ヘスス・チャベス

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はサンドバル第二姓(母方の)はチャベスです。
ヘスス・チャベス
基本情報
本名 ヘスス・ガブリエル・
サンドバル・チャベス
通称 El Matador(闘牛士)
階級 ライト級
国籍 メキシコの旗 メキシコ
誕生日 (1972-11-12) 1972年11月12日(46歳)
出身地 チワワ州デリシアス
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 52
勝ち 44
KO勝ち 30
敗け 8
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ヘスス・ガブリエル・サンドバル・チャベスJesús Gabriel Sandoval Chávez、男性、1972年11月12日 - )は、メキシコプロボクサーチワワ州デリシアス出身。 元WBC世界スーパーフェザー級王者。元IBF世界ライト級王者。手数が多く、しつこく粘り強いボクサーである。特に接近して頭を付け合ったインファイトでは強さを発揮する。「El Matador (闘牛士) 」の異名を持つ。

来歴[編集]

フェザー時代[編集]

1994年8月5日にアメリカ合衆国ヒューストンでプロデビュー。デビュー当初はフェザー級であった。1996年3月31日にはWBCアメリカ大陸王座を獲得し、同年8月9日には空位のNABF北米王座を獲得した。

スーパーフェザー時代[編集]

翌年には階級をスーパーフェザー級に上げ、1997年3月3日にNABF北米スーパーフェザー級王座を獲得した。同王座は約5年間近く、計11回防衛を果した。その後ようやく世界王座挑戦のチャンスを掴み2001年11月10日にWBC世界スーパーフェザー級王者フロイド・メイウェザー・ジュニアに挑戦するが9回TKOで敗れる。その後、2003年3月22日にWBCの指名挑戦者決定戦に勝利し、同年8月15日にシリモンコン・シンワンチャーを12回判定で下し、WBC世界スーパーフェザー級王座を獲得した。しかし、同王座は2004年2月28日の初防衛戦でエリック・モラレスに敗れて王座から陥落した。

ライト級時代[編集]

王座陥落後、階級をライト級に上げる。2005年9月17日にIBFライト級王者レバンダー・ジョンソンに挑戦する。この試合はチャベスがライト級に階級を上げた後の初戦だったため、チャベスの仕上がりを不安視する声が多かったが、結果は11回TKOで勝利し、IBF世界ライト級王座の獲得に成功した[1]

同王座では2006年5月にフリオ・ディアス暫定王者として認定された。そのため2007年2月3日に王座統一戦が行われたが、チャベスは試合中に膝を痛めて続行不可能となり、3回KOで敗れて王座から陥落した。

2009年12月19日、WBC世界スーパーフェザー級王者ウンベルト・ソトとノンタイトルマッチで対戦し、10回判定負け。

2010年10月24日、ホルヘ・リナレスとライト級10回戦を行うも、4回終了後手を痛めそのまま棄権しTKO負け。事実上の引退に。

獲得タイトル[編集]

補足[編集]

  1. ^ この試合後、レバンダー・ジョンソンはこの試合で受けたダメージが元で急死してしまう。[要出典]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

前王者
シリモンコン・シンワンチャー
WBC世界スーパーフェザー級王者

2003年8月15日 - 2004年2月28日

次王者
エリック・モラレス
前王者
レバンダー・ジョンソン
IBF世界ライト級王者

2005年9月17日 - 2007年2月3日

次王者
フリオ・ディアス