ヘンドリック・シェーン

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ヤン・ヘンドリック・シェーン(Jan Hendrik Schön、1970年 - )はドイツ人の元物理学研究者である。現在では科学における不正行為を行ったことで最も知られている人物である。

北ドイツ生まれで、ドイツ南部を経てオーストリアで高校時代を過ごす。 コンスタンツ大学卒業。

精鋭が集うベル研究所で研究者として勤務し、物理学上の大発見を発表し、科学者らからは傑出した科学者と見なされた。2001年にオットー・クルン・ウェーバーバンク賞、ブラウンシュヴァイク賞、2002年に「傑出した若手研究者のための材料科学技術学会賞」を受賞し、ノーベル賞受賞も間違いなしと言われたが、その後、彼による「大発見」が実は捏造によるものであったことが露見し、科学界に衝撃を与えた。

シェーンのスキャンダルは科学者のコミュニティにおいて、

についての議論などを引き起こした。

来歴、大発見、栄光[編集]

シェーンの研究領域は物性物理学ナノテクノロジーである。

ヘンドリック・シェーンは1997年コンスタンツ大学から博士号を授与され、1997年後半にベル研究所に雇用された。

シェーンは、フラーレンにおける高温超伝導研究で脚光を浴びた。

2000年に52Kで超伝導を観測したと発表し(Science 288, 2338 (2000))、有機物における超伝導転移温度の最高記録を塗り替えたとされた。2001年にはこの記録を117Kに更新したと発表し(Nature 414, 434-436 (2001))、世界を驚かせた。また、同2001年には、科学雑誌『ネイチャー』において、分子程度の大きさのトランジスタを作成したと発表し(Nature 413, 713-716 (2001))、注目を浴びた。

また、シェーンは、電気回路を組み立てるために薄い層の有機色素の分子を使ったところ、電流が流れているときにトランジスタとして動作した、と主張した。

彼の研究成果は(もし本物であれば)、人類がシリコンベースのエレクトロニクスから離脱して、有機エレクトロニクスに向かう出発点と成り得るものであり、非常に画期的なものであった。また、チップの小型化を、シリコンが壊れる限界点を超えて継続させ、(最近たびたび限度が指摘される)ムーアの法則が現在の予測よりも長期間続くことを確約してくれることであっただろう。シェーンの発明はエレクトロニクスのコストを劇的に下げていくであろう、と評価されもした。

傑出したスター級の科学者、あるいはカリスマと見なされるようになり[1]2001年にオットー・クルン・ウェーバーバンク賞、ブラウンシュヴァイク賞、2002年に「傑出した若手研究者のための材料科学技術学会賞」を受賞した。そして「超電導の分野でノーベル賞に最も近い[2]」ともいわれた。

2001年には、著者に名を連ねる論文が、平均して8日に1本のペースで量産される状況となっていた。

大発見についての疑惑と調査[編集]

当然、科学者全般および世間一般の人々は、シェーンの挙げた諸成果は本物だと信じ切っていた。

シェーンの研究成果について(ほんの少数ながら)何らかの「違和感」を覚える者がいたのだが、たとえそれが口にされても、シェーンの研究成果の華々しさや人々の賞賛の声のあまりの大きさに、すぐに打ち消され、特に問題にもならなかった[3]

シェーンは当時、ベル研究所の研究室以外に、ドイツにある自身の出身大学にも研究室を持っており、それらを往復していた。シェーンの成果に違和感を持ち、それを実現したという実験機器類を自身の眼で確かめてみたいと思った一部の同僚も、シェーンから「重要な実験は出身大学の研究室のほうで行っているので、お見せできない」などと説明されてしまうと、それ以上あえて追求することはできなかった[4]という。

