配婦人に見せると怖がり、目を背け退出する事があった。流血や打撲を受けるシーン、戦車に巻き込まれるシーン、引きずられて皮がむけるシーン、上体を丸ごとへし折られるシーンは、ロングショットもアップもありながら衝撃的である。制作側としては、映画The Passion of the Christのように、ケガに至る「詳細過ぎる過程(レイティングのPG12やR15)」は描かず、事故「後」のケガの症状を見せるに留め、残酷度も現代の基準に照らすならば、やや控えめである。そこでは嫌悪感も最大にはならない。教育的意義(文部省特選映画選定)や小中学生の鑑賞に堪えうる内容と判断されたため映倫により基準値Gが適用されている。[64]

4頭立ての馬車と馬たち[編集]

  • 1925年制作の映画では危険なレース演技に何頭もの馬が犠牲になった。そういう意味では1959年版では昔の経験や反省を生かし頭数を増やし疲れさせない・役割を与えてその馬が得意な演技に特化して出演させる・調教の段階で馬を選別し教える内容を決める・飼育に気配りするなど念入りに馬の調教や世話を見た。映画では走りがそろう場合とそろわない場合がどうしても画面の一部には見えてくる。4頭でそろえること自体大変なことで馬のせいではない。撮影で使用した馬車は練習用と本番用に作られていて破壊されたものもいくつかあった。本番用は華やかなつくりであったがどれもスプリングが付かない古代の戦車なので御者役の俳優は御し方で苦労することが多かったという。特に車輪が土砂の表面そのままに揺れ動いてしまう事、それからコーナーを曲がるときに車輪の車軸も連動して勾配がかからないので横滑り現象が起こり危険な状況も多々あった。ヘストンやボイドはそこはできるだけスタントに任せている。ベン・ハーの馬車とメッサラの馬車がこすれ合うシーンは実際には戦車の構造上ありえない。そこで戦車の位置を固定した馬のつなぎの器具から移動設置して近接するようにした。近接する戦車でできた事ではメッサラの鋸式の刃がベン・ハーの戦車の下部に当たり手すりが破壊されてしまうシーンである。実はこのとき下部しか映していないが、見えない上部では両方の乗り手スタッフ二人が互いに腕を引っ張り合って近づけてできたシーンである。スタッフとは、助監督アンドリュ・ーマートンとヤキマ・カヌートである。[65]戦車競走が終了した後に歓喜した観衆がベン・ハーの戦車の元へとアリーナからコースに多人数なだれ込むが、あれは担当撮影監督の演出ではない。実はイタリア人エキストラの突発的行為である。敗れたメッサラの兜を拾い上げて高く掲げるエキストラの演技もアドリブである。[66]ベン・ハーが駆った戦車の白馬四頭(アルタイルアルデバランリゲルアンタレス)は4組が調教された(全16頭)。戦車競走は本番だけでなく俳優やスタントマンの練習でも走らせなけらばならなかったため労わる必要があった。また16頭は場面ごとに出演目的を分け、(例えば、予想されるのはイルデリムの幕舎のジュダになつく馬、練習疾走用の馬、パレード行進の馬、戦車競走の全力疾走用の馬などというように)役割を分担させた。[67] 戦車競走の序盤、グリーンの戦闘衣装を着たコリント代表の御者がメッサラの卑劣な攻撃により戦車から落下する。その後態勢を戻そうとする瞬間、瞬く間に後続の戦車の馬たちに正面から激突されて轢かれ、体幹ごと身体をへし折られて即死する残酷シーンがある。もちろんダミー人形を使っているが、編集技術により、実際の人身事故のように見える。一方制作過程の競走シーンの撮影では戦車の馬たちがMGMCamera65に突っ込み大破させてしまう事故もあった。[68]

歓声[編集]

  • 歓声はほとんど外部で録音した音源の音響処理による合成である。戦車競走の場面では一番歓声の効果が出ているシーンがある。コリントの御者が真正面から衝突を受ける残酷なシーンだ。御者を紹介するときの歓声でユダヤを紹介したときに大音響で歓声が沸く。これも効果的である。ローマの紹介で歓声が少ないのは皮肉である。戦車競走が終わった時、大喜びでコースに降り立ってベン・ハーの戦車に集まり観衆が褒めたたえるシーンでの歓声は長い。ベン・ハーが優勝し、総督ピラトから勝利の冠である月桂冠を授けられる。このシーンでは現場での音声と重ねられ合成された音声が聴こえる。[69]

競技場のオープンセット[編集]

  • ただひたすらにスケールが大きい。もちろんマットペインティングによる補完的な映像が伴っているので、観衆席も競技場上部に積み重ねられた。大スペクタクルであり大パノラマになっていてこの映画のセールスポイントである。競技場の全景シーンになったとたんに圧倒される。期待感が高まる効果が大きい。ただ実際にはあの時代、この規模の競技場をユダヤに作ったら、ユダヤ民族は黙っていなかったであろう、と時代考証の担当学者は述べている。当時は戦争の雰囲気もありまたその昔は外部勢力に対し戦争を仕掛けた歴史もユダヤにはあったという。自国を外国によって損壊、他文化の象徴の建造物を据えられたら、ユダヤ教に畏敬の念を持つ民族である彼らは、ローマの文化を受け入れることに否定的になったはずだと言う。映画だからできたプロジェクトである。中央に4個の巨像を持つこの競技場のオープンセットは中央分離帯の外縁直線コース約500mで一周800m程にもわたるものであったが、巨像の高さも9mあった。コースの幅は戦車9台が一列に幅を取るほどだった。今ローマには、撮影で使われたというチルコ・マッシモが遺跡として残存し、映画のアンティオケの戦車競技場の面影が味わえる。御者たちの入場のとき、戦車整列場所からコースに出るシーンで、ヘストンを撮影した側面に映るオベリスクや巨像が立つ中央分離帯縁石にあたる芝生の盛りあがりが、その跡を残している。また観客席だった場所は現在周辺に建造物があり競技場の周りを木々が防風林のように林立している。庶民には生活の場として時々スポーツの競技会場に使われたり、ランニング・ウォーキングの場となり静かな佇まいを見せている。撮影当時の1950年代後半、競技場の外にはローマの市街が遠望できた。その写真・映像もBlu-rayのメイキング画像で確認できる。観覧席の高さは約10m~15m。その上は映画の視覚効果でマットペインティング処理された。隆々とした岩場に囲まれ、建造物上にも観覧席が見えるのはそのためである。4個の巨像はローマ神話の神々である。ローマ属州となったユダヤの悲劇を暗に示している。競技の際に戦車が周回する回数を表示する器物は実際にも存在した。それは高く掲げられた柱に横並びで設置された金のイルカの像であった。映画では9個。映画の撮影が終了すると、他の低予算映画で利用されないように、これら大型撮影セットは取り壊された。一時期まで巨像は所定の場所に保管されたままだったというが、ショッピングセンターの建設で完全に取り壊された。[70]

撮影ハプニング[編集]

  • 水を与えられたベンハーを見送るイエスの袖や肩にMGMCamera65の影が入っている。また戦車競走シーンで第一カメラで撮影中、おなじく別箇所で撮影中の第二カメラマンが入り込んでいる。その後修正を試みはじめ編集で6コマをカットして入り込んだカメラマンの像を省く作業をしたが、映像が飛び過ぎて見栄えが良くなかったのでそのままにした。[71]
  • 本作の二輪戦車の疾走するレースシーンの演出は第二班監督のアンドリュー・マートンと、同じく第二班監督でウェスタンの名作『駅馬車』のスタントで名を馳せた元スタントマン、ヤキマ・カヌートが担当、ワイラーは総合監督の立場で、受賞の際のスピーチも「オスカーが増えてうれしい」という短いものだった。助監督の二人の撮影はプロである。特にベン・ハーが戦車から投げ出されるシーンが圧巻である。実は、スタントマンのジョー・カヌート(ヤキマの息子)の偶然の事故場面の一部が本編には使われている。本人は軽傷で済んだが、父親のヤキマは事故の瞬間大変動揺したという。[72]
  • マケドニアの海賊との戦闘シーンで突撃を受けたベン・ハーのガレー船の奴隷たちが怪我をしながら次々脱出するが、本当に手首(足首)がないエキストラが出演している。一方マケドニアのガレー船の攻撃用先端突起部が、ベン・ハーの船の船腹横を突き破るとき、漕ぎ手を巻き込んで破壊されるが、突撃による罪人の負傷者は全てダミーである。1925年版では多数の負傷者が出たが、本作品ではいないという。ただオール(櫂)の先端はゴムがつながって船外で固定されており、これを使って船を漕ぐシーンでは本物と同じ抵抗がかかって腕力が必要だった。そのため俳優ヘストンのみならず疲労困憊するエキストラも多かった。[73]

