ベルタ・ヴェークマン

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ベルタ・ヴェグマン
(撮影)Georg Emil Hansen

ベルタ・ヴェークマン(Bertha Wegmann、1847年12月16日 - 1926年2月22日)はドイツ系のデンマーク人の女性画家である。[1]

略歴[編集]

スイスグラウビュンデン州マローヤ郡のソーリオ(Soglio)に生まれた。5歳の時、家族とコペンハーゲンに移り、父親は商人となった。父親は美術好きで余暇には絵を描いていた。幼い頃からベルタも絵に興味を持つが、絵の訓練を受けたのは19歳になってからで、デンマークの画家、ヘルステッド(Frederik Ferdinand Helsted)、ブンチェン(Heinrich Buntzen)、ルンド(Frederik Christian Lund)らから絵を学んだ[1]。2年後、両親から支援を受けて、ミュンヘンに絵の勉強に出て、2年間、歴史画のヴィルヘルム・リンデンシュミットや風俗画のクルツバウアー(Eduard Kurzbauer)のもとで2年間、学んだ。

工房の中で、絵を学ぶのにあきたらず、戸外で絵を描くことにして、友人となったスウェーデンの女性画家、イェンナ・バウク(Jeanna Bauck)とイタリアなどへ何度か旅した。1881年に2人でパリに移り、いくつかの美術展で好評を得た[2]

デンマークのシャルロッテンボー宮殿で開かれる美術展には1873年から出展していたので、1882年にコペンハーゲンに戻った時には画家として認められていて、1883年には妹の肖像画が賞(Thorvaldsen Medal)を受けた[1]。4年後、女性としては初めて、デンマーク王立美術アカデミーの教授となり、女性のための美術学校、"Tegne- og Kunstindustriskolen for Kvinder"の理事を務めた[3]。デンマークの代表的画家としてシカゴ万国博覧会などに出展し[3]、1892年にデンマーク王室が、科学者や芸術家におくる勲章(Ingenio et Arti medal)を女性としてはじめて受勲した[2]

ヴェークマンの作品[編集]

脚注[編集]

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