プロテウス航空706便空中衝突事故

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
プロテウス航空706便空中衝突事故
プロテウス航空706便・ 自家用機
事故の概要
日付 1998年7月30日
概要 空中衝突
現場 フランスの旗 キブロン湾
負傷者総数
(死者除く)
0
死者総数 15 (全員)
生存者総数 0
第1機体

事故機と同型機のプロテウス航空のビーチクラフト1900D
機種 ビーチクラフト1900D
運用者 プロテウス航空
機体記号 F-GSJM
出発地 フランスの旗 リヨン・サン=テグジュペリ国際空港
目的地 フランスの旗 ラン=ビウエ空港
乗客数 12
乗員数 2
負傷者数
(死者除く)
0
死者数 14 (全員)
生存者数 0
第2機体

事故機と同型機のセスナ177RG カーディナルRG
機種 セスナ177RG カーディナルRG
運用者 個人所有
機体記号 F-GAJE
出発地 フランスの旗 ヴァンヌ空港
乗客数 0
乗員数 1
負傷者数
(死者除く)
0
死者数 1 (全員)
生存者数 0
テンプレートを表示

プロテウス航空706便空中衝突事故(プロテウスこうくう706びんくうちゅうしょうとつじこ)は1998年7月30日フランスリヨンからロリアンに向かうプロテウス航空706便がキブロン湾上空でセスナ空中衝突した事故である。双方の乗員乗客15人全員が死亡した。

経緯[編集]

現地時間12時21分、プロテウス航空706便がリヨン・サン=テグジュペリ国際空港を離陸した。目的地であるロリアン近郊のラン=ビウエ空港まではわずか70分程度のフライトであった。この日、クルーは飛行進路を南にずらし、キブロン湾上空を通ることにした[1]。これはかつてフランスが誇った豪華客船フランス号(当時は他国の企業に売却され、ノルウェー号と名を変えていた)が湾内に碇泊中であり、空から見物したいと乗客の一人が機長に希望したためだった[2]:21-22。この頃、地元の飛行クラブ所属のセスナがヴァンヌ空港からキブロン湾へこちらも客船見物のため離陸した[3]

13時53分、キブロン湾に差し掛かった706便は3,700フィート(1,100 m)に降下し、計器飛行から有視界飛行に切り替えた上でさらに2,500フィート(760 m)まで降下した。そして2,500~2,000 フィート (610 m)の高さで360°の左旋回を行った[2]:9

13時56分、セスナのパイロットは無線交信で3,000フィート(910m)から1500フィート(460m)に降下することを伝えている[2]:9。13時57分、706便は360°旋回をほぼ終え、元の空路に復帰して空港に進入するとロリアンの管制官に伝えた[2]:18。13時58分にこの確認を受けた直後、2機は衝突した。2機は湾内に墜落し、ビーチクラフトの乗員乗客14人とセスナのパイロット1人の全員が死亡した[4]

事故原因[編集]

事故後の調査によってセスナのトランスポンダが作動していなかったことが分かった[2]:53。1997年と1998年にAISによって公表された文書では、当時セスナのトランスポンダは飛行中に必ずしも作動させなくとも良いとされていた[2]:36。そのため、ラン=ビウエ空港側ではセスナをレーダー画面上で認知し、管制することができなかった。[2]:53 また706便とセスナは互いに違う周波数で交信していたため、双方のパイロットも事故直前まで相手の存在を知ることが出来なかった[2]:47

この調査では、西北西に飛行していた706便が360°左旋回を行った結果、右(北方)から接近するセスナの機影が持ち上がったビーチクラフトの翼に隠れてしまった事が明らかになった。また正面からビーチクラフトに接近する形となったセスナ側でも機体の操縦装置などが作る死角に706便が入り込んでしまい、最後まで視認できなかったという事もわかった[2]:53 [2]:47

余談[編集]

この空中衝突事故の27年前にヒューズ・エア・ウエストDC-9が空中衝突して墜落するという、ヒューズ・エア・ウエスト706便空中衝突事故が発生した。偶然にも、便名が同じ706便であった。どちらも、相手の機体の目視が出来なかったことが原因であった。

この事故を扱った番組[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ “World News Briefs: Air Collision Off France Kills 7, and 8 Are Lost”. The New York Times. The Associated Press (New York Times Company) (Vol. 147 No. 51,235): p. A5. (1998年7月31日). http://nyti.ms/2bvV02U 
  2. ^ a b c d e f g h i j Bureau d'Enquêtes et d'Analyses pour la sécurité de l'aviation civile [Bureau of Investigation and Analysis for Civil Aviation Safety] (February 24, 1999) (French). Rapport relatif à l’abordage survenu le 30 juillet 1998 en baie de Quiberon entre le Beech 1900D immatriculé F-GSJM exploité par Proteus Airlines et le Cessna 177 immatriculé F-GAJE [Report of the collision occurring on July 30, 1998 in Quiberon Bay between Beechcraft 1900D registered F-GSJM operated by Proteus Airlines and the Cessna 177 registered F-GAJE]. Ministere de l'Equipement, des Transports et du Logement – Inspection Generale de l'Aviation Civile et de la Meteorologie [Minister of Public Works, Transport and Housing – General Inspection of Civil Aviation and Meteorology]. https://www.bea.aero/fileadmin/documents/docspa/1998/f-je980730/pdf/f-je980730.pdf 
  3. ^ “French Air Crash Search”. The New York Times. The Associated Press (The New York Times Company) (Vol. 147 No. 51,236): p. A2. (1998年8月1日). http://nyti.ms/2baCsH1 2016年7月14日閲覧。 
  4. ^ ASN Aircraft accident Beechcraft 1900D F-GSJM Baie de Quiberon”. aviation-safety.net. Flight Safety Foundation. 2016年7月14日閲覧。
  5. ^ Air Crash Investigation - National Geographic”. 2017年1月16日閲覧。

参考文献[編集]