ミクロス・ローザの音楽[編集]

ミクロス・ローザの手掛けた音楽にはクラシックにならう芸術音楽・室内楽・協奏曲・管弦楽と映画音楽がある。そのうち映画音楽については劇映画音楽賞受賞の本作品以外にも歴史劇を題材とした映画が多い。「バクダッドの盗賊」「黒騎士」「クォ・ヴァディス」「悲恋の王女エリザベス」「円卓の騎士」「ジュリアス・シーザー」「キング・オブ・キングス」「エル・シド」「ソドムとゴモラ」「シンドバッド黄金の航海」などが代表的である。[16]

オリジナルサウンドトラック盤は、本編の音源と異なるカルロ・サヴィーナ指揮によるローマ交響楽団の演奏が長年公式盤とされ、作曲者のミクロス・ローザも数回再録音を行ったが、1996年にミクロス・ローザ自身の指揮による本編の音楽と未採用音源が収録された2枚組CDセットが、当時MGM作品の配給を行っていたTurnerから発売された。同音源から選曲によりCD1枚に集約された日本語版も1999年に発売。2017年10月20日にリリースされたニック・レイン指揮、プラハ・シティフィルハーモニックオーケストラ&コーラス演奏版は、最新のオリジナルサウンドトラック盤である。

映画音楽項のための出典資料[編集]

以下にこの項をまとめる上での出展や参照書物・音声メディア・記事などについて明記する。これらの資料により本文作成を行い、曲目解説と評価について詳細にわたり内容公開した。
■CD:TURNUR CLASSIC MOVIES MUSIC R2-72197 Deluxe Version ミクロスローザ指揮MGM交響楽団 楽曲合計88曲

オリジナルサウンドトラック「ベン・ハー」(Film)本家本元のフィルムスコアである。1959年2枚組 日本販売1996年
デジタルリマスター©&℗1996 Turner Entertainment Co.Ltd このサウンドレコーディングの著作権はEMI Records。
トニー・トーマスによるミクロス・ローザのエピソード 楽曲解説文 内面箇条書き数行背面に楽曲名パンフレット48項制作記事英語解説文

■CD:TURNUR CLASSIC MOVIES MUCIS 7243 8 52787 2 3ミクロスローザ指揮MGM交響楽団 楽曲合計36曲

オリジナルサウンドトラック「ベン・ハー」(Film)本家本元のフィルムスコアである。Deluxe Versionより36曲抜粋。1959年。
デジタルリマスター©&℗1996 Turner Entertainment Co.Ltd このサウンドレコーディングの著作権はEMI Records 日本販売1999年。
背面にパンフレット14項。制作解説記事と楽曲名英語文。

LP:MGMレコードポリドール株式会社 More Music From Ben-Hur 復刻版 16曲

エリッヒ・クロス指揮 フランケンランド州立交響楽団 1960年 日本復刻販売1981年10月
MGMオリジナルサウンドトラックコレクターズアイテムズ
MGM同名映画オリジナルサウンドトラック「ベン・ハーVOL,2」
裏面英語1面パンフ表1面記載の映画制作記事と楽団および楽曲解説。

LP:MGMレコードポリドール株式会社 MGM映画オリジナルサウンドトラック「ベン・ハー」14曲

カルロ・サヴィーナ指揮ローマ交響楽団 1959年1月 日本販売1977年5月の回
裏表紙2面パンフ裏表2面記載の映画制作記事と楽団および楽曲解説。

CD:東芝EMI株式会社MGM映画オリジナルサウンドトラック。カルロ・サヴィーナ指揮ローマ交響楽団 14曲

裏1面曲目パンフ1冊10項裏表2面記載の映画制作記事と楽曲解説。
公開時販売のLP版のCD版の販売。1959年1月 日本販売1999年。

EP:本命盤ベリーベスト映画音楽シリーズ「ベン・ハー」パート1,2パート分割の2曲。

スタンリー・ブラック指揮 ロンドンフェスティバル管弦楽団とコーラス 1975年12月
裏表紙1面記載の映画制作記事と楽曲解説。

EP:本命盤ベリーベスト映画音楽シリーズ94「ベン・ハー&サムソンとデリラ」2曲。

スタンリー・ブラック指揮 ロンドンフェスティバル管弦楽団 1978年8月
裏表紙1面記載の映画制作記事と楽曲解説。

CD:SLCS-7206 ハリウッドクラッシックシリーズ9映画音楽ミクロスローザ「ベン・ハー」「エル・シド」「キング・オブ・キングス」全13曲。

リヒャルト・ミュラー・ランペルツ指揮ハンブルグコンサート交響楽団と合唱団 1986年。
裏1面曲目パンフレット1冊10項製作記事と曲目解説 △オムニバス。

CD:1907-1995 THE EPIC FILM MUSIC OF Miklos Rozsa ケネス・アルウィン指揮プラハシティー交響楽団17曲

クラウチエンドフェスティバル合唱団 △オムニバス盤 1996年
裏1面曲目パンフレット1冊14項制作記事曲目解説文。

CD:Miklos Rozsa at M-G-M: Motion Picture Soundtrack Anthology 13曲

2枚組裏1面曲目パンフレット52項製作記事と曲目解説 △オムニバス 1999年。
Miklos Rozsa指揮 オリジナルレコーディング TURNUR CLASSIC MOVIES MUCIS 

CD:Ben-Hur Essential Miklos Rozsa / O.S.T.SILVER SCREEN.COM 23曲

指揮者ケネス・アルウィン、ポールベイトマン、ニックレイン演奏 2枚組 2000年7月。
プラハシティーフィルハーモニー管弦楽団 △オムニバス
裏1面曲目パンフレット1冊6項曲目解説文。

CD:Ben-Hur (Complete Soundtrack Collection) CD 5枚組オリジナルサウンドトラック(Film)楽曲合計164曲

指揮者ミクロス・ローザ MGM交響楽団 FSM GOLDEN AGE CLASSICS。1959年

CD:Ben-Hur New Degital Recording Of The Conpulete Film Scor 157分

指揮者ニックレイン 演奏プラハシティーフィルハーモニー管弦楽団 2017年10月20日。
オリジナルサウンドトラック

「ベン・ハー」楽曲イメージと創作活動[編集]

映画ではローザ自身が過去に手掛けた1951年制作の代表作「クォ・ヴァディス」の影響が色濃く、実際に[戦車の追走と間奏曲]の音楽は一部フレーズを引用、[ヘイルガルバ]の音楽は、ほぼ原形を残して本作品にてアレンジを加え活用・転用している。この映画の制作もMGMで壮大なスペクタクルを売りにして、皇帝ネロの迫害に耐えるキリスト教徒の試練を描いた力作である。ローザはこの作品の楽曲制作の記憶を活かしつつ、他の歴史劇作品の新感覚も取り入れながら1959年版「ベン・ハー」の楽曲作りと編成に着手した。当然ながら上記「クォ・ヴァディス」からの幾つかの曲は除き、新たなインスピレーションとヘブライの時代のユダヤの民族音楽を起点にしつつ、ローマの楽曲の研究も並行して作曲活動を始めるが、MGMの命運を立て直す意味あいの元での制作活動であったため、気合いの入れようは半端ではなかった。ときに急にインスピレーションが湧き、雨の降りしきるローマ郊外の丘の上で、散歩しながら軽快に戦車競走の時のマーチの原型曲を口笛でイメージし旋律を鳴らしていると、すれ違いの女性二人から怪訝そうな視線を受けたこともあるという。その結果数々の親しまれる名曲を生み出すこととなる。[74]

ブラスセクション(管楽器)の充実~MGM交響楽団[編集]

