ベイシー

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ジャズ喫茶『ベイシー』
BASIE
本店所在地 岩手県一関市地主町7-17
設立 1970年
事業内容 ジャズ喫茶
代表者 菅原正二
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ベイシー (BASIE) は、岩手県一関市に所在する、菅原正二[1]がオーナーをつとめるジャズ喫茶である。ベーシーと表記されることもある。

概要[編集]

JR一ノ関駅から徒歩10分程度、一関第一高等学校から徒歩4〜5分ほどに位置する、音が良いことで有名なジャズ喫茶。店名の由来はカウント・ベイシーに因んでおり、実際にベイシー本人も、ここを何度も訪れている。学研刊『ジャズの教科書』では、「日本一のジャズ喫茶」と紹介され、「日本一音の良い喫茶店[2][3]」として知られている。店内は、薄暗い空間にオーディオ・システムが置かれ、常に大音量でジャズのLPレコードをかけている。稀にクラシックのLPレコードをかける時もある。日本のみならず、海外からも多数のジャズ愛好家が訪れ、ファンの間では、「ジャズの聖地」と呼ばれている[4]。アメリカのJBL本社からは、社長やエンジニア達がその音を聴くために訪れた[5]。著名なジャズ・ミュージシャンによるコンサートもたびたび開催されている。マスターの音に対するこだわりは強く、開店当初のスピーカーのエンクロージャーには、店内の柱を切って入れたこともある[注 1]

歴史[編集]

1970年6月に、菅原家の土蔵をジャズ喫茶に改装して開店した[注 2]。開店後は、著名なジャズ・ミュージシャンのライブも開いている。東日本大震災の際に、地震の被害を受け、店内は散乱したことで、一旦営業を中止。同年4月26日に営業を再開した[注 3]。2階の土壁が落ちたり、梁にヒビが入るなどの被害があったものの、レコードは1枚も棚から落ちなかった[注 4]

常連客[編集]

  • 村松友視 - 菅原の仲人も務めるなど交友が深い。
  • タモリ - 毎年、この店を訪れることを公言している。「ヨルタモリ」で吉原という喫茶店のマスター役を演じたが、この人物はマスターの菅原をモチーフとしていた。
  • 渡辺貞夫 - ほぼ毎年、この店でライブを開いている。ライブ観客として、滝川クリステル鈴木京香が訪れたことがある。
  • 色川武大(阿佐田哲也) - この店に通うために晩年に一関市に引っ越した。
  • 坂田明 - この店でたびたびライブを開催している。
  • エルヴィン・ジョーンズ - この店でたびたびライブを開催していた。
  • ケイコ・リー - この店でたびたびライブを開催している。
  • マリーン - この店でたびたびライブを開催している。
  • 永六輔 - この店でトークショーをたびたび開催していた。
  • 立川談志 - この店で落語会を開催していた。
  • 春風亭小朝 - この店で落語会を開催していた。

関連作品[編集]

CD[編集]

1971年12月6日にベイシーで録音された実況録音盤。

2005年11月10日にベイシーで録音された実況録音盤。(3,4曲目のみ)

  • ケイコ・リー『ライヴ・アット・ベイシー~ウィズ・ハンク・ジョーンズ』 ソニーミュージック (2006)

2006年3月10日にベイシーで録音された実況録音盤。ケイコ・リー(vo),ハンク・ジョーンズ(p),坂井紅介(b)。

2007年4月17日にベイシーで録音された実況録音盤。渡辺貞夫(as),小野塚晃(p),納浩一(b),石川雅春(ds),ンジャセ・ニャン(per)。

1978年7月2日にベイシーで録音された実況録音盤。アニタ・オデイ(vo),ドワイト・ディッカーソン(p),ハーヴェイ・ニューマーク(b),ジョン・プール(ds)。

2009年8月14日、15日にベイシーで録音された実況録音盤。ジャズ喫茶「ベイシー」40周年記念企画。クリスタルディスク(ガラスCD)、グリーンレーベルコートCD、アナログ・ディスクの3形態で発売された。ハンク・ジョーンズ(p),デイヴィッド・ウォン(b),リー・ピアソン(ds),レイモンド・マクモーリン(ts)。

  • 『A DAY AT JAZZ SPOT ‘BASIE’ selected by Shoji"Swifty"Sugawara』 ステレオサウンド (2011)

