ベルジャーンシク

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ベルジャーンシク
Бердянськ
ウクライナの旗
ベルジャーンシク港
ベルジャーンシク港
ベルジャーンシクの市旗 ベルジャーンシクの市章
座標 : 北緯46度45分35秒 東経36度47分04秒 / 北緯46.75972度 東経36.78444度 / 46.75972; 36.78444
歴史
建設 1827年
行政
 ウクライナ
  ザポリージャ州の旗 ザポリージャ州
ベルジャーンシク
地理
面積  
  域 82.65 km2
標高 10 m (30 ft)
人口
人口 (2017年1月1日現在)
  域 113,139人
    人口密度   1,380人/km2
その他
等時帯 東ヨーロッパ時間 (UTC+2)
夏時間 東ヨーロッパ夏時間 (UTC+3)
郵便番号 71100-71127
市外局番 +380-6153
ナンバープレート AP,08
公式ウェブサイト : Berdyansk City Council - Official

ベルジャーンシクウクライナ語: Бердянськ,英語: Berdyansk)はウクライナ南東部に位置するザポリージャ州の港湾都市。黒海の北に延びるアゾフ海の北海岸に位置している。市には、サファリパークウォーターパーク、また、泥を用いた健康療法が施されるリゾートなどがある。町の名は、ベルジャーンシク岬を形成し、アゾフ海に注ぐベルダ川に由来する。

市の名前[編集]

最初の名はクトゥール・オグリであったが、1830年ノボ・ノガスクНово-Ногайск)と改名された。これは「新しいノガイの町」[1]という意味で、当時、現地で人口の多数を占めていたノガイ人にちなんだ名であった。 現在の名であるベルジャーンシクは、1841年ニコライ1世の法令により、市の近くを流れるベルダ川にちなんで名づけられた。 ちなみに、1939年から1958年までは、ソ連の英雄で飛行家ポリーナ・オシペンコ[2]にちなんで名づけられたオシペンコОсипенко)として知られていた。しかし、現在その名は、近くに位置する彼が生まれた村の村名となっている。

歴史[編集]

この地区には古くから人が居住し、現在の町の建設までこの地方はアーグリヤディーケ・ポーレ、ベールドィなどと呼ばれていた。1780年代にはペトル要塞ロシア帝国によって建設され、クリミア・ハン国からの防備に使用された。1783年にはクリミア・ハン国が滅ぼされ、翌1784年にはこの地域はターヴリダ州に編入された。ターヴリダ州は、1802年ターヴリダ県となった。19世紀初め頃には、ロシアは沿アゾフ地方左岸ウクライナでの商業権益の確保のため、アゾフ海沿海に港を建設する必要に迫られた。 1827年にペトル要塞の周辺に港湾施設が建設され、周囲に入植が始まった。これが現在の町の基礎となった。

気候[編集]

ケッペンの気候区分では温暖湿潤気候(Cfa)に属する。アゾフ海に面するこの地域では、夏は乾燥した暑い日が続き、冬は比較的暖かい。 海水温度は、クリミアコーカサス黒海沿岸地域よりも高く、5月では22度に達し、6月では30度に達することがある。 海には、チョウザメを始め70種類もの生物が生息している。また、海底には多くの軟体動物が生息していて、この海域にはイルカも生息している。

観光[編集]

文化[編集]

市には複数の美術館を始め、シュミット博物館、第二次世界大戦博物館、ベルジャーンシク歴史博物館がある。

また市は、年におよそ10回ものフェスティバルを開催している。

モニュメント[編集]

市には、「アレクサンドル・プーシキン」、「シュミット中尉」、「シュミット中尉の子供達」、「衛星技術者」、「少年の釣り人」、「嫉妬深いカエル」、「ハゼ好きの人」などの珍しいモニュメントがある。 また、「欲望の肘掛け椅子」というモニュメントがあり、その肘掛け椅子に座り、願い事を叶えれば、その願い事が叶うと言われている。

著名な出身者[編集]

姉妹都市[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 「ノガイの町」- ノガイスクは現在のプルィモールシク
  2. ^ Осипенко, Полина Денисовна
  3. ^ ビェルスコ=ビャワの姉妹都市 - © 2008 Urzędu Miejskiego w Bielsku-Białej. Retrieved 2008-12-10.

外部リンク[編集]