1959年版「ベン・ハー」のサウンドトラック盤は1959年11月の試写以前から発表されていて市場にも長年出続けて販売されている。どれも本作品で名シーンを彩ったローザの楽曲が再現され、映画の場面に思いを馳せて雰囲気に浸れる。但し演奏の質で違いが判然としており、選択を誤るとオリジナルフィルムにあるミクロス・ローザ録音曲との差がありすぎて落胆する。本作1959年版「ベン・ハー」の音楽指揮者と演奏の楽団は主なレコード盤・テープ・CD・デジタルファイル・ストリーム配信などのメディアで聴けるものとして代表的なものに、
1.ローザ本人指揮MGM交響楽団の演奏、
2.カルロ・サヴィーナ指揮ローマ交響楽団の演奏、
3.エリッヒ・クロス指揮フランケンランド州立交響楽団の演奏 、
4.ローザ本人指揮ナショナルフィルハーモニー管弦楽団と合唱団の演奏(再録盤)、
5.ニック・レイン指揮プラハシティーフィルハーモニー交響楽団と合唱団の演奏、
6.Complete Soundtrack Collection Film Score Monthly FSM Golden Age Classics
がある。これらの比較によると、映画の中で流れていた曲を忠実に収録したデジタルリマスター版ミクロス・ローザ指揮MGM交響楽団film本家本元オリジナルサウンドトラック盤を基本にして、あとは全て編曲盤・変奏曲盤・代替曲・MGM交響楽団の未発表別バージョン曲混在盤である。総じて批評を受けている内容としては、MGM交響楽団バージョンの管楽器が飛びぬけて素晴らしいことである。ブラスセクションの突出である。スタッカートタンギングの正確さは、イエス誕生後の「ベン・ハー序曲」、「パンとサーカス」とそのファンファーレ、「ローマ軍のマーチ」「勝利の行進」「グラタスのエルサレム入城」「サーカスパレード」「ガレー船の奴隷」で顕著に表れていて非常に歯切れが良い。また統一性あるストレートな音色、ムラのない一定のビブラートを含ませた響きと演奏、一糸乱れない音符の再現と一致、音域の広さ、レガートスラーで滑らかな音づくりを緩急つけて完ぺきな程に実現しており、ドラマチックで心酔するような民族音楽の魅力を引き出している。フランケンランド州立交響楽団の管楽器演奏と比べると歴然とその違いが分かるとエリッヒ・クロス版の楽曲説明文執筆者は語っている。ローザの再録盤の4は音場に加え音質も向上し巧みな編曲を行っている。6はローザ、サヴィーナ、クロス指揮の混在版でCD5枚組、164曲:340分近くある。その中に曲によっては同じ映画オリジナルFilm収録版であっても1のターナー盤とまた違った曲があり、コーラス抜きであったり、別楽器の使用であったりして曲の雰囲気も違う。オリジナルFilmスコアでローザが作曲したがカットされ短くなっていたり、使われなかった代替曲も入っていたりする。好みの違いで原曲を愛好する派と、その別バージョンで音楽の可能性を楽しむ派がある。聞き比べを試す価値はある。 ニック・レイン指揮のプラハシティーフィルハーモニー交響楽団と合唱団は、2012年に「クォ・ヴァディス」のサウンドトラック盤再録も手がけた。

「ベン・ハー」オリジナルサウンドトラック各楽曲解説[編集]

映画内の各オリジナル楽曲は以下のものが主であるが、ここではメロディ・旋律が独自性ある曲のみを表示。各オリジナル楽曲の旋律をいくつもつなげたメドレー形式の前奏曲・間奏曲・穴埋め式にBGMとして断片的に使用されていた小曲は割愛する。
  • プロローグ(Anno Domini)テーマ ●ベン・ハーのオープニングテーマからユダヤの民族的楽曲=ユダヤのテーマにつながる。
  • ベツレヘムの星 ●夜空を仰ぐ博士らをとらえ救世主の生誕をもたらす星がベツレヘムへ向かう。エコーの女性コーラスが清らかな雰囲気。
  • 救世主の誕生 ●優しい女性のコーラスがマリアを包み込み、この世界を変える初子の誕生を祝いそして見守る。
  • ベン・ハー序曲(映画テーマ曲)●4~8連符の歯切れ良い金管の高らかなファンファーレで開幕、キリストとベン・ハーのテーマが響き渡り愛のテーマへ。
  • ローマ軍の行進 ●平穏なナザレ村にものものしい威圧的雰囲気が漂う。コントラバスバスドラムスネアドラム・金管で華やかながら高慢で重苦しい曲。
  • ナザレのイエス ●穏やか。ハープバイオリンの音が細く柔らかでひたすら穏やか。優しさと理性を思わせる旋律である。
  • 友情と再会 ●切ない感情と喜びに包まれた音楽。メゾピアノの低音単楽器から次第に緩やかだが各楽器総出の音響で盛り上がる。槍投げのシンクロ曲は秀逸。
  • エスターとの再会 ●ファゴットオーボエクラリネット。ひたすら健気で恥じらいの隠せないエスターの性格を表現。主旋律のバイオリンが美しい。
  • 愛のテーマ ●フルートの優しい音色。バイオリンチェロが支える。美しく成長したエスターとの語らい。互いの恋の葛藤をバイオリンの艶やかな高音の響きで切なく表現。
  • グラタスのエルサレム入城 ●金管の低い音によるものものしさ。ティンパニスネアドラム等打楽器のテンポ良い響きの調和で軍の高慢さや緊張感を醸し出す。後半はトランペットを中心に金管楽器の高音が響きわたる。
  • 砂漠の行進 ●タイア行きの罪人の苦悩。高低音が交互に入り乱れる。コントラバストロンボーンバイオリンスラータイの多用で罪人たちの体の弱りを表現。
  • キリストのテーマ ●ナザレ村の水。エレクトーンハープバイオリンの優しい響き。ベン・ハーが水を与えられ生気を取り戻す。別れで高揚し感情揺さぶる曲。
  • ガレー船の奴隷 ●アリウスがベン・ハーの闘争心を揺さぶる。バストロンボーンコントラバスの低音の交互の響きが不気味。リズムスローからアップへ。スネアドラムなどに加え金板の太鼓を打つ槌の音と、奴隷が漕ぐオールのリズムがマッチ。同フレーズの繰り返しに金管楽器の音層が重ねられていく。バイオリンも重要なアクセントを務める。ローザの手腕が光る一曲である。
  • 海戦 ●高低・強弱・遅速入り乱れる曲想・編曲が素晴らしい。金管楽器の旋律中心のフルオーケストラ。スピード感に満ちており戦闘の迫力と緊張感を盛り上げる。
  • 勝利の行進 ●華やかなローマ凱旋パレードの活気や歓喜に満ちた群衆の歓声。シンバル打楽器金管楽器の6連符がきらびやか。誇り高らかに奏でる曲。ローザの考案した楽器も使用。
  • ファティリティダンス(アリウスの宴のダンス)●アリウス邸のパーティーでのアフリカ系のダンサーの踊り。マラカスボンゴピッコロフルートを多用。
  • アリウスのパーティー ●宴の場。邸宅小楽団のバックミュージックで流れた親しみある曲。オーボエファゴットタンバリンクラリネットハープ、ピチカートによる弦楽器演奏。
  • さらばローマ ●アリウスはパーティーから離れ一人ベランダに出たベン・ハーのユダヤ帰郷を望む気持ちを察する。父の愛。バイオリンビオラチェロの響きが切ない。
  • ユダヤに帰る ●長年願い続けた家族との再会のためユダヤに戻るベン・ハー。短調バイオリンチェロオーボエファゴットでユダヤの郷愁とハー家の悲劇を暗示。(Anno Dominiの民族曲と同曲。変調、編曲版)
  • 地下牢の悲劇 ●母と妹の捜索をした地下牢の役人と軍人の驚き。バスドラムをバックに曲は大音響。トランペットの叫びにも似た高音とトロンボーンの荒い低音が衝撃を表現。
  • 母の愛 ●地下牢の旋律の後に母の愛の曲になる。チェロビオラコントラバス短調の低音とファゴットチェロバイオリンの旋律が母の思いを描く。
  • 復讐(Intermission)●ユダヤの旋律の後ベン・ハーの動作に合わせ曲調が変化する。憎しみで立ち去るシーンでは悲哀と憎悪の激情をフルオーケストラの大音響で締めくくる。
  • パンとサーカス ●ピアッフェ・パッサージュを想像させる軽快で賑やかな曲。ティンパニバスドラムのリズム。シンバルを多用。トランペットトロンボーンがメインを務める。
  • 競技前のファンファーレ ●数種類あるが、どれも独特で聞いていて面白さがある。競技進行の段階的な合図。御者は合図に合わせ集合する。金管楽器中心。
  • サーカスパレード ●メッサラのテーマ変奏曲が流れ金管楽器の高音・低音の重奏が巧み。4連符が部分的に頻出しシンバル音がごと短く曲を引き締める。
  • 死の谷 ●打楽器のスローリズム、細いビブラートのバイオリンチェロその他弦楽器がテーマを奏でる。金管が弱く主旋律に絡みカップミュートを入れる。恐怖を主に暗く業病患者の運命を表現する。
  • 山上の垂訓 ●川を越えた山頂にキリストが立つ。大勢の民衆が彼を見上げ彼が民の前に進むとこの曲が流れる。チェロビオラバイオリンが繊細で象徴的。
  • 十字架の行進 ●ティンパニコントラバスビオラチェロバストロンボーンホルンユーホニウムが重々しい。ときにトランペットアクセントをつける。半音階の流れをやがてバイオリンがリードしていく。バスドラムが音高くリズムをとる。十字架を背負う悲劇的なイエスの姿がイメージに強く残る大スペクタクル音楽である。やがてバイオリンが感傷的に優しくも悲しい音を奏でる。木管楽器も目立って登場してくる。バイオリントランペットホルンが少しづつ前面に出、痛々しさやイエスを慕う人々の突き上げる感情を表しドラマティック。ひしゃくの水の場面でハープバイオリンエレクトーンの艶やかな響き。ベン・ハーとイエスの感動的再会である。約7分越えの大作。
  • ゴルゴタの丘 ●メッサラのテーマ(決別の音楽)からオーボエ短調の友情のテーマにつながり、キリストのテーマで磔刑の苦難に重なりバイオリンの音へ。
  • 奇蹟 ●明るさと希望や喜びの混じったホルンユーホニウムバイオリンによるキリストのテーマが主として使われており、続いて管弦楽のフルオーケストラ演奏で壮大な盛り上がりを見せる。キリストのテーマの編曲あるいは変奏曲である。
  • フィナーレ ●ベン・ハーのテーマ・キリストのテーマの変奏曲・友情と再会のテーマの変奏曲・数個のバイオリンによるキリストのテーマ・変奏曲の愛のテーマ・母の愛・コーラス~愛のテーマの壮大な響き。特にキリストのテーマと愛のテーマの交差が多い。の音も荘厳。
  • hallelujah chorus ●エモーショナルかつリリックなフルオーケストラと男女混声合唱ハレルヤの言葉通りキリストの賛美曲。素地となっているメロディはキリストのテーマでフォルテッシモに至ってのメロディをバックにこの曲で幕が閉じ、ベン・ハーの物語は終わる。