そのような状況が続いていたがついに、ある物理学コミュニティから、シェーンのデータがおかしい、と申し立てられた。

申し立てによれば、特にシェーンのデータは異常なまでに正確で、一般的な物理学上の常識から導きだすことができないようなデータも含まれていた。カリフォルニア大学バークレー校のリディア・ソーン教授はある日掛かってきた匿名電話で、主に二つの論文を見比べるように告げられた。そして、ある二つの実験において温度がまったく違うのに、(それらに含まれる)ノイズが同一であることに気づいた。「ネイチャー」の編集者達がそのことをシェーンに指摘したときには、彼は「誤って同一の実験のグラフを提出してしまった」と主張した。また、コーネル大学ポール・マッキューン教授はシェーンの論文の、別の(三番目の)温度においても、またしても同じノイズが含まれたことを発見した。

マッキューン教授とソーン教授および他の物理学者の追跡調査によって、シェーンの論文のデータの多くが重複していることが明らかになった。合計すると、シェーンの論文25本と共同執筆者20人に嫌疑がかけられた。

論文発表時の研究グループのリーダーはバートラム・バトログen:Bertram Batlogg)であるが、彼は不正についての関与を否定した。

2002年5月、ベル研究所はスタンフォード大学のマルコム・ビーズリー教授を不正調査委員会の議長として任命した。委員会は告発の受付を行ったところ数件程度と思われた告発が1ヶ月で24件も集まった。委員会はシェーンの共同研究者全員に質問書を送り、主要な共著者3人である鮑哲南、バートラム・バトログ、クリスティアン・クロックに聞き取り調査を行った。また、加工された数値データを含む論文の原稿を調査した。生データの記録をシェーンに要求したが、研究所のノートには記載されていなかった。彼の生データが記録されたファイルは彼のコンピュータから消去されていた。シェーンによれば、ハードディスクの容量が限界にきていたので削除したとのこと。さらに、実験サンプルはすべて捨てたか、修復不可能までに破損してしまったとのこと。

2002年9月25日、調査委員会は調査報告書を公にした。調査報告書には24の不正行為に関する詳細な申し立てが掲載されていた。このうち少なくとも16件について、シェーンによる科学における不正行為の証拠が発見された。多くの実験において、実験データが組み合わせて再利用されていたことが分かった。実験データからプロットされたとしていたいくつかのグラフが、実は数学曲線によって作り出されていたことも発見された。

ベル研究所は報告書を受け取った日にシェーンを解雇した。ベル研究所の歴史において初めて不正が発見された事件であった。

引き起こされた関心・議論[編集]

共同研究者とリーダーの責任[編集]

多くの共同研究者や研究グループリーダーは関与していたのか、責任はどう判断されるのか、ということにも関心が集まった。

(調査報告書では)不正行為はすべてシェーン一人で行った、とされ、他の共同研究者全員は不正行為に関わっていなかったとされ、不正をした容疑から解放された。しかしながら、彼ら全員がシェーンのデータが正しいと信じたことに対してプロとしての責任を果たしたのかどうかははっきりしなかった。関わりの薄かった共著者たちは各々の責任を果たしたことが判明した。

だが、2000年の中頃までシェーンの所属する研究グループのリーダーを勤めていたバートラム・バトログの責任に関してまで「それほど問題があったとは言えない」と(同報告書において)されてしまったことには疑問の声が上がった。2000年9月からスイス連邦工科大学チューリッヒ校の教授となったバトログは、自身に対して明らかな疑いの目がむけられてからは適切な行動をとったものの、シェーンの異常な実験結果を考慮するならば、できることならばもう少し早い段階できっちりと吟味すべきであったのである。

だが、論文に対する共著者たちの責任に対する一般的なコンセンサスが無かったので、この問題を解決するために調査委員会は論文自体が無効であると宣言した。そしてバトログは形式的には処分されないで済んでしまった。これは現在でも問題視されることがある。

査読のもろさ[編集]

