ベンジャミン・ハリソン (5世)

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ベンジャミン・ハリソン

ベンジャミン・ハリソン(Benjamin Harrison, 1726年4月5日 - 1791年4月24日)は、バージニア植民地の農園主、アメリカ合衆国政治家

1726年、ハリソンはバージニア植民地チャールズシティ郡バークレイ農園で生まれた。ハリソンはウィリアム・アンド・メアリー大学で学んだが、大学役員との対立により卒業前に退学した。

ハリソンは1756年から1758年までサリー郡から植民地議会の代議員に選出され、1766年から1776年までチャールズシティ郡から植民地議会の代議員に選出された。1774年から1777年まではバージニア植民地代表として大陸会議に参加し、アメリカ独立宣言に署名を行った。1781年から1784年まではバージニア州知事を務めた。

ハリソンは生涯の大部分をバークレイ農園で過ごした。1791年にハリソンが死去すると、ハリソンの遺体はバークレイ農園の敷地内に埋葬された。

名誉[編集]

ウェストバージニア州ハリソン郡は、州知事としてのハリソンの功績を称えて、1784年の設立時のハリソンにちなんで名づけられた。

家族[編集]

  • 妻: エリザベス・バセット (Elizabeth Bassett, 1730-1792)

外部リンク[編集]

公職
先代:
トマス・ネルソン
バージニア州知事
1781年12月1日 - 1784年11月29日
次代:
パトリック・ヘンリー