※「奇蹟」はキリストのテーマが主軸・「フィナーレ」はストーリー全体のオマージュ・「ハレルヤコーラス」もキリストのテーマが主軸である。全体的にイエスの生涯をなぞったヘンデル作曲の「オラトリオ-メサイア 1742年作 」の影響が大きい。音楽の側面から見ると、ドラマにおいて家族愛がテーマだとは言え、映画「ベン・ハー」の本当の主題は「キリストの物語~A Tale of the Christ~」だという事が明確である。

吹き替え版でのオリジナルサウンドトラック部分消失[編集]

DVDおよびBlu-ray(若しくはそれを活用したTV放送)の日本語吹替版では、サウンドトラックの音楽でところどころオリジナルに被さるように別曲を差し替えている。 例1:前奏曲直後、中東地域の地図を示してローマ支配を説明するオープニングのナレーター(バルサザール役のフィンレイ・カリー)のバックで流れる曲。 例2:磔刑のシーンでベン・ハーとバルサザールが木の幹の側で話すシーンの音楽など。例3:ラストシーンでベン・ハーがエスターにキリストの言葉を伝え「憎しみが消えた」と告げるときに流れている音楽、ほか多数の箇所に散見される。元がTV版の吹替であるため、日本語音声の録音のためサウンドトラックを消去。またTV放映に合わせて映画短縮の為カットシーンが多々あり、それにともなって番組CMが挿入される部分やつなぎとの整合性をカモフラージュするために生成されたサウンドトラックの音響編集もある。

[75]

栄光への脱出テーマとベン・ハー愛のテーマの対立[編集]

1960年「栄光への脱出」のテーマを作曲したアーネスト・ゴールドと、「ベン・ハー」愛のテーマを作曲したミクロスローザは、両曲の類似性に関して盗作に当たらないか、著作権の侵害に当たらないかの真偽を争った。訴えはミクロス・ローザの側であり、アーネスト・ゴールドは訴えを受けて著作物審査の専門家を係として迎え慎重な比較検査を委任した。審査の結果ローザの訴えは退けられ、ミクロス・ローザの抗議は認められなかった。2つの音楽はほぼ同年に発表された音楽であり、アカデミー音楽賞の受賞で自身の作品への思い入れがある中、アーネスト・ゴールドの映画のテーマ曲がそれを超える大ヒットを記録した点で懐疑的になった事情もローザにはあった。実際にどちらも題材が中東のイスラエル・そして古代のユダヤという事もあり拮抗する側面もあってつばぜり合いの様相を見せていた。そのことも、争いのきっかけになった可能性は大きい。この二つの曲の聞き比べをして確かにメロディの組み立てや編曲の接続部、旋律の流れ方やさびの部分とかクライマックスの音程や楽器の使い方にだいぶ違いがあり、残念だが審査結果は適当だった。哀愁漂い、美しいイスラエルやユダヤ民謡の旋律が魅了している点では、どちらも傑作である。[76]

ミクロス・ローザに影響され師事した作曲家[編集]

ミクロス・ローザの作風に影響を受けた映画音楽家は少なくない。特に「ベン・ハー」のような歴史劇におけるドラマティックな楽曲を作った有名作曲家も多い。筆頭にあげられるのは、近年他界したが大作を手掛けることの多かったジェリー・ゴールドスミス、そして押しも押されぬ現役名作曲家ジョン・ウィリアムズである。ジェリー・ゴールドスミスはローザに長年師事した。「トラ・トラ・トラ」「パピヨン」「風とライオン」「ランボー」「ルディ」「ムーラン」などが代表的作品である。もう一人のジョン・ウィリアムズはローザのアメリカでの映画音楽にインスパイアされその作風を自作品に取り入れた。「ジョーズ」「タワーリング・インフェルノ」「スター・ウォーズ」「レイダース/失われたアーク」「E.T.」「シンドラーのリスト」「プライベート・ライアン」など無数の代表作があり知らない人がいないほどの功績を残し、それぞれの時代を魅了した名画のサウンドトラック音楽を生み出している。オリジナルの曲で人々を画面に引き込み、興奮を抱かせ、溢れんばかりの感動に引き込んだ名曲が多いのは、2人ともローザと共通している。ローザの影響は、この2人の大物作曲家のどんな個性に見られるのか、それは2人がこの世に送り出したヒット作で気づく。[77]
映画の複数の場面に合わせた一つ一つのテーマ曲を作り、それを様々に紡いで映画全体にまんべんなく割り振り(編曲や変奏曲の創作など)別曲のごとく観客に聞かせ、シーンを盛り上げているという事が一つ。
そして、この出来上がった一つ一つのテーマをメドレー形式につなげ、オープニング(またはエンドクレジット)の主題音楽としている事。
なお上記2点は現代の映画作曲家のほとんどが踏襲するに至っている。ジェームズ・ホーナーハンス・ジマーハワード・ショア―ダニー・エルフマンアレクサンドル・デスプラトーマス・ニューマンジェームズ・ニュートン・ハワードハリー・グレッグソン・ウィリアムズルパート・グレッグソン・ウィリアムズ等多数。なお久石譲に関しては上記に同様でありつつ、メドレー式よりも独自のオープニングテーマ曲やエンディングテーマ曲を配している場合が見られる。[78]
加えて2人ともローザ同様に外国音楽について研究熱心で、民族音楽を再現・アレンジする力にも長けている事。
例えばジョン・ウィリアムズの場合「シンドラーのリスト」でのバイオリンをはじめとした弦楽器によるイスラエル音楽・民謡の短調の曲風、琴線に触れるような哀愁あるリズムとしつこくない民謡の引用と編曲、「SAYURI」での拍子木横笛錫杖(しゃくじょう)の音、和の小太鼓三味線、そしてメロディそのものも日本音楽らしさほとばしるの音とビオラやチェロの和音も混在させながら美しく主人公の激情を描いている。「レイダース/失われたアーク」でもエジプトの民族音楽のアレンジやアラブの音階を取り入れたり、ユダヤ音楽の曲調も取り入れたりして場面に合ったサウンドを作り出した。ジェリー・ゴールドスミスの場合は、中国北魏時代の「ムーラン」でのフン族(柔然 突厥 匈奴など諸説ある)の来襲や、皇帝を護衛する軍隊の登場曲、金管楽器の迫力と曲想の急展開の面白さ、大陸の旋律を多用した弦楽奏、「トラ・トラ・トラ」の日本陰音階の使用、楽器としての筝(琴)の演奏、「ランボー怒りの脱出」でのダン・チャイン(ベトナム琴)、サオ・チュック(ベトナム竹笛)を使ったベトナム音楽の旋律の楽曲や、戦闘シーンでの管弦楽の演奏。これらは、まさしくローザの民族音楽の歴史研究に対する傾倒姿勢に通ずるもの。ジェリー・ゴールドスミスは既にこの世におらず世界は稀なる一つの才能を失った。ジョン・ウィリアムズは昨今スター・ウォーズオリジナルシリーズ最終作品でも秀逸な曲を披露した。[79]

受賞[編集]

[80]

第32回アカデミー賞[編集]

