プログレスM-2

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プログレス M-2
任務種別 ミール補給船
COSPAR ID 1989-099A
特性
宇宙機種別 プログレス-M(11F615A55)
製造者 NPOエネルギア
打ち上げ時重量 7250 kg
任務開始
打ち上げ日 1989年12月20日3時30分50秒 (UTC)
ロケット ソユーズ-U2
打上げ場所 バイコヌール宇宙基地1/5発射台
任務終了
廃棄種別 軌道離脱
減衰日 1990年2月9日7時56分 (UTC)
軌道特性
参照座標 地球周回軌道
体制 低軌道
近点高度 390 km[1]
遠点高度 393 km[1]
傾斜角 51.6度
ミールのドッキング(捕捉)
ドッキング クバント1 Aft
ドッキング(捕捉)日 1989年12月22日 5時41分21秒 (UTC)
分離日 1990年2月9日 2時33分7秒 (UTC)
dock時間 48 日

プログレスM-2ソビエト連邦が1989年、ミールの補給のために打ち上げたプログレス補給船[2]。ミールに到着した19機目のプログレス補給船であり、プログレス-M(11F615A55)型で、シリアル番号は202[3]であった。ミールのEO-5英語版の搭乗員のための食料、水、酸素などを積んでおり、科学研究のための装置類、ステーションの軌道調整とマニューバ実行用の燃料などが積まれていた。

プログレスM-2は1989年12月20日3時30分50秒(GMT)にバイコヌール宇宙基地1/5発射台からソユーズ-U2で打ち上げられた[3]。同年12月22日5時41分21秒(GMT)にミールのクバント1 Aftポートにドッキングした[4][5]。ドッキング中、ミールの軌道高度は390-393kmの位置にあった。 プログレスM-2は48日間ミールとのドッキングを続け、1990年2月9日2時33分7秒(GMT)にEO-6英語版のクルーの搭乗する後続のソユーズTM-9にドッキングポートを空けるべく、ドッキングを解除した[4]

プログレスM-2はドッキング解除から数時間後の7時7分(GMT)に軌道を離脱した[4]。太平洋上の大気圏で燃焼をはじめ、7時56分(GMT)ごろいくつかの燃え残りが太平洋に落ちたとされる[1][4]

[編集]

  1. ^ a b c McDowell, Jonathan. “Satellite Catalog”. Jonathan's Space Page. 2009年8月26日閲覧。
  2. ^ Progress M-2”. NSSDC Master Catalog. US National Space Science Data Center. 2009年8月26日閲覧。
  3. ^ a b McDowell, Jonathan. “Launch Log”. Jonathan's Space Page. 2009年8月26日閲覧。
  4. ^ a b c d Anikeev, Alexander. “Cargo spacecraft "Progress M-2"”. Manned Astronautics - Figures & Facts. 2007年10月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年8月26日閲覧。
  5. ^ Wade, Mark. “Progress M”. Encyclopedia Astronautica. 2009年8月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年8月26日閲覧。

関連項目[編集]