ブランドン・マン
| テキサス・レンジャーズ #44 | |
|---|---|
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横浜時代(2011年4月3日、横浜スタジアム) | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | ワシントン州タコマ |
| 生年月日 | 1984年5月16日(34歳) |
| 身長 体重 |
6' 2" =約188 cm 200 lb =約90.7 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2002年 MLBドラフト27巡目 |
| 初出場 |
NPB / 2011年8月27日 MLB / 2018年5月13日 |
| 最終出場 | NPB / 2012年10月6日 |
| 年俸 | 2,160万円(2019年) |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ブランドン・マイケル・マン(Brandon Michael Mann , 1984年5月16日 - )は、アメリカ合衆国ワシントン州タコマ出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。MLB・テキサス・レンジャーズ所属。
目次
経歴[編集]
来日前[編集]
2002年にMLBドラフト27巡目(全体794位)でタンパベイ・デビルレイズに入団し、2009年まで傘下のチームでプレーした。
2010年、ロサンゼルス・ドジャース傘下のA+級インランド・エンパイア・シックスティシクサーズでプレー後、独立リーグ・アトランティックリーグのサザンメリーランド・ブルークラブスでプレー。同年10月に横浜ベイスターズの秋季キャンプにクレイトン・ハミルトンらと共にテスト生として参加する。12月3日、横浜ベイスターズと契約が成立した[1]。登録名は、ブランドン。
横浜時代[編集]
2011年は故障もあって出遅れるものの、8月27日の中日戦で3点ビハインドの9回に初登板を果たす。中継ぎで10試合12回1/3イニングを無失点に抑えると、10月5日の巨人戦で6回無失点の好投で初先発初勝利を挙げた。最終的には12試合で1勝1敗防御率1.16と好成績を残し、将来の大化けの可能性を示した。
2012年は開幕から先発ローテーションの一角を担うが、5月10日の対巨人戦で寺内崇幸のライナーを受け、右膝内側の打撲により登録抹消。5月31日に一軍に再昇格した後は、6月16日のソフトバンク戦でスミイチを6回まで守り切り、シーズン初勝利を挙げた(なおチームが初回の1得点のみで1-0で勝利した例は、1995年8月30日の対ヤクルト戦以来、17年ぶりであった[2])。しかし、シーズン通しては2勝8敗、防御率5.32と振るわず、10月10日に外国人チームメイトであるジオ・アルバラード、ボビー・クレイマー、オスカー・サラサー、ランディ・ルイーズと共に戦力外通告が言い渡された。
横浜退団後[編集]
2013年1月9日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結んだが、数ヶ月で解雇される。
その後再び来日し、4月16日にベースボール・チャレンジ・リーグに所属する信濃グランセローズに入団した[3]。
シーズン終了後、ソフトバンクの秋季キャンプにテスト生として参加した[4]。
12月18日にピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約を結んだ[5]。
2014年はパイレーツ傘下のAA級アルトゥーナ・カーブに所属していたが、5月28日に自由契約となり、独立リーグ・アトランティックリーグのランカスター・バーンストーマーズと契約する。
2015年はアメリカン・アソシエーションのファーゴ・ムーアヘッド・レッドホークスと契約。10月6日にオークランド・アスレチックスに契約が譲渡されたことが発表された。
2016年2月、禁止薬物に認定されている「オスタリン」を使用したことでMLB機構より80試合の出場停止処分を受け、6月30日に復帰した。この年はルーキー級アリゾナリーグ・アスレチックス、AA級ミッドランド・ロックハウンズ、AAA級ナッシュビル・サウンズでプレーし、3球団合計で13試合に先発登板して4勝4敗・防御率4.48・73奪三振の成績を残した。
2017年はAA級ミッドランドでプレーし、46試合(先発2試合)に登板して3勝8敗2セーブ・防御率4.40・81奪三振の成績を残した。オフの11月6日にFAとなった[6]。
レンジャーズ時代[編集]
2018年1月10日にテキサス・レンジャーズとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[7]。
シーズン開幕は傘下のAAA級ラウンドロック・エクスプレスで迎え、5月13日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[8]。背番号は前年までタナー・シェパーズが着けていた52。同日のヒューストン・アストロズ戦でMLB初登板を果たした[9]。この日は1回2/3を投げ無失点だった[10]。8月7日にDFAとなり[11]、9日にマイナー契約でAAA級ラウンドロックへ配属された[6]。9月28日に再びメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[12]。
ロッテ時代[編集]
2019年1月13日に千葉ロッテマリーンズと契約を結んだことが報道され、翌日球団から正式に発表された[13]。
投球スタイル[編集]
投げ下ろされる角度の大きな伸びのいいストレートが持ち味である反面、制球力には課題を残す。
球速は平均140km台で、スライダーやチェンジアップ、カーブ、シュートを投げる。
2013年9月からジェフ・ウィリアムスを参考に投球フォームをサイドスローに転向した[14]。
人物[編集]
本人が日本語好きを自称しているように、来日後は日本語での会話を学習するだけでなく、文字の勉強も幼児向けの教材を用いながら独学で続けており、Twitterでは平仮名を取り入れたつぶやきを積極的に行うなど日本語に対して並々ならぬ好感を抱いている。
また、2012年の春季キャンプで行われた朝の声出しでは「熱いぜ!」と言って笑いを取ったり、監督である中畑清に対し「キヨシ、今日は絶好調?」と語りかけるなど、非常に人当たりの良い性格である。
2018年の開幕前、シアトル・マリナーズとの練習試合でイチローに頭部への死球を与えてしまった際には、とっさに日本式に頭を下げて謝るしぐさを見せた[15]。
詳細情報[編集]
年度別投手成績[編集]