作品賞
サム・ジンバリスト ■MGM企画責任者。制作費と制作活動を含めた総元締め。題材の決定並びに脚本案の取捨選択。キャストや主要製作スタッフ選定。
監督賞
ウィリアム・ワイラー ■映画演出総指揮。助監督指導。妥協ない演技追求。キャスティング。演技指導力と選出力。撮影環境選択・構想と指示。
主演男優賞
チャールトン・ヘストン ■喜怒哀楽の生きた感情表現。視線。勤勉さ。乗馬技術。タフなガレー船漕ぎ演技など重労働の功労。
助演男優賞
ヒュー・グリフィス ■人物表現のユニーク性。イギリス俳優の功労。映画の緩急のアクセントを醸し出すユーモアセンス。
美術賞
ウィリアム・A・ホーニング エドワード・C・カーファーニョ ■ローマ総督府先遣隊の砦の内部(槍の間)、古代ローマ帝国の市内建造物(アリウスの噴水の間など)創作。アリーナ(戦車競技場)、コース中心建造の島、高さ9mの4個の彫刻巨像(ローマ神話の神々)、9台の戦車、古代のイスラエル地区(ユダヤ・ベツレヘム・エルサレム)の岩石積上げ型民家やハー家の豪邸、ヨッパの門、擁壁。ガレー船の船底の奴隷座板とオールの配置。
撮影賞
ロバート・L・サーティース ■映像の美的完成度。70mmフィルムを活かした構図。スタジオ・ロケーション両環境に沿う映像作り。戦車競走や海戦戦闘シーン、ガレー船の船漕ぎ。
衣装デザイン賞
エリザベス・ハフェンデン ■創作的美の実現。十字架とイエスの衣服、ユダヤ人衣服、ローマ人衣装、民衆衣服、装飾品、軍甲冑、武器。
編集賞
ラルフ・E・ウィンタース ■場面切替、ストーリーの連続性、アクションシーンのカット割り、ショットの細分化による緊張感の効果。戦車競走の展開の場面的整合性とリアル性追求。ガレー船の戦闘ミニチュアと実物大のシーンで差異のないつなぎと展開の組み立て。クロスフェイド。
劇映画音楽賞
ミクロス・ローザ ■時代考証で古くはヘブライの民族音楽の旋律にならい、現イスラエル・中東各地の音楽を再現またはアレンジ。ローマ帝国時代の題材で作られたオットリーノ・レスピーギ作曲「ローマの噴水」「ローマの松」「ローマの祭り」の3部作など、クラシック音楽の研究を行い、独創的な音階で斬新な交響・管弦楽曲を創作した。古代楽器の作製・再現と活用も特筆に値する。近年全世界においてサウンドトラックの各テーマを組曲(Suite)としてまとめた楽譜を使用し様々な楽団が20~50分前後で演奏を披露している。演奏でメインになる曲は、ベン・ハー序曲・ベツレヘムの星・愛のテーマ・砂漠の行進・ガレー船の奴隷・母の愛・戦車のパレード・十字架の行進・奇蹟とフィナーレ等。カバーで吹奏楽、ピアノ、弦楽重奏があるが、交響・管弦楽が秀逸である。
音響賞
フランクリン・E・ミルトン ■6チャンネル立体音響の実現、槍の飛翔音、軍隊の行進、馬の蹄音とギャロップ、ガレー船の槌音、鎖の擦れる音、海戦での剣の戦闘音や浸水音、群衆の歓声や騒音、戦車の衝突・車輪破壊・轟音、鞭の音、雷鳴と地響きや豪雨。風吹と枯葉や塵や屑の飛び流れる音。
視覚効果賞
A・アーノルド・ギレスビー ■マットペインティングスクリーン・プロセス、ベツレヘムの星、戦闘シーン・衝突シーン・ミニチュア高速度撮影・軍行列の複製と合成・戦車競走のコマ削除でスピード感創出、キリスト裁判の広場の光景、ゴルゴタの丘処刑時の稲妻の光。
ノミネートされたが受賞を逃したのは脚色賞。カール・タンバーグ。(当日受賞したのは『年上の女』)。

第17回ゴールデングローブ賞 映画部門[編集]

作品賞(ドラマ部門)
サム・ジンバリスト
監督賞
ウィリアム・ワイラー
助演男優賞
スティーヴン・ボイド
特別賞
アンドリュー・マートン(戦車競走シーン演出)

その他海外及び各種団体の評価[編集]

英国アカデミー作品賞
ウィリアム・ワイラー
第25回ニューヨーク映画批評家協会作品賞
サム・ジンバリスト
全米監督協会賞長編映画監督賞
ウィリアム・ワイラー
イタリア「ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞」外国男優賞
チャールトン・ヘストン
文部省特選
当時の文部省(現文部科学省)の評価
日本優秀映画鑑賞会特選
優秀映画鑑賞会の評価
映画製作者組合賞最優秀作品
映画製作者組合の評価
映画監督組合賞最優秀製作映画
映画監督組合の評価
アメリカ外国語報道機関最優秀作品
アメリカ外国語報道機関の評価
映画評議会連盟最優秀ドラマ
映画評議会連盟の評価
キリスト教徒及びユダヤ教徒全国会議特別認定
キリスト教徒及びユダヤ教徒全国会議の評価
映画TV協会:英国公開全ての映画における最優秀映画
映画テレビ協会の評価
アメリカ国立フィルム登録簿登録
登録年2004年アメリカ国立フィルム登録簿登録要件の充足評価[81]
ニューヨーク近代美術館収蔵映画選定
ニューヨーク近代美術館の選定要件の充足評価[82]

日本語吹替版[編集]

長年チャールトン・ヘストンの吹き替えを務めてきた納谷悟朗は、ラジオ番組『癒されBar若本シーズンZwei』に出演時、吹き替えのキャリアにおいてベン・ハーを思い入れの深い作品の一つとして挙げている。番組のパーソナリティーである若本規夫も当時、「傭兵1」としてほんの一瞬出演していたと語っており(フジテレビ版なのかテレビ朝日版なのかは不明)、若本も納谷も揃って「ベン・ハーを今の声優で吹き替えるにしても最近の声優ではアニメチックになる可能性が高く、自分たちの世代の役者じゃないとベン・ハーの吹き替えは出来ない」と語っている。
納谷悟朗と羽佐間道夫が共に務めているフジテレビ版とテレビ朝日版ではカットされている箇所が異なっている。フジテレビ版には後半のベン・ハーが死の谷で母と妹を探すシーンやピラトにアリウスからの指輪を返すシーン、ユダヤ人への差別的な発言が多い台詞はカットされているが、テレビ朝日版には存在する。
日本テレビ旧版は企画段階で、チャールトン・ヘストンの声には納谷悟朗以外の役者を起用するように、という要請が出ていたため、演出の壺井正と水曜ロードショーの番組プロデューサーが相談した結果、石田太郎をヘストンの吹替に起用する事となった。石田はこのキャスティングを不思議に思っており、後日、壺井と再会した際に「どうしてあの時、自分を『ベン・ハー』で起用したんだ?」と話したという。[83]
テレビ東京版は2013年4月5日にBSジャパンの「シネマクラッシュ 金曜名画座」でノーカット放映された際、初回放送時にカットされた箇所が同一声優で追加録音された。その際、ピラト役の佐古正人とバルサザー役の小林勝彦は既に他界していたため、この2人の追加録音部分はそれぞれ世古陽丸と小島敏彦が担当した。この追加録音版はWOWOWでは2014年2月2日、BS-TBSでは2015年6月13・14日の2夜連続で「完全版」と銘打って放送された。
2017年1月25日発売[84]の「吹替の力」シリーズ『ベン・ハー 日本語吹替音声追加収録版 ブルーレイ』にはフジテレビ版と、従来ソフト収録されているテレビ東京版に追加録音したBSジャパン版が収録された。

キャスト[編集]

