プラド美術館

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プラド美術館
Museo del Prado
プラド美術館地図
プラド美術館の位置(マドリード内)
プラド美術館
マドリード内の位置
施設情報
正式名称 Museo del Prado
来館者数 3,033,754人(2016年)[1]
開館 1819年
位置 北緯40度24分50秒 西経3度41分33秒 / 北緯40.41389度 西経3.69250度 / 40.41389; -3.69250座標: 北緯40度24分50秒 西経3度41分33秒 / 北緯40.41389度 西経3.69250度 / 40.41389; -3.69250
外部リンク 公式ウェブサイト
プロジェクト:GLAM
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ディエゴ・ベラスケス展示室

プラド美術館(プラドびじゅつかん、西: Museo del Prado)は、スペインマドリードにある美術館。歴代のスペイン王家のコレクションを中心に幅広いヨーロッパ絵画を展示する世界有数の美術館であり、数々の重要な傑作が収蔵されている。新型コロナウイルスの世界的流行の影響を受け、2020年の来館者数は76パーセント減少して年間85万人台に落ち込んだが、それでも美術館の人気番付(対来館者数)で世界第16位であった[2]

同じ地区にあるティッセン=ボルネミッサ美術館ソフィア王妃芸術センターと当館の3館がある地区を〈マドリードの芸術黄金地帯〉と呼ぶ。2021年に一帯はUNESCO世界遺産パセオ・デル・プラド英語版ブエン・レティーロ英語版、芸術と科学の景観」[3]に登録された。

歴史[編集]

美術館の前身である王室コレクションは、16世紀にヨーロッパ第一の大帝国となったスペインの莫大な富と権力を背景に、当時の美術の中心であったイタリア、フランドルなどから選りすぐりの絵画を購入したことに端を発している。スペイン・ハプスブルク家カール5世が基礎を築き、フェリペ2世からフェリペ4世まで引き継がれた17世紀末には、5500点を超える膨大なコレクションに発展した。スペイン・ブルボン家の時代になってもフェリペ5世カルロス4世らによって収集品は拡充されたが、1734年の旧マドリード王宮の火災で500点以上が灰塵(かいじん)に帰す。19世紀初頭のナポレオン軍の侵攻による略奪等によって、さらに数百点が失われた。持ち出された作品はヤン・ファン・エイクの『アルノルフィ二夫妻像』、ジャック・ルイ・ダヴィッドの『サン・ベルナール峠を越えるボナパルト』などの傑作を含む。

美術館は、1819年11月19日に「王立美術館」と称して一般の観覧を受け入れた[4]。この年に発行した当館の展示図録の第1号には、スペイン絵画311点のみ掲載した。当時の収蔵品総数は1510件、(旧)「王宮」を含む王族それぞれの宮殿を飾ったり、国外の作家の作品も数えている。スペイン名誉革命 (九月革命)英語版1868年)後には「プラド美術館」と改称され、現在は文化省所管の国立美術館[5]となっている。美術館として公開後、コレクションは教会、個人収集家等からの寄贈、購入によってさらに拡充し、現在では質量ともに世界有数の美術館[6]となっている。

ビリャヌエバ館(1階)

本館にあたる「ビリャヌエバ館」(西: Edificio Villanueva)の建物は、1785年カルロス3世自然科学に関する博物館を作るため、フアン・デ・ビリャヌエバ英語版に設計させたものである。しかし所記の目的に使われることはないまま孫のフェルナンド7世に受け継がれ、王太子妃マリア・イサベルの進言を受けて「王立絵画彫刻美術館」として一般に公開した。その後、20世紀を通じビリャヌエバ館はいくたびか拡張され、増え続ける収蔵品と、その観覧を希望する民衆の声に応じようと新たな展示空間を設けた[7]

その東側には、2007年にホセ・ラファエル・モネオ設計による新館「ヘロニモス館」が増築され[8]、主にカフェテリア、ショップなどのサービス施設のほか、企画展示に使用されている。

ビリャヌエバ館は2階・1階・0階・-1階の4フロア、ヘロニモス館は2階・1階・0階で構成され、両館は0階で連絡している[疑問点]。現在[いつ?]、さらに近隣の「サロン・デ・レイノス」 (Salon de Reinos) の建物を新たな別館とする拡張計画が進行中である。

フランシスコ・デ・ゴヤ
フランシスコ・デ・ゴヤ作『裸のマハ』
裸のマハ』カンバスに油彩(1797–1800年頃)
フランシスコ・デ・ゴヤ作『着衣のマハ』
着衣のマハ』カンバスに油彩(1797–1800年頃)

