ヘンリー・ダイモーク

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1821年のジョージ4世戴冠式でキングス・チャンピオンを務めた様子を描いた絵画。

初代準男爵サーヘンリー・ダイモーク: Sir Henry Dymoke, 1st Baronet1801年 - 1865年4月28日)は、イギリスの地主キングス・チャンピオンイギリス王室の戴冠式における儀礼職)を世襲するダイモーク家英語版に生まれ、戴冠式においてキングス・チャンピオンを務めた最後の人物である[1]

生涯[編集]

ヘンリーは聖職者ジョン・ダイモーク(John Dymoke、1764年-1828年[2])の息子として生まれた[1][3]。ダイモーク家は儀礼職キングス・チャンピオンを世襲する家柄であり、リンカンシャー州スクリブルズビー英語版に地所を有していた[1]

1821年のジョージ4世戴冠式では、父の代わりにキングス・チャンピオンの役目を果たした[1][2]。祖父ジョン(John Dymoke、1730年-1784年)がジョージ3世戴冠式で前任を務めた一方で[2]、父ジョンは「聖職者である自分は闘士(Champion)と相いれない」と考えて、戴冠式に参列しなかったという[1]

また、当時20歳のヘンリーは儀式に使えるような馬を保有していなかったため、アストリーズ野外劇場英語版から馬を借りた[4]

1831年に即位したウィリアム4世は戴冠式晩餐会を開催しなかったため、キングス・チャンピオンの出番もなかった[2]

1838年のヴィクトリア戴冠式に際して、今後はキングス・チャンピオンの儀式を行わないことが決まった[1]。1841年、その代償としてヘンリーは準男爵を授けられた[1][2]。それまではキングス・チャンピオンに与えられる称号はナイトだった[3]

1833年にリンカンシャー州長官英語版に就任した[2][5]

1865年4月28日に死去し、準男爵位は廃絶した[1][2]。スクリブルズビーの地所は弟ジョンが継いだ[2]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h Reynolds, K. D. (23 September 2004) [2004]. "Dymoke, Sir Henry, baronet". Oxford Dictionary of National Biography (英語) (online ed.). Oxford University Press. doi:10.1093/ref:odnb/8363 (要購読、またはイギリス公立図書館への会員加入。)
  2. ^ a b c d e f g h Heraldic Media Limited. “Dymoke, of Scrivelsby, co. Lincoln” (英語). www.cracroftspeerage.co.uk. Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2022年6月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年9月26日閲覧。
  3. ^ a b The Herald and Genealogist, John Gough Nichols editor (Vol. 3).
  4. ^ Strong, Sir Roy (2005). Coronation: A History of Kingship and the British Monarchy. London: Harper Collins. p. 413. ISBN 978-0-00-716054-9. https://books.google.com/books?id=9OwWAQAAIAAJ 
  5. ^ "No. 19019". The London Gazette (英語). 5 February 1833. p. 246.
名誉職
先代
ウィリアム・ハットン
リンカンシャー州長官英語版
1833
次代
クリストファー・ターナー英語版
イギリスの準男爵
新設 (スクリブルズビーの)
準男爵

1841–1865
廃絶