役名 俳優 日本語吹替
フジテレビ 日本テレビ旧版 テレビ朝日 日本テレビ新版 テレビ東京
(追加録音版)
ジュダ・ベン・ハー チャールトン・ヘストン 納谷悟朗 石田太郎 納谷悟朗 玄田哲章 磯部勉
メッサラ スティーヴン・ボイド 羽佐間道夫 佐々木功 羽佐間道夫 大塚芳忠 山路和弘
クインタス・アリウス ジャック・ホーキンス 島宇志夫 内田稔 鈴木瑞穂 渡部猛 稲垣隆史
エスター ハイヤ・ハラリート 鈴木弘子 吉野佳子 武藤礼子 松岡洋子 日野由利加
族長イルデリム ヒュー・グリフィス 相模太郎 立壁和也 内海賢二
ミリアム マーサ・スコット 寺島信子 中西妙子 谷育子 吉野佳子
ティルザ キャシー・オドネル 塚原恵美子 小山茉美 勝生真沙子 幸田夏穂
ポンティウス・ピラトゥス フランク・スリング 小林清志 家弓家正 小林修 佐古正人
世古陽丸
サイモニデス サム・ジャッフェ 松村彦次郎 矢田稔 宮内幸平 大木民夫
バルサザール フィンレイ・カリー 宮川洋一 金内喜久夫 北川米彦 小林勝彦
小島敏彦
ドルーサス テレンス・ロングドン 富山敬 幹本雄之 諸角憲一
セクスタス アンドレ・モレル 大木民夫 石井敏郎 廣田行生
皇帝ティベリウス ジョージ・レルフ 高島忠夫[85] 仲木隆司 内田稔
フレビア マリナ・ベルティ
ローマ人 ジュリアーノ・ジェンマ
イエス・キリスト クロード・ヒーター
ナレーション フィンレイ・カリー 小林清志 矢島正明 小林修
配役不明 - 北村弘一 寺田誠
飯塚昭三
村松康雄
石井敏郎
北村弘一
増岡弘
山田礼子
上田敏也
幹本雄之
石森達幸
梶哲也
沢木郁也
斉藤茂
大山高男
山口健
広瀬正志
鈴木れい子
斎藤志郎
水野龍司
大滝寛
清水敏孝
すずき紀子
安井邦彦
楠見尚己
演出 - 春日正伸 壺井正 山田悦司 左近允洋 佐藤敏夫
翻訳 岡枝慎二(字幕) 飯嶋永昭 進藤光太 額田やえ子 たかしまちせこ
調整 - 山田太平 飯塚秀保 山田太平
効果 - 東上別符精
P.A.G
スリーサウンド リレーション
プロデューサー - 奥田誠治
制作担当 - 中島孝三 吉田啓介
制作 - 日米通信社 グロービジョン ムービー・テレビジョン[86]
解説 - 高島忠夫 水野晴郎 淀川長治 水野晴郎 木村奈保子
初回放送 - 1974年4月5日12日
21:00-22:55
ゴールデン洋画劇場
(約190分)
1979年4月25日5月2日
水曜ロードショー
1981年5月10日17日
日曜洋画劇場
1990年6月15日22日
金曜ロードショー
(約178分)
2000年3月30日4月6日
21:02-22:54
木曜洋画劇場
(約189分)
追加録音版
2013年4月5日
『シネマクラッシュ 金曜名画座』

2017年1月25日発売の「吹替の力」シリーズ『ベン・ハー 日本語吹替音声追加収録版ブルーレイ』にはフジテレビ版とテレビ東京追加録音版の吹替を2種収録。


1959年版と1925年版[編集]

1959年版の本作品は、1925年版の映像と脚本をベースにしながら新たなスタッフと時代の要請を受け継ぎリメイクされた。ルー・ウォーレスの原作本位の姿勢を保ちつつも、様々な技術と配役並びに環境を得て公開までのスタートを切り、その後公衆の目の前に披露されることとなった。評価は様々であるが1925年版がこの映画に与えた影響は大きく、リスペクトすべき縁故のある作品である。[87]

ストーリー展開[編集]

1959年版は1925年版と内容はほとんど同じだが、1925年制作版のほうが、より原作に忠実である。キリスト誕生のエピソードである3人の賢者の出会いの場面は1959年版には登場しない。ベン・ハーが実際にユダヤの指導者になり反乱を起こす。但し1959年版と比べて約1時間短く、いくらか省略されている部分もある。ベン・ハーとメッサラの関係もかなり淡泊で、親友の証左としての脚本の明確さが欲しいところ。なお1959年版は長編過ぎて丁寧な作り。緻密で繊細かつ詳細描写が多い。メッサラについては怒りや嫉妬、恐れや憎しみがリアルに表現されている。壮絶な死の演技は特筆に値する。総じて人間ドラマに重きが置かれている。[88]

アクションシーン[編集]

1925年度版の馬車レースは迫力に満ちているという点で1959年版に負けずとも劣らない。地面真下から等アングルも独自な設定で撮影されており工夫がみられる。1959年版ではコマ落しによりスピード感を出す技術を採用。メッサラのギリシャ式ノコギリ戦車の登場でスリル感を加えている。海戦場面では、1925年版において大変緊張し混乱する場面に仕上がっている。撮影では、本当にセットの実物大ガレー船で火事が起き出演者たちはパニックになり海に飛び込む者が続出した。けが人は続出したが、死人が出たかどうかで制作側は否定している。(出たという解説もあるが定かではない)1959年版の海戦はミニチュアの特殊撮影とスクリーン・プロセス併用で個別シーンでリアル感がやや萎む面もあるが、船倉内の船漕ぎたちのリアルな船漕ぎアクションのつなぎ・編集により迫力を維持している。[89]

映像様式とその発展[編集]

1925年版では35mmモノクロで全体の映像を映すが、幾つかの場面で初期のテクニカラーの2色法で撮影し投影されている部分がある。キリスト誕生とローマの凱旋パレード他。モニュメント的な価値のある映画と言われている。1959年版は後半に出てきた技術3色法のテクニカラーによって鮮やかな色合いを出すことができるようになり、ウルトラパナビジョン70による70mm映画としてワイドスクリーンを実現、画面の広範囲な俳優やエキストラの動きが一度に見える効果を出し迫力ある映像となっている。[90]

劇場公開時のキャッチコピー等[編集]

  • 「1960年はベン・ハーの年!」[91]
  • 「愛と闘争を描いた生涯忘れられぬ最高の傑作!!」[92]
  • 「超大型画面に未曽有の迫力で描く凄絶の戦車競走!生涯忘れ得ぬ映画史上最高最大の超マンモス巨編!」[93]
  • 「空前絶後の一大スペクタクル巨編」[94]
  • 「文部省特選!」[95]
  • 「作品賞を含む11部門のアカデミー賞に輝く映画史上不朽の名作!」[96]
  • 「堂々4時間の迫力と感動!映画史上不朽の名作、ご要望に応えて特別大公開!」[97]
  • 「堂々4時間生涯忘れ得ぬ最高の感動」 [98]
  • 「映画史上最も多くの賞を受けた名作!この強い〈愛〉の感動をあなたの青春に!」[99]
  • 「永遠に忘れ得ぬ戦車競走!未曽有の迫力で描く史上最高の豪華巨編」[100]
  • 「映画史上最大のスケールと最高の感動」[101]
  • 「ハリウッド巨編のグランドプロローグ、ニュープリント・D-SRでココに奇跡の復活」[102]
  • 「素晴らしい物語、不滅の英雄、素晴らしい作家」「ベン・ハーは色々な人物、現在あなたが知っているあらゆる種類の人間、富んだ人間、貧しい人、残酷な人、親切な人、愛する者、愛される者、憎む者、憎まれる者、凶暴な人々、平和な人々、奴隷となったある貴公子の人生をめぐる様々な人間の物語である」:ウィリアム・ワイラー」[103]
  • 「文部省特選」「優秀映画鑑賞会特選」「ベン・ハーは色々な人物、現在あなたが知っているあらゆる種類の人間、富んだ人間、貧しい人、残酷な人、親切な人、愛する者、愛される者、憎む者、憎まれる者、凶暴な人々、平和な人々、奴隷となったある貴公子の人生をめぐる様々な人間の物語である」:ウィリアム・ワイラー」[104]

出演者の素顔とプライベート[編集]