査読のプロセスで、誰もシェーンの論文が科学における不正行為が行われていることを見抜いたり・指摘することができなかった。

シェーンのスキャンダルは科学者のコミュニティにおいて共著者・共同研究者と論文誌査読者の責任の度合いについて議論も引き起こした。査読においては、基本的に論文の作成までのプロセスに捏造などの不正が入り込んでいることは想定して読んではおらず、仮にそれを見抜こうとしても査読に回されてきた原稿上の情報だけでは判断できるようなものではない、と言われている。査読では、あくまで論文の オリジナリティと妥当性を判断すること、文面上だけで判断できる誤りを見つけること、などに重点が置かれている。その程度のものでしかない。事件発覚後、さまざまな査読のありかたについても議論は起きた。

シェーンの弁明と制裁[編集]

シェーンは多くの論文でデータは正しくないことは認めた。彼は本当に偶然から代替物が生成したのだと主張した。だが彼は、いくつかのデータは偽造したものの、彼が観察した動作に関しては納得のいく証拠を見せることができる、と述べた。実験はうまくいった、と主張し、分子サイズのトランジスタは彼が示したテクニックを使うことによって実現可能である、という主張を続けた。

しかし、デルフト工科大学トーマス・ワトソン研究センターの実験者達がシェーンと同じような実験を続けていたが、同じような結果は得られなかった。疑惑が公になるまえにいくつかの研究グループが試したものの、有機分子材料の物理学分野における画期的な結果を再現することはできなかった。

2004年6月、コンスタンツ大学は「恥ずべき行為(dishonorable conduct)」を理由にシェーンから博士の学位を剥奪することを発表した。この時、彼の博士論文自体の内容は問題とされず、それまではほとんど注目されたことのないバーデン=ヴュルテンベルク州大学法の一節で「保有者がその後日の行為に於いて学位所持に不名誉であると明らかになった場合には」肩書きを剥奪できる、が適用された。大学側はシェーンの米国における研究者としての違法行為を理由に挙げている[1]。するとシェーンは、学生時代の研究がその後のベル研究所でのスキャンダルにつながったという証拠はないとし、大学の学位剥奪を不当として告訴した。事態は数年に及ぶ法廷論争に発展し、一審ではシェーンの主張が支持されたが、二審では大学側の控訴が受け入れられ、2013年7月には連邦行政裁判所が大学側の学位剥奪を支持する決定を下した。

シェーンは1998年8月から2000年1月までドイツ研究財団(DFG)から博士研究員奨学金を得ていた。2004年10月、DFG合同委員会は彼に対する制裁を発表した。シェーンは8年間、DFGの選挙の投票権およびDFG委員になる権利を剥奪されることとなった。またこの期間、DFGが拠出する研究費への応募や、申請書の査読者になることが出来ないこととなった[2]

2004年時点で、シェーンは故郷の中小企業で会社員をしている[5]

取り下げられた論文[編集]

2002年10月31日付けでサイエンス誌はシェーンによる8論文を取り下げると発表した[3]:

  • J. H. Schön, S. Berg, Ch. Kloc, B. Batlogg, Ambipolar pentacene field-effect transistors and inverters, Science 287, 1022 (2000) doi:10.1126/science.287.5455.1022
  • J. H. Schön, Ch. Kloc, R. C. Haddon, B. Batlogg, A superconducting field-effect switch, Science 288, 656 (2000) doi:10.1126/science.288.5466.656
  • J. H. Schön, Ch. Kloc, B. Batlogg, Fractional quantum Hall effect in organic molecular semiconductors, Science 288, 2338 (2000) doi:10.1126/science.288.5475.2338
  • J. H. Schön, Ch. Kloc, A. Dodabala-pur, B. Batlogg, An organic solid state injection laser, Science 289, 599 (2000) doi:10.1126/science.289.5479.599
  • J. H. Schön, A. Dodabalapur, Ch. Kloc, B. Batlogg, A light-emitting field-effect transistor, Science 290, 963 (2000) doi:10.1126/science.290.5493.963
  • J. H. Schön, Ch. Kloc, H. Y. Hwang, B. Batlogg, Josephson junctions with tunable weak links, Science 292, 252 (2001) doi:10.1126/science.1058812
  • J. H. Schön, Ch. Kloc, B. Batlogg, High-temperature superconductivity in lattice-expanded C60, Science 293, 2432 (2001) doi:10.1126/science.1064773
  • J. H. Schön, H. Meng, Z. Bao, Field-effect modulation of the conductance of single molecules, Science 294, 2138 (2001) doi:10.1126/science.1066171

