ベンヴェヌート・チェッリーニ (オペラ)

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ベンヴェヌート・チェッリーニ』(Benvenuto Cellini作品23H.76は、エクトル・ベルリオーズが作曲した2幕から構成されるオペラである。『ベンヴェヌート・チェルリーニ』とも表記される。現在は序曲のみ演奏されることが多く、全曲は滅多に上演されない。

イタリアルネサンス期を代表する彫刻家ベンヴェヌート・チェッリーニを主人公としている。

概要[編集]

作曲の経緯と初演[編集]

彫刻家ベンヴェヌート・チェッリーニの生涯に心を打たれ、感動したベルリオーズは、1834年5月頃からオーギュスト・バルビエ、レオン・ド・ヴェイリー、アルフレッド・ヴィニー、エミール・デジャンら台本作家たちと共に、チェッリーニを主人公としたオペラ・コミックを構想する。同年8月末に台本は完成し、その直後に作曲に着手する。1836年10月に草稿が完成し、翌1837年オーケストレーションを施す。序曲はその後に作曲された。作曲に2年を費やしたが、1838年9月に全曲が完成する。そして同年9月10日にパリオペラ座で初演したが、散々な不評に終わったという。

失敗の原因は、グランド・オペラのスタイルを期待する聴衆の意に反したことや、台本がオペラ向きでなかったこと、当時の音楽界でベルリオーズが著しい反感を持たれていたためであった。ベルリオーズは『回想録』の中で以下のように述べている。

「私はベンヴェヌート・チェッリーニの生涯の幾つかのエピソードに非常に心を打たれた。私はこれが歌劇のためのドラマティックな題材として、興味あるものを提供してくれると考えたが、これが不幸の原因だった」

初演後[編集]

結局オペラは、1月に4回ほど上演されただけでレパートリーから外された。その後、1852年に友人のフランツ・リストの指揮によってヴァイマルで上演された際には、好評をもって迎えられたという。好評を得たことを知ったベルリオーズは、オペラの全体を3幕に変更するとともに、大幅な改訂を行う(1856年まで)。全3幕の改訂版は再度ヴァイマルで上演された。

その後は、バイロイトで上演された際にわずかな成功を見た程度で、以降ほとんど上演されることが無くなった。2007年ザルツブルク音楽祭で、指揮者ヴァレリー・ゲルギエフウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏、現代的演出で上演された。

序曲[編集]

序曲は演奏会でも取り上げられる有名な楽曲である。ベルリオーズの作品番号(H番号)ではH.76bが与えられている。また資料によっては「大序曲」とも表記される。なお、初演時には好評を受けている。

演奏時間は約9分から11分。

原作と台本[編集]

  • 原作:ベンヴェヌート・チェッリーニの自叙伝
  • 台本:上記の自叙伝を基に、レオン・ド・ヴェイリー[1](Léon de Wailly)とアンリ・オーギュスト・バルビエ(Henri Auguste Barbier)が作成。またアルフレッド・ド・ヴィニーも協力(補助として)。

楽器編成[編集]

登場人物[編集]

人物名 声域
ベンヴェヌート・チェッリーニ テノール フィレンツェの彫金師、彫刻家
ジャコモ・バルドゥッチ バス 教皇財務官
テレーザ ソプラノ バルドゥッチの娘
アスカーニオ ソプラノ チェッリーニの弟子
フィエラモスカ バリトン 彫刻家
フランチェスコ テノール チェッリーニの弟子
ベルナルディーノ バス チェッリーニの弟子
ポンペーオ バリトン 刺客、フィエラモスカの友人
居酒屋の主人 テノール
サルヴィアーティ枢機卿 バス
士官 バス
コロンビーヌ 台詞 狂言回しの女

その他(合唱)):バルドゥッチ家の女中たちと近隣の人々、彫金師たち、芸人たち、踊り手たち、仮面劇の役者たち、教皇の従者たち、衛兵たち、修道女たち、鋳造所の人たち、ローマの人々

演奏時間[編集]

全曲で約2時間30分(第1幕:約1時間20分、第2幕:約1時間10分)

あらすじ[編集]

時と場所:16世紀1532年)の教皇クレメンス7世の統治下におけるローマ、及び謝肉祭を背景とした3日間

第1幕 懺悔の月曜日と、その翌日の懺悔の火曜日[編集]

第2幕 聖灰の水曜日の夜明けから日没[編集]

録音[編集]

最初の全曲録音は1972年コリン・デイヴィスによって行われた。

関連作品[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 読みによっては「ワイイー」とする場合もある

参考文献[編集]

  • 作曲家別名曲解説ライブラリー:ベルリオーズ(音楽之友社)より部分抜粋、他参照

外部リンク[編集]