  1. ローマ艦隊総司令官アリウス役のジャック・ホーキンスは、1965年12月に喉頭癌と診断された。彼の喉頭全部位は1966年1月に切除された。その代わりに、以後の出演映画では俳優のチャールズ・グレイの吹き換えで録音編集された。[105]
  2. ハイヤ・ハラリートは徴兵制によるイスラエル軍兵士出身で射撃の経験がある。本作品の出演後インターン(1963年)やアトランタイド(1965年)などの作品に出演。その後イギリス人監督ジャック・クレイトン(「華麗なるギャツビー」監督)と結婚。俳優業は引退した。2020年時点も健在で御年89歳。俳優を早期引退した理由は諸説あるが、ベン・ハー特別版DVDにあるヘストン氏の音声解説によると、ワイラー監督との仕事で完璧な演技を求められることの精神的プレッシャーもあったのだろうと述べている。他に各種メディアの取材でインタビューなど質問を受けた記録からは、もともと脚本家であり実際その能力を活かす場があった事、史劇以外の現代ドラマに出演したいとの希望がハリウッドでは叶わなかった事も引退の要因として考えられるとされている。[106]
  3. 母親役のマーサ・スコットはチャールトン・ヘストンと1957年制作の「十戒」で共演したがその時も母親役だった。オファーがあった時には年齢が10歳しか違わないヘストンの母親役を2度も担う事への抵抗感が実は少なからずあったという。自分自身の容姿が適していたからなのか、セシル・B・デミル作品の出演で拍が付いた恩恵なのか戸惑いもあった。結局ワイラー監督を信頼し役を引き受け、演技に務めた。実際、映画序盤の演技だけでなく、業病に罹る母親ミリアムの苦悩する姿や、キャシー・オドネル(実は当時ヘストンと同じ35歳。若く見える。)演じる娘ティルザを労わる演技、息子ジュダとの真に迫る真心の温かな母親役は、家族愛を前面に押し出す映画の主目的を達成した要として高く評価されている。[107]
  4. ウイリアム・ワイラーには兄ロバート・ワイラー(47歳)がおり、その兄はティルザ役のキャシー・オドネル(24歳)と1948年に結婚して夫婦になった。ワイラーにとって年齢の逆転した義理の姉がキャシー・オドネルという事になる。キャシー・オドネル(35歳)はこの作品出演(1959年)以後は映画出演をしておらず、子どもはいなかったが11年間は家庭に落ち着いて夫婦円満に過ごしている。1970年に癌による脳内出血で帰らぬ人となった。[108]
  5. バルサザール役のフィンレイ・カリーは年長者のベテラン俳優だったため、ワイラー監督の完璧を目指す演出・指導があっても自分の演技を変える事がなかった。そのたびにワイラーは注文を付けたが、全く変わらなかった。ベテランのプライドがあったのだとか、あるいは、カリーにこだわりや悪気はなく御年80代で演技に限界があったのだろうという制作秘話もある[109]
  6. 当時ほぼ無名だったアイルランド出身のメッサラ役スティーブン・ボイドは、英語を話すはずであったが、アメリカなまりが強くてワイラーも少し戸惑ったという。本作出演後に1962年ミュージカル「ジャンボ」にも出演し、美声とダンスを披露している。悪役メッサラとのギャップが感じられる点で特異な作品であり、彼の多彩な才能が垣間見られる。その他「オスカー」「ローマ帝国の滅亡」「天地創造(ニムロデ役)」「ミクロの決死圏」等に出演した。YouTubeには「ベン・ハー」で著名になった頃のTV特集番組として彼の歌声やMCであるグリーンのブラウス姿の女性歌手とのデュエット、彼女も含めての男性ダンサーたちとのステップが巧みな集団ダンスの披露、コントが収録された映像も鑑賞できる。[110]
  7. アラブ系イギリス人俳優のヒュー・グリフィスは本作品後に「栄光への脱出」、「おしゃれ泥棒」など他ジャンルの映画にも精力的に出演、名優オードリー・ヘプバーンとも共演している。
  8. 総督ピラト役のフランク・スリングはチャールトン・ヘストンとの史劇共演が2回ある。「ベン・ハー」「エル・シド」。その他歴史劇では「ヴァイキング」と「キング・オブ・キングス」がある。[111]

逸話[編集]

脚本のクレジット問題[編集]

脚本のクレジットは映画ではカール・タンバーグ1人になっているが、実は彼とクリストファー・フライ、ゴア・ヴィダルマクスウェル・アンダーソン、S・N・バーマンの5人で執筆したものである。ヴィダルはMGMが契約を2年残して彼を自由にするという条件で、フライと共に脚本を再執筆することに合意したのだが、プロデューサーのサム・ジンバリストが死去したことで、クレジットの問題が複雑化してしまう。そこで全米脚本家組合は『ベン・ハー』の脚本のクレジットをタンバーグのみとし、ヴィダルとフライの両名をクレジットしないことで問題を解決した。これについて、『ベン・ハー』の主演俳優チャールトン・ヘストンは、ヴィダルが執筆したと主張する(注意深く慎重に隠された)同性愛の場面に満足せず、ヴィダルが脚本に大きく関与したことを否定した[112]しかし、『映画秘宝』が2011年にヴィダルに行ったインタビューによれば、ヴィダルは脚本を盗まれてコピーされ、ノンクレジットにされたため、裁判沙汰に持ち込んだと主張している[113]

著作権延長法について[編集]

著作権保護については、過去において著作権所有者の死後70年経てばパブリックドメインになることが明記されていた。しかし1978年に施行予定であった著作権延長法では、通常は1959年に世に出た作品は2016年1月1日の時点でパブリックドメインとなり、第三者の情報利用が自由になる筈であったが、実際の所1978年著作権延長法ができると、著作権の保護期間が延長されてしまった。その為1959年制作の本作品は、最長で2055年まで著作権で保護されることになっている。[114]

脚注[編集]

