ブダグプタ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
ブダグプタ
グプタ朝君主
Budhagupta in Malwa Circa 476-495 CE.jpg
ブダグプタの金貨
在位 476年頃 - 495年

王家 グプタ家
王朝 グプタ朝
テンプレートを表示

ブダグプタサンスクリット語: बुधगुप्त, IAST: Budhagupta、在位:476年頃 – 495年頃)は、グプタ朝の王の一人[1]。一般的にクマーラグプタ2世英語版の後を継いで王になったと考えられているが、異説もある[1]

来歴[編集]

一般的にクマーラグプタ1世又は2世の息子と考えられているが[1]プルグプタ英語版の息子であるという説もある[1][2]。ブダグプタはカナウジ国の王たちと緊密な関係を築き、協同して異民族のフーナ英語版エフタルと同一視する説もあるが、山田(1964)は同一視は誤りであるとする)を肥沃な北インドの平原から追い出そうとした。

古代都市エーラン英語版から出土した石柱碑文の中には、ブダグプタが大王(Bhupati)の称号で言及され、その配下でマハーラージャの称号を有するスラシュミチャンドラなる者がヤムナー川ナルマダー川に挟まれた地域を治めているという情報を伝える物がある[1][2]。5個のダーモーダルプル銅版碑文は、プンドラヴァルダナ国英語版(現在のベンガル地方北部にあった)が、ブダグプタ配下の副王(Uparika Mahararaja)、ブラフマダッタとジャヤダッタの二人により治められているという情報を伝える[2][1]マトゥラーから発見されたある仏像の碑文は、ブダグプタの治世に刻まれたと推定されており、ブダグプタの勢力が北部のマトゥラーにまで及んでいたことを示す[3]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f 山田, 明爾 (1964). “後期グプタ朝の分裂について”. 印度學佛教學研究 (2): 150-157. https://doi.org/10.4259/ibk.12.620 2017年6月1日閲覧。. 
  2. ^ a b c Raychaudhuri, H.C. (1972). Political History of Ancient India, Calcutta: University of Calcutta, p. 522
  3. ^ Agarwal, Ashvini (1989). Rise and Fall of the Imperial Guptas, Delhi:Motilal Banarsidass, ISBN 81-208-0592-5, pp. 226–30