王家のコレクション(英語)中心だった収蔵品に、ゴヤのマハ像2点などが加わった。他のGLAM施設の資料も継承し、もとの収蔵機関はいずれも閉館したトリニダード美術館(1872年Museo de la Trinidad)と近代美術館(1971年Museo de Arte Moderno)であった。当館の19世紀絵画コレクションの中核は、後者から受け継いだ作品類である。芸術家はたとえばスペインのマドロサ家より画家で彫刻家のホセ・デ・マドラソ・イ・アグード(英語)(父)と息子で画家のフェデリコ(英語)(1815年–1894年)。ヴィセンテ・ロペス(英語)(通称イ・ポルターニャ)、カルロス・デ・アエスエドゥアルド・ロサレスホアキン・ソローリャ(英語)などである[要出典]。フランドル派を連想させる作者不明の宗教画(1450年頃)の通称〈生命の源〉[注釈 1]も該当し、聖ドミンゴ、聖ペドロ・マルティルの肖像が描いてある[注釈 2]。あるいはエル・グレコの筆とされるキャンバス画5点(英語)[注釈 3]

度重なる増改築の端緒は1918年の増床であった。

創建以来、さまざまないきさつを経て加わった絵画は2300点に上るといい、その他の工芸的な資料もある。「新収蔵品」の大部分を占める版画や素描その他の美術作品は、受贈あるいは受託したり、購入した作品である。遺贈を受けたコレクションは質も豊かになり、収集家P・M・デュラン(Pedro Fernández Durán)から素描や装飾美術品・工芸品など収蔵品全点を贈られた中に、特筆するべき作品『デュランの聖母』(15世紀、ロヒール・ファン・デル・ウェイデン作)がある。勲章・メダル類(Pablo Bosch y Barrau旧蔵品)、19世紀絵画史をまとめたラモン・デ・エラス(Ramón de Errazu)の一連の遺贈品もある。フレデリック・エミール・エルランジェ旧蔵のゴヤ作「黒い絵」(1881年)は特に貴重である。2010年代に購入した特筆に値する作品群は、画家別にエル・グレコ作『寓話』(1993年)と『エジプトへの逃避』(2001年)、ゴヤ作『チンチョン伯爵夫人マリア・テレサ像(英語)(2000年)、ベラスケス作『フェルディナンド・ブランダーニの肖像(英語)(2003年)、またブリューゲル作『聖マルティンのワイン祭り』(2010年)、フラアンジェリコ作『ザクロの聖母』(2016年)などがある。[要出典]

入館口の一つを見下ろすディエゴ・ベラスケス像(英語)。アニセト・マリーナス作(Aniceto Marinas、1899年、ブロンズ])

当館は市内の建物群について、1873年から1900年にかけて市役所、新設された大学、教会堂などのデザインや設計の補助事業をしている。スペインのen|第2帝政時代(英語)(1931年から1936年)に地域の美術館・博物館の充実が図られ、当館職員はスペイン内戦中に国際連盟の勧告に従うと絵画353点、素描168点を館外に運んだ。このとき、通称〈大王太子の財宝〉(El Tesoro del Delfín(スペイン語)[注釈 4])もバレンシアへ運ばれ、ジローナ経由でジュネーブスイス)に落ち着く。第二次世界大戦の勃発を受けると、夜行列車で密かにフランス国境をわたって返却された。フランコ独裁のごく初期に、大使館宛に寄託された作品も多い[9]。 1993年当時の館長フェリペ・ガリン(Felipe Garín)は当館の拡張計画を発表すると、非難の声にさらされてすぐに取り下げた[10]。その後、1990年代後半に 1400万アメリカドル相当の屋上の改修工事にあたり、ベラスケスの『ラスメニーニャス』は2回、展示場所を移動している[11]。別館のカソン・デル・ブエン・レティロ(Casón del Buen Retiro)は1998年から2年がかりの全面改修工事に入り、地下に3層を増築するなど総額1000万ドル相当を費やした。2007年を迎え、年間の来館者数が1800万人から2500万人に伸びることを期待し、ついにラファエル・モネオ設計案を実行して主展示室を1万6000平方メートルに増床する。

新館 (ヘロニモス館) のカフェテリア(ラファエル・モネオ設計)