  1. ^ a b Ben-Hur (1959)” (英語). Box Office Mojo. 2011年6月2日閲覧。
  2. ^ キネマ旬報.1965年8月下旬号
  3. ^ アカデミー賞、ソフトカバーパンフレット 1959年 A4 日本版 1998年 ベン・ハー 松竹株式会社事業開発部 提供MGM映画株式会社 32項 タイタニックサントラ解説文。ロード・オブ・ザ・リング3巻セット解説文。
  4. ^ DVD特別版メイキング映像。
  5. ^ 1996年ぴあシネマクラブ洋画編作品ガイド辞典全1204項の823項の記述、アカデミー賞ゴールデングローブ賞
  6. ^ 1977年鑑賞。リバイバル公開での映画館広告チラシと館内備え付けの特集記事。「桜坂オリオン」にて。
  7. ^ Blu-ray 製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディション。未公開モノクロ映像。
  8. ^ 製作50周年記念Blu-ray 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストン音声解説。
  9. ^ 「ベン・ハー 前後編」LD MGM/UA HOME VIDEO 1997年メイキング映像インタビュー>
  10. ^ 「ベン・ハー」特別版 DVD VIDEO オリジナル劇場予告編 長編版、ソフトカバーカバーパンフレット1959年 2項下段記述
  11. ^ 「映画を知るための教科書 1912~1979」132~133P参照 斉藤守彦 著 洋泉社 2016年3月発行
  12. ^ ヘラルドポニーレーザーディスク1989年発売)の解説文より。この解説文を書いた日野康一は当時MGM東京支社の宣伝担当だった。
  13. ^ Wikipedia「毛沢東」 ・1974年4月ゴールデン洋画劇場TV初放映前後編の琉球新報番組紹介記事1000字。
  14. ^ 製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-rayVIDEO 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説
  15. ^ 1978年「国映館」で鑑賞。1:2.76ウルトラパナビジョンリバイバル公開。完全版。前奏・休憩間奏曲あり。プロローグナレーションで日本語吹き替え。
  16. ^ a b 1973年鑑賞。リバイバル公開で映画館販売簡易パンフレット「グランドオリオン」にて。
  17. ^ ハードカバーパンフレット 1959年 A4 英語版1998年 BEN-HUR A RANDOM HOUSE BOOK From MGM 34項 付録絵画6枚
  18. ^ ビハインドストーリー(未公開映像)製作50周年記念Blu-rayVIDEO 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説。DVD特別版メイキング映像
  19. ^ ミケランジェロ旧約聖書創世記】、タイトルロール背景の映像確認。
  20. ^ ヒツジ・文化・キリスト教での象徴性を参照の事
  21. ^ 製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-rayVIDEO 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説
  22. ^ 特別版 DVD メイキング映像。
  23. ^ ユダヤ人イスラエルヘブライパレスチナイエス・キリスト十字架聖書ローマ帝国ラテン磔刑
  24. ^ ユダヤ人イスラエルイエス・キリスト聖書、2020年日本聖書刊行会 聖書(旧約・新約)新改訳中堅聖書 1070年初版2006年7刷 「いのちのことば社」発売
  25. ^ 「命の物語だからだ。」製作50周年記念Blu-ray 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャー音声解説での発言
  26. ^ 2020年日本聖書刊行会 聖書(旧約・新約)新改訳中堅聖書 1070年初版2006年7刷 「いのちのことば社」発売、新約聖書
  27. ^ ユダヤエルサレム聖地、製作50周年記念Blu-ray 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストン音声解説、2020年日本聖書刊行会 聖書(旧約・新約)新改訳中堅聖書 1070年初版2006年7刷 「いのちのことば社」発売
  28. ^ 映画「パッション」DVD解説シート、アラム語ヘブライ語アメリカ合衆国の映画
  29. ^ 画像検索より映画の実物と同じ画像が検出。関連サイトより「護符」の語を得てお守りを参照。ユダヤの語と掛け合わせて検索しメズーザーを参照。
  30. ^ 2020年日本聖書刊行会 聖書より地図を参照。映画のヘストンの米語の発音からティルスとタイアが同地名であることから参照。
  31. ^ 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーによる音声解説。
  32. ^ 製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-ray映画歴史家:T・ジーン・ハッチャー音声解説。
  33. ^ 日本聖書刊行会 聖書(旧約・新約)新改訳中堅聖書 1070年初版2006年7刷 「いのちのことば社」
  34. ^ 「ベン・ハー」特別版 DVD VIDEO ドルビーデジタル2001年チャールトン・ヘストン音声解説。
  35. ^ 製作50周年記念Blu-ray 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストン音声解説。
  36. ^ ローマ帝国
  37. ^ ローマ帝国ラテン語「パッション」DVD
  38. ^ 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャー音声解説。
  39. ^ 十字架
  40. ^ キリストの磔刑
  41. ^ ラテン十字十字架ヴィア・ドロローサ西洋美術史
  42. ^ Cross(十字架)聖十字架
  43. ^ 以下引用文:【(1)あらゆる映画もしくはその一部分で、いかなる宗教的信仰も愚弄されてはならない。(2)聖職者を映画の役柄として登場させる場合、彼らを滑稽な人物、あるいは悪役として登場させてはならない。(3)特定の宗教の祭式を扱う場合は、慎重と敬意を持って扱われなければならない。中でも重要なのが第1項である。この第1項に従うと、そもそも「神の子」を人間が演じることそのものが愚弄であり、冒涜であることに該当したのである。このことによって、イエスを中心に据えた映画の製作には大きなリスクが伴うようになったため、映画製作者たちはそれを避けざるを得なくなったのである。従って、1934年以降の映画では、イエスは主役ではなく脇役として何度か登場するものの、その顔は映されない。】出典:木谷 佳楠著:「アメリカ映画におけるイエス像の時代的変遷」『基督教研究』第74巻第1号、同志社大学、2015年 105-124頁 第114項に記述。
  44. ^ 製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-rayVIDEO 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説。
  45. ^ 製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-ray 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説
  46. ^ 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーによる音声解説。
  47. ^ 出典:木谷 佳楠著:「アメリカ映画におけるイエス像の時代的変遷」『基督教研究』第74巻第1号、同志社大学、2015年 105-124頁 第114項に記述。
  48. ^ ハードカバーパンフレット1959年 A4 英語版 BEN-HUR A RANDOM HOUSE BOOK From MGM 34項第33項に記述。1996年ぴあシネマクラブ洋画編作品ガイド辞典。「ベン・ハー」特別版 DVD チャールトン・ヘストン音声解説。メイキング映像。「ベン・ハー」吹き替えの力。 Blu-ray VIDEO映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説。
  49. ^ 製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-rayVIDEO 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説。ビハインドストーリー。フォトブックレット
  50. ^ パナビジョンアスペクト比70mmフィルムシネラマ画面アスペクト比、ベン・ハー特別版DVD特典:メイキング映像
  51. ^ パナビジョン70mmフィルムシネラマ画面アスペクト比、「ベン・ハー」特別版DVD特典:メイキング映像と製作スタッフインタビュー
  52. ^ パナビジョンアスペクト比70mmフィルム画面アスペクト比、ベン・ハー特別版DVD特典:メイキング映像
  53. ^ メイキング。映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説。
  54. ^ テクニカラー原色、「ベン・ハー」製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディション Blu-rayVIDEO ジーン・八チャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説。 2001年「ベン・ハー」1925年版本編。ビハインドストーリー。
  55. ^ 「ベン・ハー」特別版 DVD VIDEO ドルビーデジタル 2枚組 2001年 チャールトン・ヘストン音声解説。メイキング映像約1時間。製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-rayVIDEO 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説。ビハインドストーリー。
  56. ^ 製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-rayVIDEO 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説
  57. ^ 製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-rayVIDEO 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説
  58. ^ 特別版 DVD メイキング映像。
  59. ^ 特別版 DVD メイキング。
  60. ^ 製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-rayVIDEO 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説
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  62. ^ 特別版DVDメイキングインタビュー映像。製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-ray ビハインドストーリー
  63. ^ 製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-rayVIDEO 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説
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  65. ^ 製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-rayVIDEO 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説
  66. ^ 特別版 DVDチャールトン・ヘストン音声解説。メイキング。
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  71. ^ 特別版 DVD メイキング。製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-ray映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説。ビハインドストーリー
  72. ^ 製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-rayVIDEO アカデミー賞授賞式他Youtube監督賞発表シーン映像)
  73. ^ 製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-ray映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説。
  74. ^ 製作50周年記念Blu-ray 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストン音声解説。
  75. ^ 「CinemaScape」「Yahoo映画」のレビューおよび販売元にネット利用の質疑
  76. ^ 製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-rayVIDEO 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説
  77. ^ 二人の音楽作品レコード・CDの説明書きシートに特徴が記載。記事でローザとの関連にも触れていた
  78. ^ ロージャ・ミクローシュジョン・ウィリアムズ (作曲家) 、[[シンドラーのリスト]、ジェリー・ゴールドスミスランボー怒りの脱出、「ベン・ハー」特別版DVDメイキングインタビュー映像。「ベン・ハー」製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-rayVIDEO ジーン・八チャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説。ビハインドストーリー。
  79. ^ スクリーン誌1976年、スターウォーズサウンドトラックレコードの二つ折りシート記事、ランボーサウンドトラックCD6項パンフレット。「ベン・ハー」特別版 DVD VIDEO 2枚組 2001年 チャールトン・ヘストン音声解説。メイキング。
  80. ^ ソフトカバーパンフレット 1959年 A4 日本版ベン・ハー 松竹株式会社事業開発部 提供MGM映画株式会社 32項。YouTube:『ベン・ハー』日本版劇場予告編 じんじんけしけし ベン・ハーBEN-HUR 日本公開1960/04/01 Googleweb画像による公開当時のチラシ、パンフレットや新聞記載の賞選出団体の紹介記事
  81. ^ 「選出されるのは、公開から最低10年以上経っており、かつ「文化的・歴史的・芸術的にきわめて高い価値を持つ」とみなされる映画・動画作品」引用:アメリカ国立フィルム登録簿
  82. ^ 「映画史上最もスリリングな15分間」として戦車競走シーンがフィルム・ライブラリーに保存
  83. ^ 『刑事コロンボ 完全捜査ブック』228P 宝島社
  84. ^ 当初は2016年12月21日に発売を予定していたが、制作の都合により、発売日を延期する事になった。
  85. ^ 吹替の力 ベン・ハー”. 2016年10月21日閲覧。
  86. ^ 追録版は現名義の「ブロードメディア・スタジオ」でクレジットされている。
  87. ^ メイキング映像。DVD特別版チャールトン・ヘストンによる音声解説
  88. ^ メイキング映像。DVD特別版チャールトン・ヘストンによる音声解説
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  90. ^ メイキング映像。DVD特別版チャールトン・ヘストン音声解説。映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーによる音声解説。
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  92. ^ 1960年新聞広告
  93. ^ 1960年新聞広告:Googleweb画像
  94. ^ 1960年新聞広告:Googleweb画像
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  96. ^ 1968年新聞広告:Googleweb画像
  97. ^ 1968年新聞広告:Googleweb画像
  98. ^ 1968年新聞広告:地方映画館宣伝画像の切り抜き(保存)
  99. ^ 1968年新聞広告:Googleweb画像
  100. ^ 1968年チラシ: Googleweb画像
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  102. ^ 2003年チラシ:Googleweb画像
  103. ^ 英語版ハードカバーパンフレット 1959年 A4 1998年米国知人より無料譲渡:BEN-HUR A RANDOM HOUSE BOOK From MGM 34項 付録絵画6枚
  104. ^ 日本版ソフトカバーパンフレット 1959年 A4 1976年スクリーン6月号読者文通コーナー参加者から購入 ベン・ハー 松竹株式会社事業開発部 提供MGM映画株式会社 32項
  105. ^ 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説。
  106. ^ 特別版 DVD VIDEO チャールトン・ヘストン音声解説。
  107. ^ 製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-ray 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説。ビハインドストーリー
  108. ^ DVD[]特別版メイキング映像。ビハインドストーリー。製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-ray 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説。
  109. ^ 「ベン・ハー」製作50周年記念 アルティメットコレクターズエディションBlu-rayVIDEO 映画歴史家:T・ジーン・ハッチャーとチャールトン・ヘストンによる音声解説。
  110. ^ [YoutubeにこのTVバラエティの映像がある。Stepen Boyd Danceで検索可能。]
  111. ^ 映画雑誌1974年から1978年のスクリーン・ロードショー記事。ビハインドストーリー
  112. ^ GORE VIDAL IN HIS OWN WORDS "OUR GREATEST LIVING MAN OF LETTERS."”. Beliefnet. 2001年11月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年1月12日閲覧。
  113. ^ 『映画秘宝』ゴア・ヴィダルインタビュー”. Homage to Gore Vidal ゴア・ヴィダルを讃えて. 2016年1月12日閲覧。
  114. ^ ということは「ベン・ハー」の映像を勝手に編集しなおして公衆に見せたり、写真にして売買に使用したり、ネットの時代にあっては勝手にブログに写真を張り付けたり動画編集で映写公開(youtube含む)したりすると違反となる。2055年という事は2020年時点からあと35年間は著作権の制限がかかり続けるということになる。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]