ヘンリー・バーバー (初代準男爵)

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未亡人がバーミンガム大学の構内に創設した、アール・デコ調のバーバー美術館。2007年撮影。
バーバーが寄贈した、バーミンガムビクトリア広場にあるヴィクトリア女王の像。当初の大理石像は、1951年に鋳造されたブロンズ像に置き換えられている。2006年撮影。

ヘンリー・バーバー (Henry Barber) として知られた、初代準男爵サーウィリアム・ヘンリー・バーバー(Sir William Henry Barber, 1st Baronet、1860年11月9日1927年7月2日)は、事務弁護士不動産開発英語版事業者として成功した富豪で、スパークブルックヘイ・ミルズ英語版アコックス・グリーン英語版ボーズリー・グリーン英語版アストン英語版など、スプロール現象が進んだバーミンガムの郊外で 5,000件の物件を建設し、賃貸に出して財を成した[1]

バーバーは、当時はスタッフォードシャー州の一部で現在はバーミンガムの一部であるハンズワース英語版で、宝石職人の長男として生まれ、バーミンガムのジュエリー・クォーター英語版で育った。バーバーは、長じて事務弁護士の道に進んだ[1]

1893年、バーバーはマーサ・コンスタンス・ハッティ・オニオンズ (Martha Constance Hattie Onions) と結婚したが[2]、彼女はバーミンガムの(ふいご)製造会社J・C・オニオンズ(J. C. Onions:後の Alldays and Onions Engineering Company)に関わるオニオンズ家のサイモン・ブルックス・オニオンズ (Simon Brookes Onions) の娘で、相続人であった。この年、新婚のふたりは、18世紀に建てられたテムズ川に臨むカラム・コート英語版[2][3]を賃借して移り住んだ[4]

夫妻は30代半ばで事業の現役から退いたが、バーミンガムとの結びつきは強いまま残った。

1897年には、バーミンガムのビクトリア広場英語版ヴィクトリア女王大理石の像を寄贈した。トーマス・ブロック英語版がデザインしたこの像は、女王が死去する12日前であった1901年1月10日に除幕された[5]

1924年首相辞任に伴う叙勲 (1924 Prime Minister's Resignation Honours) で、バーバーは「バーミンガムに対する政治的奉仕 (Political Services to Birmingham)」に功ありとしてバークシャーカラム・コート準男爵とされた[6]。バーバーの死後、この準男爵位は消滅した。

ヘンリー・バーバー財団[編集]

バーバーの死後、未亡人はバーミンガム大学の敷地内に「美術と音楽の研究と振興のため (for the study and encouragement of art and music)」バーバー美術館を創設した。バーバー夫人が継承した遺産は美術館に寄贈されて、収蔵品の拡充や、新たな建物の建設に投じられた。指定建造物 (listed building) のグレード2に指定されているロバート・アトキンソン英語版が設計したアール・デコ調の建物は、1939年メアリー王妃によって除幕された。

脚注[編集]

  1. ^ a b Grimley, Terry. A fine art gift to the city, Birmingham Post, 1 April 2006
  2. ^ a b Online Collections at UoB - People”. mimsy.bham.ac.uk. 2020年1月14日閲覧。
  3. ^ rompedas”. rompedas.blogspot.co.uk. 2020年1月14日閲覧。
  4. ^ LADY BARBER AND THE CULHAM COURT GARDENS”. The Barber Institute of Fine Arts (2014年2月19日). 2020年1月14日閲覧。
  5. ^ Public Sculpture of Birmingham including Sutton Coldfield, George T. Noszlopy, edited Jeremy Beach, 1998, 0-85323-692-5
  6. ^ The London Gazette: (Supplement) no. 32906. p. 1261. 1924年2月8日。
イギリスの準男爵
爵位創設 カラム・コート
バーバー準男爵

1924–1927
廃絶