くさび形のフォイヤーはガラス天井のもとにギフトショップやカフェテリアが入り、それら施設が退去した本館は展示スペースが広がった[11]。16世紀の建築物「ヘロニモの回廊」は石材を1点ずつ取り除いて解体、周辺の建物群の基礎構造の補強工事が終わると、当館の新しい別棟として再建にかかり、工事中は壁が崩れないように水圧ジャッキで支えた[12]。本館から地下空間を伸ばし、解体修理した別の建物とつないだ。

2016年11月、イギリスの建築家ノーマン・フォスターカルロス・ルビオ・カルバハルが手をたずさえてサロン・デ・レイノス(英語)の改修にあたると発表された。この合同事業では、ブエン・レティロ宮殿から移築したという由緒のある建物に3200万ドル相当の予算をあて、本館の別棟に位置付ける。公開設計コンペにかけ最終審査に残った8社[注釈 5]を比べ、フォスター&ルビオ社が採用された[13]。審査の初回の段階47候補の段階から選抜され、最終段階に残った国際チームである[14]

建物の買収は2015年に成立、2005年まで武器庫であった。この改修が終わると、床面積はおよそ61,500平方フィート (5,710 m2) 広がり、そのうちの27,000平方フィートを展示スペースにあてる計画であった[14]。ところがスペイン政府からなかなか増床計画の認可が降りず待機が続き、2021年には改修予算3600万ユーロがついた[15]

コレクション[編集]

プラド美術館はおよそ8000点超の油彩画彫刻約1000点、版画約4800件、素描約8200件、さらに美術史に関する多くの書類を収めている。絵画作品は2021年時点で展示中約1400点[16]、他の美術館や研究所へ貸与中3100点前後とされた。その他の作品は保管庫にある[20]

当美術館の名が世界に知られる要素とは、何と言ってもルネサンスバロック絵画を中核とした膨大なヨーロッパ絵画の収集機関としてである。歴代スペイン王の趣味やスペイン史を如実に反映した点が特徴であり、西洋美術史の展示は系統的あるいはバランスが取れていると言うよりも、一方で収蔵品には時代、国、画家の偏りがある。他方、並べて語られる欧米の美術館であまり見ることのない画家は数多く、その作品を集中的に収蔵している点が当美術館の独自の魅力となっている。

スペイン絵画[編集]

エル・グレコ胸に手を置く騎士』(1580年頃)
ホセ・デ・リベーラ聖フィリポの殉教』(1639年)
ディエゴ・ベラスケスラス・メニーナス』(1656年)
フランシスコ・デ・ゴヤマドリード、1808年5月3日』(1814年)

5000点近く収集するスペイン絵画は中世から20世紀初頭にいたり、フアン・デ・フランデスルイス・デ・モラレスエル・グレコホセ・デ・リベーラフランシスコ・デ・スルバランディエゴ・ベラスケスバルトロメ・エステバン・ムリーリョルイス・メレンデスフランシスコ・デ・ゴヤなどの多数の作品を初め、比類のないコレクションを誇っている[21][22][23]。スペイン絵画の全貌に触れられるコレクションとして世界で唯一であり、フアン・サンチェス・コターンフェデリコ・デ・マドラーソマリアノ・フォルトゥーニホアキン・ソローリャなど、スペイン以外ではほとんど作品を見ない画家まで網羅している。そしてスペイン絵画を代表するディエゴ・ベラスケスフランシスコ・デ・ゴヤの宮廷画家ふたりの画業は、全生涯の作品を展示する。前者の作品は最高傑作『ラス・メニーナス』を含む約50点、後者も代表作『マドリード、1808年5月3日』、『カルロス4世の家族』を含む130点超を数え、当館の収蔵品を抜きに、この画家両名の神髄に触れることはできない。加えて当館はエル・グレコの作品も『受胎告知』等スペイン時代の代表作のみならず、イタリア時代の作品まで40点近く収蔵している。

重要作

フランドル絵画[編集]

ロヒール・ファン・デル・ウェイデン十字架降下』(1435年頃)
ヒエロニムス・ボス快楽の園』(1490-1510年)
ピーテル・ブリューゲル死の勝利』(1562年頃)
ピーテル・パウル・ルーベンス『愛の園』(1490-1510年)

当館は、フランドルイタリアなどの外国絵画も多く所蔵する[24]。フランドル絵画については、その写実主義がカール5世以降のスペイン歴代の王の好みに合ったことに加え、スペイン王室がフランドルを領有しており、16世紀から17世紀にわたる代表的な画家の傑作を多数、集めた[25][注釈 6]。中でもフェリペ4世が収集した90点を超すルーベンスの作品は『三美神』など代表的な作品が揃い、世界随一である。またフェリペ2世が愛好したヒエロニムス・ボスの『快楽の園』は、プラド美術館のみならず西洋絵画史上の代表作の一つである。