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2011 | 横浜 DeNA |
12 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 1 | .500 | 98 | 23.1 | 19 | 1 | 8 | 0 | 3 | 17 | 0 | 0 | 3 | 3 | 1.16 | 1.16 |
| 2012 | 16 | 15 | 0 | 0 | 0 | 2 | 8 | 0 | 0 | .200 | 301 | 69.1 | 66 | 3 | 29 | 0 | 3 | 42 | 1 | 1 | 43 | 41 | 5.32 | 1.37 | |
| 2018 | TEX | 7 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 36 | 8.1 | 7 | 1 | 4 | 0 | 2 | 3 | 1 | 0 | 5 | 5 | 5.40 | 1.32 |
| NPB:2年 | 28 | 17 | 0 | 0 | 0 | 3 | 9 | 0 | 1 | .250 | 399 | 92.2 | 85 | 4 | 37 | 0 | 6 | 59 | 1 | 1 | 46 | 44 | 4.27 | 1.32 | |
| MLB:1年 | 7 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 36 | 8.1 | 7 | 1 | 4 | 0 | 2 | 3 | 1 | 0 | 5 | 5 | 5.40 | 1.32 | |
- 2018年度シーズン終了時
- 横浜(横浜ベイスターズ)は、2012年にDeNA(横浜DeNAベイスターズ)に球団名を変更
記録[編集]
- NPB投手記録
- 初登板:2011年8月27日、対中日ドラゴンズ18回戦(横浜スタジアム)、9回表に5番手で救援登板・完了、1回無失点
- 初奪三振:2011年9月9日、対中日ドラゴンズ20回戦(ナゴヤドーム)、7回裏にトニ・ブランコから空振り三振
- 初ホールド:2011年9月29日、対読売ジャイアンツ20回戦(横浜スタジアム)、7回表に2番手で救援登板、1/3回無失点
- 初先発登板・初勝利・初先発勝利:2011年10月5日、対読売ジャイアンツ22回戦(東京ドーム)、6回無失点
- NPB打撃記録
独立リーグでの投手成績[編集]
- BCリーグ
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
完 投 |
勝 率 |
投 球 回 |
打 者 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
奪 三 振 |
与 四 球 |
与 死 球 |
失 点 |
自 責 点 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 策 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2013 | 信濃 | 30 | 1 | 9 | 0 | 1 | .100 | 72.1 | 329 | 68 | 3 | 62 | 41 | 7 | 46 | 38 | 3 | 0 | 1 | 4.73 | 1.51 |
| 通算:1年 | 30 | 1 | 9 | 0 | 1 | .100 | 72.1 | 329 | 68 | 3 | 62 | 41 | 7 | 46 | 38 | 3 | 0 | 1 | 4.73 | 1.51 | |
- 2013年度シーズン終了時
背番号[編集]
- 52(2011年 - 2012年、2018年 - 同年8月6日)
- 87(2013年)
- 44(2018年9月29日 - 同年終了)
脚注[編集]
- ^ 横浜ベイスターズ 選手獲得のお知らせ(1)
- ^ スポニチアネックス DeNA 17年ぶり 中畑監督「こういうことがあってもいいよな」
- ^ “ブランドン選手が入団いたしました”. 信濃グランセローズ (2013年4月16日). 2013年4月16日閲覧。
- ^ “ソフトバンク 秋季キャンプで外国人3投手をテスト”. スポニチ Sponichi Annex (2013年11月8日). 2013年11月25日閲覧。
- ^ “Pirates signed LHP Brandon Mann to a minor league contract with a spring training invite.”. rotoworld.com (2013年12月18日). 2013年12月21日閲覧。
- ^ a b MLB公式プロフィール参照。2018年8月10日閲覧。
- ^ T.R. Sullivan (2018年1月10日). “Hamels to receive Rangers community award” (英語). MLB.com 2018年1月15日閲覧。
- ^ http://m.rangers.mlb.com/tex/roster/transactions/
- ^ [1]
- ^ https://twitter.com/NolanWritinFS/status/995770354688806912?s=20
- ^ Adam J. Morris (2018年8月7日). “Texas Rangers claim Zac Curtis, designated Brandon Mann for assignment” (英語). SB Nation. 2018年8月8日閲覧。
- ^ T.R. Sullivan (2018年9月28日). “Beasley makes pitch for managerial opening” (英語). MLB.com 2018年9月30日閲覧。
- ^ ブランドン・マン投手 獲得について
- ^ “ブランドン、ジェフ投法でソフトB合格だ”. nikkansports.com (2013年11月14日). 2013年11月25日閲覧。
- ^ “イチローに当てた元DeNAブランドンが直接謝罪”. 日刊スポーツ. (2018年3月24日) 2018年3月24日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- Brandon Mann stats MiLB.com (英語)
- 個人年度別成績 ブランドン・マン - NPB.jp 日本野球機構
- 信濃グランセローズ 選手紹介
- Brandon Michael Mann (@brandonmmann) - Twitter
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