ブランドン・ダックワース

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ブランドン・ダックワース
Brandon Duckworth
DSC01570 Brandon Duckworth.jpg
楽天時代(2013年6月4日、ファイターズスタジアムにて)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ユタ州ソルトレイクシティ
生年月日 (1976-01-23) 1976年1月23日(43歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1997年 アマチュア・フリーエージェントとしてフィラデルフィア・フィリーズと契約
初出場 MLB / 2001年8月7日
NPB / 2012年8月25日
最終出場 MLB / 2008年9月28日
NPB / 2013年10月4日
年俸 3000万円(2013年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ブランドン・J・ダックワースBrandon J. Duckworth , 1976年1月23日 - )は、アメリカ合衆国ユタ州ソルトレイクシティ出身の元プロ野球選手投手)。現在はMLBニューヨーク・ヤンキースのスカウトを務めている。

経歴[編集]

アメリカ合衆国ユタ州ソルトレイクシティ出身。1995年MLBドラフト30巡目でトロント・ブルージェイズから、1996年MLBドラフト61巡目でアリゾナ・ダイヤモンドバックスから指名を受けたが、契約には至らなかった。

MLB時代[編集]

1997年に、アマチュア・フリーエージェントでフィラデルフィア・フィリーズに入団。その後、2001年8月7日サンディエゴ・パドレス戦でメジャーデビュー。2002年には、規定投球回に到達し、8勝9敗の成績をあげた。2003年までの3年間の成績は、先発投手として15勝18敗。

2003年11月3日ビリー・ワグナーとのトレードでテイラー・バックホルツエセキエル・アスタシオと共に、ヒューストン・アストロズへ移籍。

2005年10月12日にFAとなった。

2006年1月5日ピッツバーグ・パイレーツに移籍。しかし、メジャーに昇格することなくシーズン中の6月11日カンザスシティ・ロイヤルズに金銭トレードされた。2007年までの2年間の成績は、主に先発中継ぎとして4勝10敗。

2008年1月にブレット・トムコの40人枠入りに伴いDFAとなった。2月1日にAAA級オマハ・ロイヤルズへ降格した。8月24日に再昇格し、先発として7試合3勝3敗であったが、2009年10月5日にFAとなった。

2010年1月13日に古巣・フィリーズとマイナー契約を結んだ。11月6日にFAとなり、12月3日ボストン・レッドソックスとマイナー契約を結んだ。

2012年7月25日に放出された。

楽天時代[編集]

2012年7月30日東北楽天ゴールデンイーグルスと契約したことが発表され、同日入団会見が行われた[1][2]。当初背番号は「67」の予定だったが、26日の初来日直後に肺がんと闘病していた父が急死した知らせを聞き、父の没年齢である「69」に変更した。米国を発つ際父から日本で成功しろと励まされたため、この後も帰国はしなかった[3]8月25日、一軍初登録され、即日先発として初登板。6回を投げ1失点の成績だった(勝敗は付かず)。9月1日には6失点と打ち込まれたが、3試合目の登板となった9月13日福岡ソフトバンクホークス戦で7回2/3を1失点と好投し、来日初勝利を挙げた[4]。その後も安定した投球を続け、3勝1敗でシーズンを終えた。

2013年は18試合に登板し、5勝(5敗)を挙げたが、12月2日に自由契約となった。

引退後[編集]

楽天退団後は現役引退し、2014年1月30日ニューヨーク・ヤンキースのスカウトに就任[5]

選手としての特徴・人物[編集]

手元で鋭く動くツーシームに加え、落差のあるカーブと鋭く落ちるチェンジアップを低めやコーナーに投げ分けるコントロールが武器であった。その制球力を活かしての打たせて取る投球を得意としていた[6][7]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2001 PHI 11 11 0 0 0 3 2 0 -- .600 289 69.0 57 2 29 5 6 40 2 0 29 27 3.52 1.25
2002 30 29 0 0 0 8 9 0 0 .471 725 163.0 167 26 69 5 7 167 10 0 103 98 5.41 1.45
2003 24 18 0 0 0 4 7 0 0 .364 424 93.0 98 12 44 3 10 68 5 0 58 51 4.94 1.53
2004 HOU 19 6 0 0 0 1 2 0 0 .333 180 39.1 55 11 13 3 0 23 3 0 30 30 6.86 1.73
2005 7 2 0 0 0 0 1 0 0 .000 82 16.1 24 4 7 1 5 10 0 0 20 20 11.02 1.90
2006 KC 10 8 0 0 0 1 5 0 0 .167 216 45.2 62 3 24 4 2 27 4 0 36 31 6.11 1.88
2007 26 3 0 0 0 3 5 1 5 .375 211 46.2 51 3 23 2 1 21 7 0 30 24 4.63 1.59
2008 7 7 0 0 0 3 3 0 0 .500 167 38.0 38 2 19 0 3 20 0 0 20 19 4.50 1.50
2012 楽天 6 6 0 0 0 3 1 0 0 .750 150 36.1 32 4 8 0 1 22 3 3 14 13 3.22 1.10
2013 18 17 0 0 0 5 5 0 0 .500 392 87.2 91 9 37 0 6 64 4 1 46 42 4.31 1.46
MLB:8年 134 84 0 0 0 23 34 1 5 .404 2294 511.0 552 63 228 23 34 376 31 0 326 300 5.28 1.53
NPB:2年 24 23 0 0 0 8 6 0 0 .571 542 124.0 123 13 45 0 7 86 7 4 60 55 3.99 1.35

記録[編集]

NPB

背番号[編集]

  • 56 (2001年 - 2002年、2005年)
  • 31 (2003年 - 2004年、2006年 - 2008年)
  • 69 (2012年途中 - 2013年)

脚注[編集]

  1. ^ ブランドン・ダックワース選手との契約合意に関して”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2012年7月30日). 2012年7月30日閲覧。
  2. ^ 「最大の強みは経験」ブランドン・ダックワース選手の入団会見”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2012年7月30日). 2012年7月30日閲覧。
  3. ^ ダックワース 父急死も帰国しなかったワケ「日本で成功してくるんだぞ!」”. スポニチ (2012年9月14日). 2012年9月14日閲覧。
  4. ^ “楽天・ダックワース、亡父にささげる初勝利”. サンケイスポーツ. (2012年9月13日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20120913/gol12091322360002-n1.html 2012年9月14日閲覧。 
  5. ^ Bryan Hoch (2014年1月30日). “Duckworth, Giese among scouting department adds”. MLB.com. 2014年1月31日閲覧。
  6. ^ “楽天ダックワース亡き父に捧ぐ来日初勝利”. nikkansports.com. (2012年9月14日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20120914-1016672.html 2013年4月10日閲覧。 
  7. ^ “楽天・ダックワース19イニング無失点 開幕“穴”浮上”. スポニチ Sponichi Annex. (2013年3月16日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/03/16/kiji/K20130316005400270.html 2013年4月10日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]