重要作

イタリア絵画[編集]

フラ・アンジェリコ受胎告知』(1425年頃)
ラファエロ・サンティ枢機卿の肖像』(1510-1511年)
ティツィアーノ・ヴェチェッリオカール5世騎馬像』(1548年)
ティントレット弟子の足を洗うキリスト』(1548-1549年)

イタリア絵画については、スペインが16世紀以降ミラノナポリシチリアを領有し、そのほかイタリア全土に大きな政治的影響力を持っていたことにより多数の作品が王室コレクションに入った。初期ルネサンス絵画は少ないものの、フラ・アンジェリコマンテーニャボッティチェッリらの傑作があり、盛期ルネサンスおよびマニエリスム絵画では、ラファエロコレッジョセバスティアーノ・デル・ピオンボパルミジャニーノ、フェデリコ・バロッチらの重要な作品がある。フェリペ2世らは、とりわけヴェネツィア派を熱心に収集したため、ティツィアーノティントレットヴェロネーゼらの作品群は、プラド美術館が特に誇るコレクションとなっている[26]。中でもティツィアーノの作品は『アンドロス島のバッカス祭』などの代表作を数多く含む約40点を数え、質量ともに世界最高である。そのほかアンニーバレ・カラッチカラヴァッジョグイド・レーニルカ・ジョルダーノらを初めとする17世紀バロック絵画スペイン・ブルボン家の宮廷に招聘されたジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロを初めとする18世紀の絵画も充実している。

重要作

フランス、ドイツ、オランダ絵画[編集]

アルブレヒト・デューラー自画像』(1498年)
レンブラント・ファン・レインホロフェルネスの饗宴におけるユディト』(1634年)

スペイン、フランドル、イタリア以外のヨーロッパ各国の絵画は、スペインと政治的・宗教的に対立した歴史的事情を反映して少ないが、やはり傑作が収蔵されている。フランス絵画では、17世紀のプッサンクロード・ロランの作品が特筆に値し、ほかにジョルジュ・ド・ラ・トゥ―ルヴァトー、そして18世紀のスペイン・ブルボン家の宮廷に招聘されたルイ=ミシェル・ヴァン・ローらの作品もある。ドイツ絵画ではルネサンス期の名作が見逃せない。アルブレヒト・デューラーは『アダムとイヴ』など代表作が収蔵されているほか、クラナッハハンス・バルドゥングの傑作がある。また18世紀の新古典主義の画家アントン・ラファエル・メングスのコレクションも重要である。あるいは17世紀オランダ絵画では、レンブラントの名作が収蔵されている。

重要作

ギャラリー[編集]

カテゴリ:プラド美術館の所蔵品も参照

著名な絵画[27]

アクセス[編集]

マドリード地下鉄2号線バンコ・デ・エスパーニャ(英語)駅、または1号線アトーチャ駅」駅下車(スペイン国鉄との乗り換え駅)。

地区内の美術館・博物館施設[編集]

パブロ・ピカソの『ゲルニカ』など、かつて当館の別館に収蔵した作品類は別棟「ソフィア王妃芸術センター」(Museo Reina Sofía)(スペイン語)に移された。これに加え、やはり国際的に著名なコレクションを誇るティッセン=ボルネミッサ美術館が近接し、当館と合わせてUNESCO世界文化遺産の指定を受けた(パセオ・デル・プラドとブエン・レティーロ、芸術と科学の景観[28])。

王立サン・フェルナンド美術アカデミーにも近い。かつて当館が収蔵した考古資料は専門博物館の国立考古学博物館に移管してあり、収集範囲はスペイン全土に加えてエジプトメソポタミアギリシアローマにわたる。