2002年12月20日には、Physical Review誌がシェーンによる6論文の取り下げを発表した[4]:

  • J. H. Schön, Ch. Kloc, R. A. Laudise, and B. Batlogg, Electrical properties of single crystals of rigid rodlike conjugated molecules, Phys. Rev. B 58, 12952-12957 (1998) doi:10.1103/PhysRevB.58.12952
  • J. H. Schön, Ch. Kloc, and B. Batlogg, Hole transport in pentacene single crystals, Phys. Rev. B 63, 245201 (2001) doi:10.1103/PhysRevB.63.245201
  • J. H. Schön, Ch. Kloc, D. Fichou, and B. Batlogg, Conjugation length dependence of the charge transport in oligothiophene single crystals, Phys. Rev. B 64, 035209 (2001) doi:10.1103/PhysRevB.64.035209
  • J. H. Schön, Ch. Kloc, and B. Batlogg, Mobile iodine dopants in organic semiconductors, Phys. Rev. B 61, 10803-10806 (2000) doi:10.1103/PhysRevB.61.10803
  • J. H. Schön, Ch. Kloc, and B. Batlogg, Low-temperature transport in high-mobility polycrystalline pentacene field-effect transistors, Phys. Rev. B 63, 125304 (2001) doi:10.1103/PhysRevB.63.125304
  • J. H. Schön, Ch. Kloc, and B. Batlogg, Universal crossover from band to hopping conduction in molecular organic semiconductors, Phys. Rev. Lett. 86, 3843-3846 (2001) doi:10.1103/PhysRevLett.86.3843

2003年3月5日には、ネイチャー誌がシェーンによる7論文の取り下げを発表した[5]:

  • Schön, J. H., Kloc, Ch. & Batlogg, B. Superconductivity at 52K in hole-doped C60, Nature 408, 549-552 (2000) doi:10.1038/35046008
  • Schön, J. H. et al. Gate-induced superconductivity in a solution-processed organic polymer film, Nature 410, 189- 192 (2001) doi:10.1038/35065565
  • Schön, J. H., Meng, H. & Bao, Z. Self-assembled monolayer organic field-effect transistors, Nature 413, 713-716 (2001)[6]
  • Schön, J. H. et al. Superconductivity in single crystals of the fullerene C70, Nature 413, 831-833 (2001) doi:10.1038/35101577
  • Schön, J. H. et al. Superconductivity in CaCuO2 as a result of field-effect doping, Nature 414, 434-436 (2001) doi:10.1038/35106539

文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 科学者一般だけでなく、世界の精鋭が集まるベル研究所の同僚研究者らもシェーンの才能には圧倒された。当時、ベル研究所で研究者として勤務していたある日本人も、毎週開かれる同研究所の全体ミーティングの場においてシェーンの大成果が発表されるたびに、それに比べて自分があまりに"ふがいない" と感じ、(辛い気持ちで)自分の両手をじっと眺めたことを憶えているという(NHK衛星放送局の番組、BSドキュメンタリー「史上空前の論文捏造」2004年10月9日放送、における研究所同僚や関係者の証言など)。
  2. ^ 村松 秀 『論文捏造』 中公新書ラクレ 他
  3. ^ NHK衛星放送局の番組、BSドキュメンタリー「史上空前の論文捏造」2004年10月9日放送、 における研究所同僚や関係者の証言など。 (50分。この番組はロッキー賞を受賞した) 
  4. ^ NHK衛星放送局の番組、BSドキュメンタリー「史上空前の論文捏造」における、研究所同僚や関係者の証言
  5. ^ NHK衛星放送局の番組、BSドキュメンタリー「史上空前の論文捏造」2004年10月9日放送。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]