マスター自ら選曲した2枚組、全20曲のコンピレーション・アルバム。ステレオサウンド・リファレンス・レコードシリーズ。ハイブリッドSACD、音匠仕様。アナログ・マスター・テープからDSDによるトランスファー、及びリマスタリングが施された。

マスターが監修した、1957年~1962年のルーレット時代のカウント・ベイシーのアルバムを再発したシリーズ。オリジナル・マスターを取り寄せ、マスター監修のもと、リマスタリングが施された。シリーズ中13タイトルが日本初CD化作品。

書籍[編集]

  • 村松友視『ベーシーの客』マガジンハウス、1998年6月
  • 菅原昭二『ジャズ喫茶「ベイシー」の選択』講談社、1993年4月
  • 菅原正二『ジャズ喫茶「ベイシー」の選択:ぼくとジムランの酒とバラの日々』講談社〈講談社+α文庫〉、2001年6月
  • 菅原正二『サウンド・オブ・ジャズ!:JBLとぼくがみた音』新風舎〈新風舎文庫〉、2007年3月
  • 菅原正二『ぼくとジムランの酒とバラの日々』駒草出版、2010年3月
  • 菅原正二『聴く鏡 1994~2006』ステレオサウンド〈SS選書〉、2006年4月
  • 菅原正二『聴く鏡Ⅱ 2006~2014』ステレオサウンド〈SS選書〉、2014年4月

映画[編集]

この店がロケ地となった。

  • 『ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩-Ballad』星野哲也監督作品、2020年5月公開予定

その他[編集]

  • JICO VN35MRB (交換針)

マスターが監修したSHURE V15 type Ⅲ対応レコード交換針。SHURE VN35MRをベースにして500本限定で製作された。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ オープンしたその日にぼくは、二階で寝ていた布団を下ろしてきて箱の中にぶち込んだし、また数日後には店内に立っている柱を……切り倒し、スピーカーの中につっかい棒として、これもぶち込んだ。(菅原昭二『ジャズ喫茶「ベイシー」の選択』24頁 講談社 1993年)
  2. ^ ……1970年の6月、すなわち、「ベイシー」開店前夜であった。(菅原正二『聴く鏡Ⅱ』収録「ジャズ喫茶「ベイシー」の12年 1970-1982」(スイングジャーナル社刊『ジャズ読本'83』掲載「燃えた!!『ベイシー』の12年」を改稿改題) ステレオサウンド 2014年)
  3. ^ ベイシーがまもなく営業を再開する、というニュースが伝わったのが4月中旬。実際には、4月26日に営業が再開された。(季刊・アナログ 2011 SUMMER vol.32 130頁 音元出版 2011年)
  4. ^ ベイシーの建物は……この地震で梁にヒビが入り、2階の土壁が落ちた。……レコード棚のレコードは1枚も落ちなかった。棚の前の方にせり出してきたけど、落ちなかった。(季刊・アナログ 2011 SUMMER vol.32 131頁 音元出版 2011年)

出典[編集]

  1. ^ 伝説的ジャズ喫茶「ベイシー」が功績。店主・菅原正二さんが、平成29年度の一関市市勢功労者(教育文化功労)として表彰”. Stereo Sound ONLINE 編集部 (2017年11月13日). 2018年8月31日閲覧。
  2. ^ 岡田和彦 (2014年6月20日). “岩手)ベイシー店主菅原さんの出版記念会 友人らが企画 ※リンク切れ”. 朝日新聞デジタル. 2015年5月6日閲覧。
  3. ^ 岡田和彦 (2014年6月20日). “岩手)ベイシー店主菅原さんの出版記念会 友人らが企画 ※アーカイブ”. 朝日新聞デジタル. 2015年5月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年3月23日閲覧。
  4. ^ 竹内靖朗 (2013年5月31日). “伝説の「音」を体感する、一関「ジャズ喫茶ベイシー」~味から始まる復興~”. 日経ビジネス. 2017年3月23日閲覧。
  5. ^ Don McRitchie (2006年9月11日). “Lansing Heritage Tokyo Trip - Day 3”. 2019年2月28日閲覧。

座標: 北緯38度55分57.2秒 東経141度8分3.2秒 / 北緯38.932556度 東経141.134222度 / 38.932556; 141.134222