スペイン国防省英語版管轄の海軍博物館(英語)も同じ地区にある。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 宗教画の英語通称は『英: The Source of Life and the Triumph of Church over the Synagogue』あるいは『英: The Fountain of Grace』。
  2. ^ ペドロ・ベルゲーテが聖トマス修道院(カスティーリャ・イ・レオン州アビラ(英語))に献納した祭壇画の一部。
  3. ^ エルグレコ作とされる宗教画は元はドーニャ・マリア・デ・アラゴン学院に献納されたもの。
  4. ^ 〈大王太子の財宝〉西: El Tesoro del Delfínまたは古い台帳の名称〈大王太子の宝飾品〉Template:Lang-se-Alhajas del Delfín と呼ばれる宝飾品は、プラド美術館(マドリッド)が保管する古代の金製品、銀製品の一式を指す。主な素材は水晶、貴金属、半貴石。所有者のフランス大王太子ルイルイ14世の長男)に由来する名称である。ルイは即位することなく天然痘(1711年流行)で病没し、この宝飾品類の一部でマドリッドに現存するものに、この名前が付いた(二男のスペイン王フェリペ5世が継承)。残りはルーブル美術館(パリ)に保管され、特にこの名称で呼ばれることはない。
  5. ^ 最終選考8社に、en:David Chipperfielden:Rem Koolhaasen:Eduardo Souto de Moura が含まれる。
  6. ^ 例えば、ルーベンスが仕えたハプスブルク家のネーデルラント総督は、スペイン王女イサベル。

出典[編集]

  1. ^ The Art Newspaper Ranking VISITOR FIGURES 2016” (PDF). The Art Newspaper. 2016年10月9日閲覧。
  2. ^ The Art Newspaper, 31 march 2021.
  3. ^ UNESCO World Heritage Centre(ユネスコ世界遺産センター). “Paseo del Prado and Buen Retiro, a landscape of Arts and Sciences” (英語). UNESCO World Heritage Centre. UNESCO. 2023年1月7日閲覧。
  4. ^ Institutional information” (es, en). Museo Nacional del Prado. 2021年6月21日閲覧。
  5. ^ Historia del museo - Museo Nacional del Prado” (スペイン語). www.museodelprado.es. 2023年1月7日閲覧。
  6. ^ 吉川逸治 編著『プラド美術館』第19巻、講談社〈世界の美術館〉、1967年。全国書誌番号:54000996doi:10.11501/2466187。国立国会図書館内限定公開、図書館・個人送信対象、遠隔複写可。
  7. ^ La historia del Museo del Prado [プラド美術館の沿革]” (スペイン語). Vipealo (2020年11月13日). 2020年11月13日閲覧。
  8. ^ 河村弥生『プラド美術館ガイドブック』マドリード : 国立プラド美術館、2009年、17頁。改訂版。ISBN 978-84-8480-189-4全国書誌番号:23247249
  9. ^ Alan Riding (1990年8月1日). “The Prado Finds Out What It Has and Where [プラド美術館の収蔵品と在外所在地が判明”]. ニューヨーク・タイムズ. https://www.nytimes.com/1990/08/01/arts/the-prado-finds-out-what-it-has-and-where.html 2012年11月15日閲覧。 
  10. ^ Alan Riding (1995年5月1日). “The Prado Embarks On Plans to Expand Into a Complex”. ニューヨーク・タイムズ. https://www.nytimes.com/1995/05/01/arts/the-prado-embarks-on-plans-to-expand-into-a-complex.html 2012年11月15日閲覧。 
  11. ^ a b Al Goodman (1998年11月19日). “At Long Last, Expanding Spain's Treasure Chest”. ニューヨーク・タイムズ. https://www.nytimes.com/1998/11/19/arts/arts-abroad-at-long-last-expanding-spain-s-treasure-chest.html 2012年11月15日閲覧。 
  12. ^ Chronology of the extension”. Museo Nacional del Prado. 2012年11月15日閲覧。
  13. ^ Hannah McGivern (2016年11月25日). “Norman Foster to design Prado extension in historic palace” (英語). en:The Art Newspaper. 2016年11月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年1月1日閲覧。
  14. ^ a b Raphael Minder (25 November 2016), Norman Foster to Remodel Palace for Prado Extension en:New York Times.
  15. ^ Gareth Harris (September 30, 2021), Prado extension designed by Norman Foster finally gets the green light en:The Art Newspaper
  16. ^ 公式ウェブサイト
  17. ^ Prado website
  18. ^ 『Museo del Prado, Catálogo de las pinturas』Ministerio de Educación y Cultura, Madrid。ISBN記載なし。
  19. ^ europapress.es、El Prado se reordena y agranda. (スペイン語)
  20. ^ 収蔵作品の点数は変遷し[17]、1996年刊の図録[18]には絵画作品およそ7800点を掲載、そのうち別棟へ移管されたものと他の収蔵施設へ譲ったものも多い。収蔵庫に保管されて展示しないものも多数。その後の展示室の改装について、こちらが詳しい[19]
  21. ^ 河村弥生『プラド美術館ガイドブック』マドリード : 国立プラド美術館、2009年、23頁。改訂版。ISBN 978-84-8480-189-4全国書誌番号:23247249
  22. ^ 林篤「原罪」『学研究』第6号、聲社、1969年6月、40-44 (コマ番号0024.jp2)。 
  23. ^ 木村夢菴「プラド美術館の世界的圧巻--グレコ、ベラスケス、ムリリヨ、ゴヤ」『イベリア半島へ雲水行(その四)』、45-49 (コマ番号0026.jp)。 
  24. ^ 『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』の解説”. コトバンク. 2018年5月26日閲覧。
  25. ^ 河村弥生『プラド美術館ガイドブック』マドリード : 国立プラド美術館、2009年、307頁。改訂版。ISBN 978-84-8480-189-4全国書誌番号:23247249
  26. ^ 河村弥生『プラド美術館ガイドブック』マドリード : 国立プラド美術館、2009年、244頁。改訂版。ISBN 978-84-8480-189-4全国書誌番号:23247249
  27. ^ プラド美術館ガイドブック、2009年刊行、ISBN 978-84-8480-189-4
  28. ^ UNESCO World Heritage Centre [UNESCO世界遺産センター]. “Paseo del Prado and Buen Retiro, a landscape of Arts and Sciences” (英語). whc.unesco.org. 2023年1月8日閲覧。

関連項目[編集]

50音順

関連資料[編集]

動画

  • 『スペインの栄光 音楽と名画 : The glory of Spain : ベラスケス、ゴヤ、エル・グレコ』NECアベニュー、1985年頃。LD1枚、54分。

〈世界の美術館〉シリーズ(インター・カルチャー・クラブ 企画・制作)

  • 『プラド美術館1』〈名曲美術館 ; 1〉、ポリドール(発売:ICLB-1101)、199-年。LD 1枚 (55分) 。
  • 『プラド美術館 2』〈名曲美術館 ; 2〉、ポリドール(発売:ICLB-1102)、199-年、LD 1枚 (57分)。

〈華麗なる美の殿堂〉シリーズ(シリーズ別題〈The art museums of the world〉)

  • 『プラド美術館1』アイ・シー・シー〈世界の美術館 : v.5〉(ICLB-1205)、199-年。LD1枚55分。
  • インター・カルチャー・クラブ 企画・制作『プラド美術館 Museo del Prado(1)』〈華麗なる美の殿堂 v.5〉、ソニーPCL(ICDV-2007)199-年、(ICLB-1205)、LD1枚 (54分) 。シリーズ別題『The art museums of the world』。
  • 『プラド美術館 Museo del Prado 2』アイ・シー・シー〈華麗なる美の殿堂 v.6〉(ICLB-1206)、199-年。LD1枚57分。
    • 1967年 プラド美術館にて収録。製作総指揮:バリー・ウッド、製作・監督:ネイザン・クロール、脚本:ジョン・サマーセット、出演(アンドレス・セゴビア(g)、アリシア・デ・ラローチャ(p)、ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス (S))。
  • 『プラド美術館 Museo del Prado(2)』インター・カルチャー・クラブ企画・制作〈華麗なる美の殿堂世界の美術館〉、ソニーPCL(発売:ICDV-2008)、199-年、全国書誌番号:22602463。DVD 1枚57分。

コロムビアミュージックエンタテインメント

  • 『プラド美術館(1)』、日立製作所(ZCBB-9024)、2000年。DVD 1枚55分。
  • 『プラド美術館(2)』、日立製作所(ZCBB-9025)、2000年。DVD 1枚58分。

その他

  • 『謎の天才画家ヒエロニムス・ボス』ニューセレクト(ALBSD-2223)、2018年、全国書誌番号:23429704。DVD 1枚90分。
    • 原案:ラインダー・ファルケンブルグ、監督:ホセ・ルイス・ロペス=リナレス、出演(ラインダー・ファルケンブルグ ほか)。
  • 『プラド美術館驚異のコレクション』シンカ、ポニーキャニオン(頒布)、2020年。Blu-ray Disc 1枚92分 ; 12 cm。2019年イタリア・スペイン作品、原題『The Prado Museum. a collection of wonders』。音声:英語・スペイン語(DTS-HD/5.1)、日本語(DTS-HD/5.1)。字幕:日/日(吹替用)。

外部リンク[編集]

日本語サイト

外国語サイト